第三十九話 治療の裏で(1)


 円香に、真子の部屋から連れ出された。


 茜嬢は理由を察しているようだが、俺には解らない。解らないが、治療に必要な事なのだろう。


 10分くらい経っただろうか、貴子嬢が真子の部屋から出てきた。

 そして、治療で大量に水分が出てしまう可能性があるから、水分補給用の飲み物を買ってきて欲しいと言われた。


 茜嬢が、自分たちの食事も欲しいと言ってきたが、長丁場になると考えれば、当然だ。

 貴子嬢は肉がいいと言ったので、肉を買いに行く。あとは、飲むゼリーも買ってくる。治療中の真子が食べられるのなら、食べさせたい。


 車は、ギルドから乗ってきた車しかない。貴子嬢が言うには、結界が貼られているので、大丈夫だと言っていた。

 今は、真子の部屋と家にも結界が貼られているようだ。


 俺と円香と茜嬢と貴子嬢とライ殿だけが出入りできるようだ。凄いスキルだ。


 車に乗り込む。円香が助手席だ。この感じは久しぶりだ。


「孔明」


「なんだ」


「私は、まだお前を許していない」


「当然だ。それで?」


「カードを出せ?」


「・・・。あぁ」


「違う。ギルドカードは、お前が持つ物だ。それを返されても困る」


「え?」


「違う。クレジットカードだ。デビットの奴でいい。20万くらい入っているだろう?」


「そりゃぁあるが・・・。円香?」


「あぁ主殿・・・。いや、貴子さんには今まで散々驚かされていたから、この辺りで大人の力を見せつけようと思う」


「わかった」


 まずは、スポーツドリンクや飲むゼリーを買うために、イオンモールに向かう。人が多い所の方が、尾行が居ても巻きやすい。それに、もう治療が始まっているから、尾行をつけられても大丈夫だ。あの家にある盗聴器類は見つけたはずだ。盗聴器は4つだ。リビングに3つと玄関に一つ。真子の部屋は、茜嬢が調べたが無かった。真子の部屋に無かったのはよかった。


 イオンでは、スポーツドリンクと飲むゼリーの他に円香が料理で使う調味料や野菜類を購入した。

 他にも、茜嬢に連絡をして家にない物を購入した。それだけで8万円近い出費だ。完全に、関係ないと思われるような物まで購入していたが、きにしないようにする。余ったり、使わなかったり、必要が無かったものはギルドに持っていけばいいと思う事にした。


「そうだ。孔明。引っ越しはどうする?」


「引っ越し?」


「必要だろう?ギルドの周りの家は抑えてある」


「必要か?」


「孔明。お前・・・。真子が治るのだぞ?指が欠損して、片足が無かったのだぞ?それも、あの主殿のことだ、やりすぎる可能性がある。スキルも想定以上になる状況を想定しておけ、いいか、間違いなく、頭を抱えるぞ!私は、魔物同調と聞いた時に、眩暈がしたぞ」


 確かに、考えていなかった。

 真子も、動けるようになったら、学校にも行きたいと言い出すかもしれない。


「そうだな。ギルドの近くなら・・・。一軒家を買うか?」


「そうしろ。きっと、主殿のことだ。真子が一人で居ると言えば、真子に新しい眷属を紹介して、家の守りを完璧にしてくれるぞ」


 円香は笑い出すが、笑い事ではない。

 既に、”再生”や”治療”という未知のスキルが芽生える。そのうえ、”聖”だと!?貴子嬢に聞いて、スキルを隠蔽する方法を聞かなければ、真子が研究所に攫われてしまう。そうでなくても、目立つのは決定事項だ。

 ギルド・・・。ワイズマンにどこまで報告するのか?


