白い羊と黒鉄の探偵。白面の鬼女

藤田作磨

第8章 『白面の鬼女!』 雪が降る山頂で繰り広げられる生き残りを賭けたシリアルキラーとの推理対決に勘太郎は無事に生還する事が出来るのか。瞬間移動トリックを操る狂人、白面の鬼女との推理対決です。

第8章 『大雪山周辺に巣くう鬼女』     全25話。その1。

        1 大雪山周辺に巣くう鬼女。




 現在時刻は午前の十時三十分。(晴れ)


「だ、だれか出てくれ。誰でもいい、誰でもいいから早く電話に出てくれ。くそ、電話が通じないと思ったら固定電話の電話線が切れてやがる。誰がこんな事を……この山は……いいやこのホテルは一体どうなっているんだ?」



 季節は一月の下旬、二人の男は雪深い山の上にある三階立てのホテルの食堂にいた。

 最上階の三階にあるその食堂には大きな窓があり、3メートル上の壁に備え付けられているその窓からは山坂となっている雪道が嫌でも目に入る。その大きな窓ガラスから見える外の山道には赤いワンピースを着た女がゆっくりと歩いており、坂道の下にあるこのホテルに、ゆっくりとだが確実に向かっているようだった。

 その異様な姿をした不気味な女の接近に恐怖と警戒の目を向けていた二人の男はかなり恐れているのか、体をブルブルと震わせながら大きな声で叫ぶ。


「く、来る……奴が……あの女がここまで来てしまう。せっかく命からがらこのホテルまで逃げてきたというのに、これじゃあのいかれた女に見つかってしまうよ。くそ、このホテルの従業員や他の客は一体どこに行っちまったんだ。さっきから姿がどこにも見えねぇーじゃねえか。まさか冬の季節はこのホテルは営業してはいないのか?」


「ホテル内の部屋の中は皆綺麗に整頓されているし、廃ホテルと言う訳でもなさそうだがな。そ、それにしてもだ、雪道で山道は当然歩けないし、山の下に降りられる唯一の交通手段とも言うべきロープウェイも封じられているし、電波が届かないのか携帯電話も一切通じないと来ている。ちくしょう、こんな所で足止めなんかを喰らっていたら直ぐにあの女がここまで来てしまうよ。くそぉぉ、そもそもだ、あの赤いワンピースを着た女は一体なんなんだよ。この上にある廃別荘内で目を覚ました俺達と出会い座間に行き成り片手鎌を振り回しながら俺達に襲いかかって来るだなんて、あの女はまともじゃないぜ!」


「だ、だがそれだけでは無い、あの女の異様な姿はお前も見ただろう。なんなんだ。あの不気味で異様な姿は? 今は真冬の一月だと言うのに真っ赤な袖付きのワンピースを着ていたぞ。見た感じではかなり薄汚れてはいるがあの服装はどう見ても夏服じゃないか。それにあの真っ白な長い白髪は一体何なんだよ。その白髪頭の髪を一心不乱に振り回しながら近づいてくるその姿はまさにこの雪山の伝承に古くから伝わる、目も鼻も口も無いと言われている悪鬼、鬼女の伝説と全く同じじゃないか。有り得ない、こんな事は絶対に有り得ないよ!」


「た、確かにあの女の頭の上には牛や山羊のように二本の角が生えていたような気がする」


「ま、マジかよ、馬鹿な……そんなことは流石に有り得ないだろ。何かの見間違いじゃないのか!」


「そう願いたいが、あれはもしかしたら人間ではないのかも知れない」


「有り得ない……こんな事は絶対に有り得ないし……可笑しい……可笑しいよ!」


「ああ、なにから何まで奇っ怪で可笑しな事ばかりだ。確か俺達3人はこの町の銀行の現金輸送車を襲い、そのまま数千万円という大金をせしめ、その成功を祝福して札幌の居酒屋で豪華な宴会をしていたはずだ。なのに気がついたらなんでこんな人が誰もいない断崖絶壁のある標高の高そうな山の頂上にいるんだよ。見た感じでは今俺達の居る場所は大雪山の旭岳周辺の山の頂上付近のどこからしいが、この状況に追い込まれていること事態、全く理解が出来ないぜ!」


