第15話 渚にて Part1
突き抜けるような夏空だった。遊泳開始可能時刻の9時ほぼ丁度に須磨海水浴場に着いた。と言っても光時たちのマンションから徒歩で15分ほどしかかからない。東西に広がるビーチのほぼ中央、旧和田岬灯台と千守突堤の間に部屋から持ってきたマットとパラソルを拡げた。須磨海水浴場は神戸、大阪からのアクセスが良く例年夏は多くの人で賑わう。海水浴シーズンには車でのアクセスの玄関口になる阪神高速若宮出口から西宮料金場まで20km近い渋滞もしばしば起き、その上周辺の駐車場にも入場待ちの車列が続く。湘南エリアをコンパクトにしたイメージが近いのかもしれない。朝の早い時間ではあったが海の家はほぼ全て開いており海岸の人影もそれなりの数になっていた。沙耶子は昨夜のタンキニにラッシュガードまで羽織り、露出感は0であったが光時は他の男の視線に肌がさらされないことに少し安堵を覚えていた。「ちょっと泳いでくる。」光時は沙耶子に一声かけると海にはいていった。岸から50mほどの遊泳可能域を区切るブイまで泳ぎそこから海岸線に平行に東に向かって抜き手を切って泳いだ。そう、海水浴場でたまに見る「真面目に泳ぐ奴」である。監視台の上のライフセーバーが少し生暖かい目で光時を見ている。「彼女と一緒に海に来て張り切っている。」くらいに思われているのだろう。だが光時の遊泳速度に徐々に見る目が変わってくる。「おい、一昨日柴咲さんが11分かかった区間、10分切ってるぞ。誰かアイツのこと知らないか。どこのクラブだ。」一人がラップを切りながら周りに集まったライフセーバー達に聞く。皆水泳経験者か現役選手なのであろう。「海であの泳ぎか。オリンピック代表級は言い過ぎでも少なくとも1500自由で全日上位クラスだぞ。」「インカレ、インハイには出ていないな。中国あたりの秘密兵器じゃないか。」興奮しているのかかなり大きな声になっている。当人はセーブしているつもりだろうがあまり注目を集めることは好ましくない。「ねえ、朝ごはんにしようよ。」たまらず沙耶子が叫ぶ。かなり距離はあったがしっかりと沙耶子の声を捉えたのだろう。立ち泳ぎで手を振ると潜水する。さっきまで光時がたてていた水を打つ音が消える。潮騒と波打ち際で遊ぶ子供の声だけになる。3分、5分と時間が経過しても光時は現れない。一人のライフセーバーが監視台の下に置かれたレスキューボードに手をかける。その時沙耶子とライフセーバーたちの正面にいきなり光時が立ち上がった。「下が砂地だと視界が悪いな。でも気持ちがいいよ。沙耶子さんも後で泳いでくれば。」「いや、いい。水練をしに来たのではないから。」沙耶子が即答する。「それにこの水着、泳ぐための物じゃないし。」小さく口の中で不平を漏らす。「もしかして見せるためのものか。じゃぁ、ラッシュガードその他諸々の付加装備を外して本体シルエットのチェックからさせてもらおうか。」邪な表情を浮かべ光時が沙耶子に迫る。「次エッチなこと言ったら食べさせないからね。」精一杯怒った表情をつくりながらバケットサンドとスムージーの入ったボトルを差し出す。あまりにも素早く二人の世界に入られたため、ライフセーバーたちは光時に素性を聞くことはできなかった。
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