「円香・・・。”魔物同調”は、どんなスキルだと考えた?」


「あぁ・・・。覚えているか?」


「何を?」


「主殿が、ギルドに初めてコンタクトしてきたときの事を・・・」


 スライムの大量発生の現場だ。

 覚えている。


「そうか、あの時か・・・」


「確実ではないが、多分あれば”魔物同調”だと思っている。意識を別の魔物と同調させる。考えれば、恐ろしいな」


「そうだな。でも、有効なスキルだ」


「あぁいっそのこと、情報と交換で、主殿に私たちにも相性がいい眷属を都合してもらうか?」


「俺もそれを考えた。だが難しいぞ?」


「ん?」


「蒼は大丈夫だろうけど、円香は動物に恐れられているぞ?俺もどちらかといえば嫌われる」


 俺の話を聞いて、円香が噴き出した。

 ”確かに”と言って笑い出した。


 こんなに、すっきりとした気持ちで、円香と話すのは久しぶりだ。茜嬢と貴子嬢に感謝しなければならないな。円香にも・・・。


「円香?」


「なんだ?」


「好きに買っていいと言ったが、”やりすぎ”という言葉を知っているか?」


「そんな都合がいい言葉は忘れた」


「思い出せ」


「面倒だ。それに、お前、手足の欠損を治す医者への心付けに、この程度の出費で済ますつもりなのか?」


 それを言われると辛いが、意味が違うと考えて反論をする。

 円香は、肉屋を梯子して、10万円分の肉を購入している。車の中で待たされたので、嫌な予感がしていたのだが、手遅れだ。


 言い争いになったが・・・。

 懐かしい感じがする。


 家に戻ってきた。

 気が付いた範囲で尾行は居なかった。


「なぁ円香?」


「なんだ」


「尾行が家の周りに居なかったのは?」


「多分、”何か”したのだろう」


「そうだよな」


「何も言わないと思うから、知らないフリをしておけよ」


「わかっている。そうだ。円香、俺は知り合いの整備工場に車を持っていく、くっついている物を外してもらう」


「そうだな。奴らが本気になるかもしれないから、考えることが増えそうだな」


「すまん」


「なに、いいさ。どうせ、将来的に”こう”なることは解っていた。奴らが、自分たちが”正義”だと思っている限りは、ギルド組織とは相容れない。私の弟の件もある。奴らの好きにはさせない」


「そうだな」


「お前がギルド側の鎖に繋がれたのは大きい」


 俺と蒼の古巣が蠢動し始めたら厄介だ。

 背広組の連中なら、ある程度の旨味を見せれば交渉が可能だが、脳筋な上に”正義”という御旗を振り始めている。ギルドが邪魔なのは解るが、排除は不可能だと考えれば解る。奴らは、”正義”に酔ってしまっている。一部の奴らだが、声が大きいのが問題だ。


「孔明。先に戻る」


「わかった。何かあれば連絡をくれ」


「わかった。でも、私が連絡するよりも早く、連絡が来ると思うけどな・・・」


 円香は、車を降りて上を見る。

 確かに、車での尾行はなかった。車ではない。別の者が俺たちを見守っていた。上空からだ。

 最初は、気のせいだと思ったが、猛禽類がそんなに都合よく居るわけがない。


 落ち着いたら、貴子嬢に指摘をしておいた方がいいかもしれない。


 馴染みの整備工場に車を持ち込んで調べてもらった。

 どうせ、マニュアル通りの場所に仕掛けられているのだろう。予想通りの場所に一つ仕掛けられていた。もう一つは、マニュアルにない場所だ。民間か?機材を使って調べてもらったが、他にはなさそうだ。


「おい。孔明」


「なんだ?」


「この車はどうなっている?」


「ん?整備はしているぞ?」


「蒼がやったのだろう。それはわかる。それよりも、これだ」


 盗聴器を探す機材を取り出して、車に盗聴器に近づけると、反応がある。当然だ。

 そして、車の中に盗聴器を置いて・・・。車から離れた場所でも短距離なら反応がある。しかし・・・。


「気にするな」


「”気にするな”か?久しぶりに聞いたな」


「悪い」


「いいさ。売りに出るのか?」


「民生にはならない」


 正確には、貴子嬢以外には作ることができないのだが、そんな説明は必要がないだろう。


「そうか、残念だ」


 裏の仕事だろう。


「今度、引っ越しをすることになりそうだ」


「そうなのか?」


「静岡市内に、引っ越しを考えている」


「そうか・・・。俺も、そろそろ考えるか?」


「来るのなら、円香を紹介するぞ?」


「嫁さんに相談をしてみる」


「お前さんが来てくれるのなら助かる」


「わかった。何か、奥歯にものが挟まった言い方なのが気になるが、考えよう」


 車についていた盗聴器と発信機を受け取って、整備工場を出る。

 元自衛隊の研究所所属で、スキルの有無を判断する道具を開発したが、組織に馴染めなくて、辞表を上司に叩きつけた。そんな奴だが、信頼はできる。


 以前から、ギルドに誘っていたが、首を縦に振らなかった奴がどんな心境の変化なのか?

 事情があるだろうが、ギルドの協力者に非常識というべき存在が居る。彼女とのコラボが実現したら、ブレイクスルーになるかもしれない。


 オークションの準備もしなければならないが、茜嬢がなんとかするだろう。

 ネットに強い奴も必要になりそうだな。

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