「大雪山だと、でも有名な観光地でもあるあの大雪山のロープウェイではないようだが。ならこの山にあるホテルやロープウェイは全く別のロープウェイという事になるのか?」


「恐らくはこの山小屋のようなホテルに来る為だけに掛けられているロープウェイなんだろうぜ。つまりあのロープウェイはこのホテルの持ち物と言う事さ。こんな観光地でもない山の頂上でホテルを経営しているようだが、採算は取れているのか。とても客が沢山来ているようには見えないがな」


「まあ、このホテルも充分に怪しいが、このホテルの更に上にある古びた廃墟らしき別荘で目を覚ました俺達をまるで待ち構えていたかのように現れたあの頭の可笑しな女に俺達の仲間の一人でもある友人Cが行き成り襲われて、そのまま犠牲となってしまった。その友人Cの犠牲のお陰で何とかその女との距離を取ることが出来た俺達は命からがら山の下に降りられるロープウェイの所まで辿り着く事が出来たんだが、今日は運休日なのかロープウェイが動いている気配は全く無いし、仕方なくその近くにあるホテルらしき建屋に逃げ込んで、あの赤いワンピースを着た女から身を隠そうとしているのだが、やはりあの女は真っ直ぐにこのホテルに向かって来ているようだな」


「当然だ。このホテル以外に隠れられそうな所は……いいや、疲れを癒やし体の暖が取れる所はこのホテル以外にはないし、事実上このホテル以外に逃げ込める所は他にはないからな。それが分かっているからこそあの赤いワンピースを着た女はこのホテルを目指してゆっくりと真っ直ぐに向かって来ているのだろうぜ!」


「そ、それにしても赤いワンピースだとう。たしか半年前にも、この夏の季節の山の頂上付近で若い一人の女性が行き成り行方不明になったと言う話をニュースか何かで聞いた事があるな。どういう訳かその話とあのいかれた女の姿が類似しているな。何でも、ある大学の登山サークルのメンバーの一人がふざけて赤いワンピースを着たまま頂上の森を歩いていたらそのまま行方不明になったとか言う話だったな。お前もテレビのニュースで見ただろ。ちょっとだけ話題になったからな」


「ああ、あの事件か。確かその女性の行方を探す為に警察が大規模な捜索隊を組んだらしいんだが、何日も探したにも関わらず結局はその死体すらも見つからずに未解決の遭難事件として幕を閉じたんだったな。な、なら今俺達を追い回しているあの頭の可笑しな女性が半年前に行方不明になったとされる女子大生だとでも言うのかよ」


「いいや、もしそうならこのホテルを経営している人達が必ず騒ぐだろうし、このホテルに滞在していないのならこの山頂の森で食料も温かい衣類も持たない女性がたったの一人で生き抜くことは先ず考えられないぜ!」


「なら、あれは生きている人間ではなく……この頂上の山の森で死んだ女性の姿を投影した伝説の鬼女の姿だとでも言うのか。その報われない魂に応えるかのようにその女子大生の魂と同化をしたこの山の鬼女が半年前に死んだ女性の姿を借りて、今まさに俺達を死の世界へと誘おうとしていると、お前はそう言いたいのかよ。なら、ならこの状況は絶対にまずいぜ。この雪山に降り積もる大量の雪の量では下にある町までの下山はとてもじゃないが出来そうにないし、標高があまりにも高いのか、携帯電話の電波も届かなければ、このホテルにある唯一の連絡手段の固定電話のコードの線も見事に切断されているようだ。後は緊急救助用の衛星電話を探す以外に道はないのだが、その電話を見つけて、その後山岳の救助が助けに来るまで何処かに至急身を隠さなけねばならない!」


「ちくしょう、せっかく警備員を殺してまで大金を強奪したのに、なんで俺達がこんな目に遭わないといけないんだ!」


 そういきり立つと男Bは重そうに持っている大きなボストンバッグの中身を見ながらニンマリと怪しく笑う。そのボストンバッグには大量の札束がギッシリと納められていた。


「今夜の宴会が終わったら予約をしていた高級ホテルの部屋で分け前を均等に分ける算段だったのによ。友人Cの奴はつくづくついてないよな。まあその分俺達の取り分が増えるからいいんだけどな。そう考えるのならあいつの死も決して無駄死にではなかったと言う事だ。俺達を生かす為に囮になってくれて良かったと言った所か。ハハハハ!」


