第五話 吉報?凶報?


 新生、ギルド日本支部。名前が変更されて、ギルド日本リージョン本部。

 50坪程度の狭い場所が、日本のギルド本部になる。


 狭い場所だ。居住できる場所を除くと、部屋は3つだ。

 打ち合わせを行うための部屋だ。そして、この部屋は、盗聴に関しては、クリアの状態になっている。それ以上に、厳重なセキュリティで守られている場所が存在している。


「円香!」


「なんだ、孔明」


「俺の名前は、孔明よしあきだ。お前が、孔明こうめいと呼ぶから、里見嬢や柚木嬢まで、俺を孔明こうめいと呼びやがる」


「そうか、それなら、ギルドでは、お前は、孔明こうめいだ。ギルド長としての命令だ」


「・・・。円香。その話は、後日、弁護士を立ててしっかりと抗議させてもらう。それで、この書類はなんだ?」


「なんだとは?」


 桐元孔明が持っている書類は、大量のギルド支部の設立案だ。


「これほどの支部を・・・。可能だと思っているのか?」


「無理だな」


「なら!」


「落ち着けよ。孔明。先日の発表を見たか?」


「先日?あぁ魔物が産まれる可能性が暴露されたのだよな?」


「あぁあれの大本は、ギルドの秘匿情報だ」


「今のギルドで、秘匿情報に接触できるのは?」


「そうか・・・。俺は、違う。蒼も、わざわざ面倒を起こして喜ぶ性癖はない。円香は、考えられない。里見嬢や柚木嬢は、やる意味がない」


「そうだ。そうなると?」


「自衛隊か?」


「あぁ愚かにも、アクセス履歴を残している。四ツ谷の漫画喫茶からだよ。お前の所の上司殿は、セキュリティが解っていない」


 榑谷円香は、数枚の写真を榑谷孔明の前に滑らせる。

 漫画喫茶の個室ブースに入っていく、一人の男性を写している。個室ブースの通信ログが乗っている書類も渡される。機密情報へのアクセス履歴と合わせて、言い逃れが出来ない状況だ。他にも、写っている男性が新宿の歌舞伎町にあるバーに入っていく写真と、出てくる所の写真だ。出てくる時には、持っていたアタッシュケースを持っていない。


「・・・。円香。わざと・・・。だな?」


「何のことだ?孔明。君の古巣が行った結果だ。後始末くらいはしてくれるのだろう?」


 円香は、情報が流出するのが解っていながら対策をしていなかった。

 漏れては困る情報(ファントムに関する)は、しっかりとブロックをしている。今回、残ったゴミを排除するのが目的だ。今までは、ギルドの営業部を使って、情報を得ていた者たちが、しびれを切らして、自衛隊から情報を抜こうとしたのだ。安易なスクープを欲しがったマスコミと、暴走した自衛隊と、縄張り争いにしか興味がない官僚と政治業者が、ギルドというよりも、魔物やスキルに関する利権を(彼らの視点では)取り戻そうとしている状況なのだ。


「わかった。この情報は?」


「好きに使ってくれ、一撃で仕留めてくれ、今回のリークはこちらとしても助かっているが、気持ちがいいものではない。調子に乗られるのも、気分が悪い」


「わかった。議員までは届かないと思うが・・」


「ダメだ。議員の一人は釣ってくれ、できれば大物がいい」


「いいが、不起訴になって終わりだぞ?」


「別に裁かれなくてもいい。ただ、ギルドは、牙も爪も持っていると認識させたい。我らは、狩られるだけの獲物ではない。それに、不起訴になったほうが、くすぶり続ける疑惑として、ギルドに手が出しにくくなる」


「わかった。こっちで動く。もしかしたら、ギルドの本部からの圧力を使うぞ」


「大丈夫だ。総合リージョンにも話は通しておく」


「ありがたい」


 二人の話に切りがついたのを見て、里見茜が書類を持って、二人の前に歩み出た。

 狭い場所だ。桐元孔明が逃げられるはずもなく、椅子に座り直した。


「お二人に見て欲しい情報があります」


 資料を持ってきた里見茜は、満面の笑みだ。二人を逃さないようにしていた。

 目論見が成功したことも嬉しいが、この問題になりそうな資料を、上司に渡せるのが嬉しいのだ。さっさと、通常業務に戻りたいと本気で思っている。


「あっ千明も逃げないでね」


 里見茜は、席を立とうとしていた柚木千明にも声をかける。


 柚木千明は、逃げ出すのに失敗した。この4人と今、外に出ている上村蒼がギルド日本リージョン本部のメンバーだ。業務を行っているのは、静岡市の繁華街から少しだけ離れた浅間神社の近くに建つ一戸建てだ。二世帯住宅になっていて、一つは榑谷円香が住んでいる。共通のリビングが作業場所になっている。


「茜・・・」


「さて、蒼さんが居ないのは残念ですけど、いい加減に、私も荷物を軽くしたいので、状況報告を兼ねて、皆さんに荷物を分配したいと考えています」


 異論はありませんか?

