第3話 若き少女の初陣 Part1 

 神戸市の東端、芦屋市との境に近い住吉川東岸、狭い神戸の平野部が六甲の山なみへと駆け上がる狭間に甲北大学のキャンパスはあった。西の慶応とも称されるこの大学は富裕層の子弟が多いことでも有名であった。阪急電鉄岡本駅北側に広がる高級住宅街につながるロケーションもハイソな空気を醸し出していた。キャンパスの北西にアリーナと呼ぶ方が違和感の無い立派な体育館が建てられていた。五月の最終週の火曜、午後9時を少し回ってはいたが、関西学生春季リーグの王座決定戦に揃って駒を進めた男女バスケットボール部員が練習に励む声が聞こえた。六甲アイランドを一望できるドーム状の屋根の上に二人の人影があったがそれに気付く者はいなかった。神宮沙耶子と武庫光時であった。光時は黒一色のバイク用レーシングスーツに似たウェアを纏い、FASTヘルメット、タクティカルブーツ、30Lアサルトバックパック、ハーフフィンガータクティカルグローブを身に着けていた。グローブはSWATなどで使用されるものと比べ手の甲に大きな穴が開けられていた。首からは一見するとサプレッサ付きのH&KMP 5SD短機関銃のようなものを吊るしていた。マガジンに相当するパーツが幅広でストレートな形状をしており、ストックの部位にはBNCコネクタによって線径20mmほどのキャプタイヤケーブルが取り付けられ、その先はバックパックへとつながれていた。サプレッサの中に銃身は無く先端に光学ウィンドがはめ込まれていることからそれが銃弾を発射するものではないことは明らかであった。タクティカルベルトにはケーブルでバックパックにつながれた直径4cm、長さ30cmほどの懐中電灯のような金属円筒が2本、直径5cm、長さ20cmほどの金属筒が4個吊るされていた。一方の沙耶子が身に纏っているスーツの形状はほぼ光時と同じであったが、ウェアのカラーリングが異なっていた。ブーツを含め下半身が真紅で右腰のあたりから左腿にかけて波を打ったグラデーションが始まり、上半身は純白になっていた。よく見ると胸部にボディーラインにフィットしたプレートアーマーがスーツと一体化しておりバストコンシャスなデザインになっていた。幼さの残る容姿とアンバランスな色香を漂わせていた。またFASTヘルメットのアクセサリレールにはANVIS(Aviator's Night Vision Imaging System)のような形状のゴーグルとヘルメットカメラが取り付けられていた。短機関銃の様な武器は携帯していないが、タクティカルベルトの右腰にはサプレッサ付きのイングラムM11に似た機関拳銃の様な武器が下げられていた。これもサプレッサの先端に光学ウィンドが取り付けられており銃弾を発射する武器ではなかった。さらに腰回りには光時と同じ直径5cm、長さ20cmほどの金属筒が4個、予備弾倉のようなものが2個取り付けられていた。左腰にぶら下げた鉾の採り物(巫女が祭祀に手で持つ祭具)が場違いな印象を与えていた。「沙耶子さん、緊張している?」光時が問う。「・・・いいえ、・・・うん。少し緊張しているかな。」「まぁ、初めての実戦なら、皆同じだよ。」「あなたもそうだった?」「もちろん。星辰見の正階から穢れ払いを初めて命じられた夜は16(ひとろく)式を3回も分解、清掃し直したよ。」光時は首から下げたレーザーアサルトライフルを右手で軽く叩きながら微笑みかけた。「沙耶子さんの20(ふたまる)式も昨日念入りに整備しておいたから安心して使ってくれ。まぁ、X線パルスレーザーガンが壊れたなんて言う話は聞いたことがないけどな。」「ありがとう。でも、これを使わずに済むといいのだけれど。」「もちろんだ。せっかく推定現出時刻の1時間前に現着したんだ。まだ時間はあるだろ。」「えぇ。」「じゃ、お互いの役割の最終確認をしよう。さっき俺との感度確認を済ませたけど、この後沙耶子さんは元住吉様とも回線を接続し、感度を送れ。音声と画像は戦闘中垂れ流しにしておく。あちらから指示が来ることはない。不測の事態が起きた時はこちらから救援を要請する。俺の声も音声と無線の両方で発する。現出点が確定したら沙耶子さんは現出点の正面10mの点を中心に半径15m、高さ5mの結界を形成する。現出点の規模によって神威壁は押し戻されるけど、無理に抑え込む必要はない。今回の予測規模は二級なので、四罪最大2体、その他が50から100体現出すると思われる。結界サイズは半径25m位まで押されると思う。初陣なので結界の維持に注力してくれ。沙耶子さんは複数の神威をコントロールできるそうだが神威壁の維持に自信が持てれば槍(ソウ)に変えて攻撃を試しても良い。あくまで自信が持てた時だけな。驩兜(カントウ)や嘲風(チョウホウ)、貔貅(ヒキュウ)のような高速型は狙うな。人間の反応速度で捕捉できるものではない。鯀(コン)や巴蛇(ハダ)、槃瓠(バンコ)が現れたら狙ってみるのもありだ。忘れないでくれ。穢れの掃討は俺の役割だ。沙耶子さんの役割は戦闘中の結界維持と掃討後の現出点修祓だ。戦闘への参加はおまけだと思ってくれ。いいかい。無理はするな。エミッションボムもパルスレーザーガンも基本今晩は出番はなしだ。万が一俺がやられた時は元住吉様に救援を要請しろ。今夜穢れ払いに出ているのは俺達だけだ。京都から鬼士が10分以内に到着する。それまで結界を維持することに専念しろ。」さりげなく光時自身が倒れた場合に言及すると沙耶子の形のいい眉が顰められた。「分かったわ。」不安を声に出すことなく沙耶子が短く答えた。「もう直ぐだな。」「元住吉様の星辰見ではあと7分ほど。この体育館のすぐ東側の工学部5号館との間に現出するそうよ。」「沙耶子さんの見立ては?」「体育館と工学部5号館の間でも北端。時間は2分ほど早まるかも。」「ここはキャンパスの北際、フェンスの先は六甲山。流れ弾を気にしなくて良いな。戦い易い場所だ。じゃぁ、行こうか。」

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