「なに笑ってんだよ、今はそんな事はどうだっていいだろう。あのワンピースを着た女がこのホテルに迫ってきているんだぞ。恐らくは俺達が雪道に残した足跡をたどって確実にこのホテルまで来るはずだ。外の森や林の中に逃げてもこの降り積もった新雪のお陰で直ぐにその逃げた位置が特定されてしまうだろうし、長期戦を考えたら絶対に外には出れない。そう考えるのならこのホテル内を軸に俺達はあの女の追跡から逃げ惑う事になるだろうぜ」


「だ、だったら早く緊急用の衛星電話を探さないとな。せっかく大金を手に入れたのにこんな所で訳の分からないいかれた女に襲われて死ぬのだけはごめんだぜ。あーちくしょう、こんな事ならあのいかれた女にビビらずに現金輸送車強盗の時に使ったトカレフ拳銃で撃ち殺して置くんだったぜ!」


 そう言いながら男Bは大きな窓ガラスに映る赤いワンピースを着た女にまたその視線を戻す。遠くの窓ガラスに映るその姿はまさにこの山の頂上に住むと言う伝説の鬼女その者ではないかと男Bはそんな事を考えていた。

 赤いワンピースを着ているので民話に出て来る伝説の鬼女とは時代背景や服装が全く違うのだが、ボサボサの長い白髪頭をしていると言う点と、間近で出会った時に見た、頭に角を生やし、目も鼻も口もないその恐ろしいその容姿から考えても、その謎の女がこの山近辺だけでは無く下の町にも度々出没すると言われている伝説の鬼女だと疑っても特に可笑しくはなかった。


 そんな不気味な女に襲われた男Cの事をもう死んだ物と決めつける男Bの無慈悲な態度に複雑な視線を送っていた男Aだったが、フとあることに気付くと男Aは瞬く間に顔色を青くしながらその血相を変える。何故なら雪山を歩いていたその赤いワンピースを着た女の姿は何処にも無く、代わりにその足跡だけがくっきりと残っていたからだ。その思わぬ転回に酷く驚いた男Aと男Bは、その視界から見事に消えた赤いワンピースを着た女の姿を懸命に探す。


「あの赤いワンピースを着た女は一体どこだ。廃別荘から続く新雪に残して来た足跡だけを残して途中からまるで煙のように消えてしまったぞ。一体あの女は何処に行ったと言うんだ。有り得ない……こんな事は絶対に有り得ないぜ!」


 男Aと男Bは大きな窓ガラスに近づきもっと赤いワンピースを着た女の姿を確認したかったが、壁に備え付けられてある窓枠の高さが3メートルの高さにあるので窓に近づいても窓にはその視界は届かない仕組みになっている、なので一定の距離からしかその外の景色を確認する事は出来ない。そんな状況下にも関わらず外に出て直ぐにこの状況を確認しなかったのは、二人の視界から消えたあの赤いワンピースを着た女がこのホテルの近くにいるかも知れないという見えざる恐怖が男達の足を見事に止めていたからだ。


 見えざる恐怖と迫り来る正体不明の接近に耐えながらも男Aは今不思議に思っている疑問を近くにいる男Bにぶつける。


「なあ、あの赤いワンピースを着た女って俺達が新雪に付けた足跡を追いかけてあの場所まで来たんだよな……」


「ああ、そうだな。それがどうしたと言うんだよ」


「いや、だからさぁ、あの赤いワンピースを着た女は一体どうやってその足跡を残さずに行き成りその場から消える事が出来たんだ? 行き成り身を隠すにしてもその足跡は確実に雪に残るだろうし、あの隠れる所が何も無い広い雪の坂道で足跡だけをその場所に残してそのばから消える事は絶対に出来ないと思うんだよ!」


「た、確かにな。お前の言うとおりだぜ。俺達から隠れる為に雪道を曲がったというのなら当然その足跡も残ってしまうだろうし、足跡だけが途中で切れていると言う事はその場から突然消えてしまったと考える他はないからだ。やはりあの女は異常だぜ。絶対に生きた人間に為せる事じゃないぜ。絶対にだ!」


「それじゃやはり……あのいかれた女は、この山の頂上で様々な事故や自殺で不幸な死を遂げた人達の怨念を抱えた霊か……或いは本当にこの山に伝わるあの伝説の鬼女かも知れないと言う事か!」