 と、続ける必要もない。里見茜が持っている情報は、本部にも上げていない情報だ。証拠が何もない情報だが、確実に存在していると思われる。ファントムの情報だ。


「茜。特定が出来たのか?」


「円香さん。紹介された専門家の話を聞いて、罠を張ったのですが、無理でした」


「・・・。そうか、それだけ知識があると言うことか?」


「いえ、そうではなくて、アクセスがなくなっているのです」


「ん?調べる価値がないと思ったのか?」


「それはわかりません。しかし、円香さん。情報サイトを謳っていて、自分が調べたワードがヒットしないことが続いたら、アクセスしなくなりますよね?」


「そうだな」


「ファントムは、ギルドを必要としない存在なのでは?」


「それは、分析結果か?」


「はい。ファントムが、スキル鑑定を持っていて、スキルや魔物素材の鑑定が行えるようになれば、ギルドのデーターベースにアクセスする必要はないですよね?」


「そうか、ファントムは、スキル鑑定も調べていたな」


「はい。ファントムの話は、問題だらけですが、問題ではありません。もしかしたら、本当に極小の可能性ですが、次の問題にもファントムが絡んでいる可能性があります」


「ん?次?」


「本題です。孔明さんにも関係する案件です。蒼さんにも関連しますが・・・。どうします?」


 皆の視線が桐元孔明に集中する。

 榑谷円香は、それは嬉しそうに、柚木千明は、”ご愁傷さま”という思いが込められているような目で・・・。


「わかった。話を聞かせてくれ、上村には、俺から話をする」


 この場に居なかった、上村蒼に恨むがこもるような声だが、しょうがない。自分が、指示を出して、山梨でのギルド支部設立と、封鎖地域に作る出張所の確認を行っている。


「ありがとうございます」


 里見茜は、資料を配り始める。もちろん、桐元孔明の前には、二部の資料を置いている。


「最初の方の説明は、後で読んで下さい。状況をまとめてあるだけです。みなさんにお伝えしたいのは、最後に三つ折りにしているA3の資料です」


「茜。これは、地図か?」


 6枚の地図がある。

 ギルド日本リージョン本部が管理すべき、魔物の存在が確認された場所と、現在の封鎖状況がまとめられている。


「ん?概ね。予定通りではないか?あとは、出張所を作って、ハンターが活動を始めるのだよな?」


「あぁ円香が言っている通りだな。窓口は、現地採用になるが、所長は、ギルドの職員と同じ扱いだ」


「話を戻します。最後のA3の地図を見て下さい」


「ん?」


 里見茜に言われて、途中のページを軽く見ながら、最後のA3を広げる。


「茜。これは、庵原郡か?由比と興津の境目辺りか?」


「はい。海側ではなく、山梨側ですが、元々私有地です」


「そうか、あの辺りだと、山持ちが多いのだろうな」


「はい。しかし、調査は可能です」


 里見茜が言っているのは、間違いではない。私有地と言っても、特措法があるために、無闇に入って物を破壊したり、なにかを採取したりしなければ問題にはならない。そして、魔物が発生する可能性を説明すると、委任状を提出してくれる。


「なにか、問題は有ったのか?」


「いえ、委任状は届きました。市内の高校に通う女性でしたが、すぐに委任状にサインをしてくれました」


「茜。なんだ、何が問題なのだ?」


 榑谷円香は痺れを切らして、少しだけ強い口調で問い詰める。


「私が言うのは、調査を代行してくれた人たちの言葉です」


「あぁわかった」


「その山に、”行けなかった”そうです」


「は?」


「ほら、そうなりますよね?」


「茜。説明が足りていない。”行けなかった”。道がなかったのか?なにか、邪魔が入ったのか?」


「それこそ、自衛隊の隊員ですよ?地図を見て下さい。山の中腹までは、道がありますし、民家もあります。最後の民家から、上が私有地ですが、その山は見えるのに、到達が出来なかったのです。家も有るはずなのに、門までは行けるのに、中には入られなかったという報告です」


「・・・」


 里見茜の言葉に、皆が声を失った。地図上には、その場所に印が書かれている。そして、周りの山々には、魔物が湧いていないと注意書きが書かれている。魔物が居た形跡はあるが、通常の調査でも1-2体の魔物が発見されるのだが、入られない山の周辺は、魔物が存在しないクリーンな状況になっている。詳細な調査を行えば、魔物が見つかる可能性はあるが、現状では魔物の発見には至っていない。

 資料の地図上には、完全に空白地帯になっている場所が存在することになる。


 吉報なのか、凶報なのか、その場に居る4人には判断が出来なかった。

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