「そ、そうなのかも知れないな……」


「全く、冗談じゃないぜ。なんで俺達がこの山に住む白面の化け物なんかに魅入られなけねばいけないんだよ。俺は絶対に生きてこの山から生還してやるぜ。くそ、この山に住む鬼女め、来るなら来て見やがれ、この俺が直ぐに返り討ちにしてやるぜ!」


「お、おい、滅多な事を言うもんじゃない。あの赤いワンピースを着た女にこの三階の食堂にいると言う事が物音でバレてしまうじゃないか!」


「何ビビってんだよ。こっちには現金輸送車襲撃の際に使ったオートマチック式のトカレフの拳銃があるんだから例え化け物が相手だって別に怖くはないだろ。それにもしかしたらこの銃で撃ち殺せるかも知れないしな!」


「それで、もしあのいかれた女が死ななかったら、その後は一体どうするつもりなんだよ。大人しく何処かに隠れていた方がいいんじゃないのか」


「ふざけるな、お、俺はやるぜ。やってやるよ!」


 そう言いながら男Bは懐に隠していたトカレフ拳銃を抜くとその銃口を前に突き出しながら勢いよく構える。


「あのいかれた女が階段を上って三階に来たら、この銃で蜂の巣にしてやるよ!」


 その拳銃のずっしりと重い手触りと飛び道具を持っているという安心感からか、自信を取り戻した男Bは狂気に満ちた表情を浮かべながらトカレフ拳銃の銃口を階段付近に向ける。そんな殺気だつ男Bとは対照的に男Aの心は物凄く嫌な不安に包まれる。


 あの正体不明の伝説の鬼女に拳銃の弾が果たして本当に利くのだろうか。


 そんな事を考えている男Aの心情を打ち消すかのように男Bは手に滲む汗を服の袖で拭くと再びトカレフ拳銃を構え直す。

 最大限に緊迫したこの状況下で三階に上がる手段が一つしかないこのホテルではその階段以外に各階に行ける方法が何処にも無いと言うのが現状だ。その唯一の通路とも言うべき階段付近で三階に上がってくるのをただひたすらに待つ男Aと男Bだったが、いくら待っても赤いワンピースを着た女が一向にその姿を現さない事に二入は思わず大きな安堵の溜息をつく。


「あの赤いワンピースを着た女……一向にこのホテルの中に入って来る気配はないようだな。もう諦めて何処かに行ってくれたのかな?」


「このホテルの中に入ったら俺達が待ち伏せをしていると考えたからこそ、恐らくはあの女も無闇に中までは入っては来ないんだろうぜ。この隙に非常用の衛星電話と食べられる食料を確保するんだ。後あいつが入ってこないようにこの三階の食堂にバリケードを急いで作ろうぜ。この三階で助けが来るまで籠城をするんだ。もうそれしかないぜ!」


「そうだな。ならあの赤いワンピースを着た女の気が変わらない内に早く作業に取りかからないとな!」


 僅かな希望を見いだしながら互いに今やるべき事を言い合った男Aと男Bの二人だったが、行き成り下の一階のホテルのドアが荒々しく開いた音と、その赤いワンピースを着た女が叫んだと思われる奇っ怪な奇声がホテル三階の食堂にいる二人にも嫌でも聞こえてくる。

 その大きな音で赤いワンピースを着た女がこのホテル内の玄関付近に到着した事を知ると、恐怖と緊張に包まれた男Bは持っているトカレフ拳銃を階段付近に向けながら赤いワンピースを着た女の登場をただひたすらに待つ。


 バキバキ……ガタン、ゴトン、バキン!


 ドアや壁にでも当たっているのか、何かの物が倒れたり砕ける音がし……。


「キキ……キッイイイイイイイイイイイイイーィィィ。キイイイイイィィィ!」と言う大凡人間とは思えない奇っ怪な鳴き声を上げる不気味な女の謎の奇声に、男Aと男Bの心と体は大きく跳ねる。


 三階にいるのでその姿は見えないが、この世の者とは思えないけたたましい叫び声を上げながらついにこのホテル内に入って来たと思われる赤いワンピースを着た女は、まるで動物のように臭いを嗅ぐ音を立てながらホテルの一階付近を隈無く歩き回る。

 だが周囲の臭いを嗅ぐ事で三階にいる男達の位置が分かったのか赤いワンピースを着た女は荒々しい足音を立てながら一目散に木製の階段を駆け上がる音を回りに響かせる。


 ダン・ダン・ダン・ダン・バタン・バタン・ガタン・バタン・ダダダダ!


(ひっいぃぃぃいぃー、来る、確実に階段を上って来てやがる!)


 その近づいて来る恐怖の足跡に戦う覚悟を決めたのかトカレフ拳銃を構えながら一歩前に出る男Bだったが、階段の下から人が現れるであろう寸前の所でその足跡はなぜかピタリと止まる。


(な、なぜだ……なぜ止まったんだ。まさか俺達の存在に気付いて警戒をしているのか?)


 そんな言い知れぬ緊張と焦りが三階の食堂にいる二人を不気味な世界へと包み込む。


「友人A、お前は俺の後ろに下がっていろ。俺がこの銃で決着を付けてやるぜ。赤いワンピースの女、そこにいるな。その階段の下にいるのは分かっているんだ。いい加減に出て来たらどうだ!」


 精一杯の虚勢を張りながらそう言い放った男Bだったが、その一階から聞こえてきた奇っ怪な鳴き声と荒々しく階段を駆け上がる音が姿を現す直前でピタリと止まった事で不思議に思った男Bはトカレフ拳銃を構えながらゆっくりと階段に近づく。


「そこでじっとしていろ。もし少しでも動いたらその場で直ぐに射殺するから、覚悟して動けよ!」


 警告の言葉と荒々しい態度で威嚇をしながら階段に近づいた男Bだったが、階段周辺には特に怪しい人の影はなく、その場には誰もいなかった事で男Bは驚愕しながらもつい頭を捻る。


(お、おかしい……確かに俺はあの女が階段を駆け上がって来る足音をこの耳でしっかりと聞いたんだが、この場にいないとはどう言う事だ。階段から下に静かにゆっくりと戻るにしても階段を降りる際には必ず板が軋む音が出るはずだ。なのに最初からそこには誰もいなかったかのように人の姿がまるで見当たらない。一体赤いワンピースを着た女はどこに消えたと言うんだ!。分からない、不思議な出来事が目まぐるしく転回しすぎるせいで理解が追い付かないぜ!)


「全く拍子抜けだぜ。あの赤いワンピースを着た女は一体どこに消えたんだ。くそが!」


 そう悪態をつきながら男Aの方にその視線を向ける男Bだったが、男Aの異変に気付いた男Bの声が新たに訪れた衝撃と緊張で心臓が飛び出しそうなくらいにその表情が引き攣る。

 それもそのはず、その一~二分前までは外の雪山をゆっくりとした足取りで歩いていたはずの赤いワンピースを着た女が行き成りその場から消えたかと思うと何故か今度はホテル内の一階の玄関前にいて、奇声を上げながら一階から三階まで階段を一気に駆け上がって来るとばかり思っていたからだ。だがその女は一向にその姿を現さず、その事で男Bはかなり不思議に思っていた。だがその謎は男Bが男Aの方を振り向いた事で嫌でも理解する事になる。何故なら階段の下付近にいるはずの赤いワンピースを着た女が何故か男Aの背後へと回り込み、その手に持つ鎖鎌の刃先をその首筋に深く当てていたからだ。


 その行き成り背後から現れた赤いワンピースを着た女の思わぬ出現に男Bの思考がついて来れず、ついパニックを起こす。


「ば、馬鹿な、階段の下にいたはずなのに行き成り友人Aの背後から現れるだなんて、一体どこから上って来たと言うんだ。背後を突くにしたって三階に登ってくるその手段はこの階段しかないんだぞ。それなのに一体どうやって俺達の背後に回り込んだと言うんだ。くそ、くそ、流石に理解が出来ないぜ。まさか本当に瞬間移動でも出来るんじゃないだろうな?」


 まるで化け物でも見るかのような目を向ける男Bだったが、それもそのはず、男Aの首元に鎖鎌の刃先を当てながら目の前に現れたその赤いワンピースを着た女の姿は、頭に二本の角を生やした、目も鼻も口もない異形の怪人だったからだ。


「ば、馬鹿な。こんな奴が現実にいるだなんて、絶対に有り得ない……有り得ないよ!」


 男Bは何度も赤いワンピースを着た女の顔を見返すが、その否定したい心は無情の真実となって現実へと引き戻される。


(やはり見間違いではない!)


 その妖怪じみた奇っ怪な姿に男Bはかなり怯えている様子だったが、人質に取られている男Aの顔を見ながらその銃口を男Aとその背後にいる赤いワンピースを着た女へと向ける。


「どうやって俺達の背後に回り込んだのかは知らないが、そこを動くんじゃねえぞ。もしもそこから一歩でも動いたら人質になっている友人Aごとお前を撃つからな!」


 その血も涙も無い男Bの言葉に、人質になっている男Aは大いに焦る。


「お、お前、まさか本当に……俺をこの赤いワンピースを着た女ごと撃つつもりじゃないだろうな。や、やめろ、やめろよ。頼むから撃たないでくれ。頼むよ!」


「それはお前の後ろにいるその赤いワンピースを着た女次第だな!」


 そう言いながらトカレフ拳銃を構える男Bに向けて赤いワンピースを着た女は、男Aを盾代わりにしながら殺気に満ちた奇声をけたたましく上げる。


「キッイイイイイイイイイーィィィ……キッイイイイイイイイイイイイイーィィィ!」


「な、何なんだよ、お前は……お前は一体何者なんだ。どんな理由で俺達を襲うんだ。その理由だけでも教えろよ!」


 だが男Bの必死の呼びかけにも関わらず話を全く聞く様子の無い赤いワンピースを着た女はまるで狂っているかのようにけたたましい雄叫びを上げると、羽交い締めにしていた男Aを勢いよく前へと突き飛ばす。


「うわあぁぁー、やめろおぉぉぉ!」


「おい、こっちに来るなよ。赤いワンピースの女の姿が見えないだろ。くそぉぉ、そこをどけよ!」


 視界を遮る男Aの体を男Bがどかすと、その背後から鎖鎌の柄に備え付けられてある鎖付きの分銅が勢いよく投げつけられる。その投げつけて来た分銅の速さは凄まじく、見事に男Bの手に命中したのと同時にトカレフ拳銃が勢いよく宙へと舞う。


 ドカ、バキン!


「ぐっわあぁぁぁーぁぁ、手が、手が痛い。何が、一体何が起きたんだ? 俺の前に蹴り出された男Aの体が邪魔で、あのいかれた女の姿が全く見えなかったぞ。その瞬間何かを俺の手に向けて投げつけて来たようだが、あれはまさかあのいかれた女が武器として持っているあの鎖鎌の柄に付いている鎖の分銅を俺に投げつけて来たと言う事か。余りにも早くて、しかも狙いも正確で直ぐには分からなかったぜ。くそう、ちくしょう、早く床に落ちているトカレフ拳銃を拾わないと!」


 手に走る痛みをこらえながら床に落ちているトカレフ拳銃を拾おうとした男Bだったが、寸前の所で赤いワンピースを着た女にその右腕を掴み上げられる。


 その女の細い体とその細腕に男Bも最初は直ぐに力押しで振り払えると思っていたようだが、その考えは直ぐに絶望へと変わる。何故ならその細腕にも関わらずその赤いワンピースを着た女の握力と腕力は恐ろしく尋常ではなかったからだ。


 割と大柄で学生時代は柔道をやっていた男Bの力を持ってしてもその捕まれた腕を振り払う事は叶わず、溜まらず男Bはそのもう一つの拳を赤いワンピースを着た女に向けて勢いよく突き出す。


「な、なんて力だ。この妖怪女が、その手を放しやがれ!」


 力強く掴み上げられた右腕の痛みに何とか耐えながらも男Bは赤いワンピースを着た女の首元や手元をマジマジと見る。


(こ、この女は……薄汚れたポロポロの赤いワンピースを着ているとばかり思っていたのだが、その下には分厚いウエットスーツらしき物をしっかりと着込んでいる。それに白髪の髪の間から見える目も鼻も口もない顔は何かのマスクのような物を被っているからそう見えるだけで、こいつは妖怪や幽霊と言った類いの物では無く、歴とした紛れもないただの人間だ。ただ狂気の異常者である事に変わりはないがな!)


 そう結論づけた男Bは(先ほどの分銅の攻撃で怪我をしている)左手の拳を力強く握ると、その拳を振り下ろす態勢を取る。


「お前はこの山に巣くう妖怪でもなければましてや幽霊でもない、ただの人間だ。そうと分かればもう怖くは無いぜ。この拳を叩き付けたらお前を確実に倒せる事が分かったんだからな。覚悟しろやこの異常者が!」


 その男Bの言葉に男Aは青い顔をする。


「友人B、その拳をその女に叩きつけるな。そいつからはなんだか物凄く嫌な感じがするんだ。取り敢えずはこの場から逃げるぞ!」


「ふざけるな、この拳をこの女の顔に叩き込んだらそれで終わりだ。見ていろよ、この女の正体を今ここで暴いてやるぜ!」


 勇ましく言い放つ男Bの言葉に今度は赤いワンピースを着た女が行き成り話し出す。


「タ……タタキコンダラ……ソレデ……オワリダ……ソウダ……オマエノ……イノチハ……コレデ……オワルンダ……キキキキィィィ!」


「お、お前……言葉をしゃべれるのか。ちくしょう、ふざけやがって、なら改めてこの拳を食らえや!」


 気合いと共に勢いよく繰り出される男Bの拳が赤いワンピースを着た女の顔に見事に叩き付けられたかのように男Aには見えたが、その瞬間男Bのけたたましい悲鳴が食堂中に響き渡る。

 そしてその一~二秒後、何かがドサリと床へと落ちる音が男Aの耳へと届く。


「ぎやあぁぁぁあぁぁぁぁーっぁぁぁぁぁ。手があぁぁ、俺の左手首があぁぁぁ!」


 その言葉にはっとした男Aはその床に落ちているのが男Bの綺麗に切断された左手首だと分かると、腰を抜かしながらその場へとへたり込む。


「ひっ、ひっいいいいいぃぃぃいぃーっ。手が、男Bの左手首が綺麗に切断された。手に持っているその鋭利な鎌で男Bのその左拳を切ったのか。やはり噂は本当だった……お前が……人々が噂をしている……この大雪山周辺に住むとされる伝承にもある伝説の鬼女……『白面の鬼女はくめんのきじょ』か。ハハ……ハハハハハハハハハ!」


 精神が壊れたのか、恐怖と絶望に耐えられなくなった男Aは逃げることもせずにただ力なくその場で笑い出す。


 そんな男Aに構う事無く何とかこの場から逃げ切ろうとする男Bだったが、そんな男Bの態度が気にくわなかったのか奇っ怪な奇声を上げながら迫る白面の鬼女がその手に持つ鎖鎌の鋭利な刃をその体に何回も何回も振り下ろす。



「た、頼む誰か助けてくれ……俺をここから出してくれ! いやだ、いやだ、こんな所で死にたくはないよ。頼むから見逃してくれ。助けてくれ、助けてぇぇぇ!」


「キッイイイイイイーィィィ。キッイイイイイイイイイイイイイーィィィ!」


「いやだ、ぎゃあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁ!」


「ハハハ……ハハハハハ……無駄だ……無駄だよ……俺達は白面の鬼女の巣くう縄張りからは決して逃げる事は出来ないんだよ……もうこうなったらこの鬼女に魂を食われる以外に道は無いということさ……そうだ、俺達はここで死ぬ運命だったんだよ。ギャハハハ……ハハハハハ……アハハハハハ!」


「キキ……キッイイイイイイイイイイイイイーィィィ!」


 ザクリ、ザクリ、ザクリ、バッサリ!


「ガッはぁぁ!」



 その5時間後、山頂から続くロープウェイの下の町へと続く道路の路上で無残に横たわる男Bと男Cの血まみれの死体を発見した事で山頂に異変を感じた地元の警察と山頂のホテルを任されている管理人が山の上へと向かったのだが、そのホテルの中で精神を病んだ男Aを発見する。その男Aのたどたどしい証言でこの山頂で謎の赤いワンピースを着た女がまた現れた事を知る事になるのだが、また例のように警察がいくら山頂を探しても赤いワンピースを着た女は見つからず、その行方は煙のように消えたままだ。そしてそれとは別に、警察がロープウェイを起動させてホテルの山頂に到着する前にこの女が一体どうやって山頂にあるはずの二つの死体を山の下の麓まで運んだのかは未だに謎であり、当然未解決のままである。

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