第二十一話 裏庭


 我は、この場所に住み着いた者たちの長をしている。


 我らには、あるじ様が居る。丸くて、柔らかそうで、”ぷよぷよ”としているが、ものすごく強いことは、我らの本能が訴えている。


 逆らってはダメだ。敵対してはダメだ。


 それだけではない。この楽園のような場所を作ったのも主様だ。主様の想いの一部は我らに伝わってくる。山では最上位である我だが、飢餓との戦いだ。しかし、この場所では飢餓を感じない。


『ワシ殿』


 ”ワシ”と言うのが、我の仮の名だ。主様は、我の種族だと言っていた。他の者も、種族名を仮の名にしている。


『フクロウ殿。どうかしたのか?』


『主様が帰ってこられた』


『わかった。ネコ殿に護衛をお願いしよう』


『ネコ殿は、主様に付いていった。主様のお住まいに上がるようだ』


 羨ましい限りだ。

 我やフクロウ殿も力を得た。主様の所に来る前では考えられないような感覚だ。


 我は、身体の大きさが変えられる。どういう理由なのかわからないが、以前の2倍くらいから1/3程度の小ささになることが出来る。感覚が研ぎ澄まされている。遠くで戦っている音までも拾える。上空から草が揺れるのがはっきりと認識できた。身体能力もかなり向上している。


 フクロウ殿も、ネコ殿も、力を得ている。

 我たちは、主様から力を貰ったのだ。今までのような飢餓を感じることがなくなり、考える事が出来るようになった。


『ネコ殿、どうした?そんなに慌てて、主様に何かあったのか?』


 主様に付いていったネコ殿が慌てている。

 我も、フクロウ殿も気になって、ネコ殿の側に移動する。


『ワシ殿。フクロウ殿。皆も聞いて欲しい。主様が、名前を、名前を付けてくれる・・・。皆に、名前を・・・』


 ネコ殿が泣き出してしまった。

 ”名持ち”我たちの本能で望んでいることだ。主様との繋がりを確かな物にする。それが、”名前”だ。


『ネコ殿。それは、我たちに名前をくれると言うのか?』


『うん!主様が・・・』


 ネコ殿の説明では、我たちに名前を付けてくれるようだ。


『皆。落ち着け、名前は欲しいが、主様のご負担も考えなければならない』


 フクロウ殿が、皆の意見をまとめるようだ。

 確かに、我がまとめてしまうと強要になってしまう。一歩引いて話を聞こう。我の住処の上に移動する。代わりに、フクロウ殿が、水場に降りる。


 アユ殿やハヤ殿は、代表の名前がほしいと言うのか?

 種族名を、”名”として代表から、全体に繋がりを広げる。そんなことが出来るのか?出来るようになった?


 ハチ殿、クモ殿、モズ殿、リス殿、コウモリ殿、トカゲ殿、ヘビ殿、イモリ殿、ヤモリ殿、ムクドリ殿、スズメ殿、カワセミ殿が、代表者で大丈夫なのだと言っている、名前の恩恵を同族だけではなく、種を越えて広がらせられる。


 名前は、代表がつけてもらって、主様との繋がりを自分が繋がる者たちに浸透させることに決まった。


 主様には申し訳ないが、我とフクロウ殿とネコ殿とタヌキ殿とハクビシン殿とサギ殿は、個の名前にしてもらう。


 まとまった話を主様にネコ殿が説明している。

 我とフクロウ殿も一緒にお願いする。主殿の負担になってしまうことだ。しっかりと頭を下げなければならない。


 え?あっ!


 主様が我の頭を撫でてくれた。なんて、至福。主様の波動を感じて、身体が震えてしまう。優しく撫でられ場所が、熱くなる。主様が離れてしまった時には、残念で声が出てしまいそうになった。皆の視線が痛いが、主様が撫でてくれたのだ。


 フクロウ殿が、以前から議題に上がっていた。”山に住まう者たちを勧誘してよいか?”と聞いた。主様は、少しだけ考えてから、了承してくれた。主様を守るためにも、仲間を増やしたい。この場所は、我たちの住まう場所だ。新しく来る者たちは、主様が拡張してくれた場所にすれば問題は少ない。ハチ殿だけが特別な感じになるが、主殿が望んでいる。ハチ殿の配下が集める蜜は主様に献上できる。


 山に住まう者たちも、我たちの話を聞けば、主様の偉大さは伝わるだろう。力の波動を感じれば、本能で従ってしまうだろう。

 ネコ殿が言っていたが、主様の近くに来てから、身体が痒くなる者たちが居なくなったと言っていた。ハクビシン殿やタヌキ殿も似たようなことを言っている。他の者たちも、我と同じで常に襲われていた飢餓感がなくなり、他者を襲わなければならない衝動がなくなった。

 我らが持つのは、主様への敬愛の気持ちと、仲間たちとの繋がりを喜ぶ気持ちだ。


 名付けの儀式が始まった。

 最初は、水の者たちや種族名を貰う者たちからのようだ。


 アユ殿の代表が、水から頭を出した。主殿は心配した表情をしてから、”カラント”という名をアユ殿に付けた。それから、アユ殿たちを順番で撫でていく、不思議なことに、アユ・・・。いや、カラント殿の存在感が数倍に膨れ上がった。これが、”名”を持つということなのか?


『カラント殿?』


『ワシ殿。主様から、名を貰ったら、新たな力が主様から注がれた』


『え?どのような力だ?』


『我たちは、水を操る力が芽生えた』


『?』


『説明が難しい。主様を巻き込む可能性がある。ワシ殿も名を貰えば解ると思う』


『わかった』


 他の者たちも、それぞれが新しい力が芽生えている。


(ワシさん。あなたの名前は、”カーディナル”。これからもよろしく!)


 これか、皆が言っていた。力が漲る。

 主様との繋がりを強く感じる。力が、主様から、主様の力が、我に、我の中を駆け巡る。これが、歓喜。これが、繋がり。これが・・・。


(スキル雷を得ました)


 主様。

 主様の力が我にも・・・。


 そうか、主様。この力を使って、皆を守れと、敵を討てと、我は主様の剣となる。


『カーディナル殿』


『すまん。アドニス殿。そうだ。皆が主様を頂点とする身内だ。殿は必要ない。そうは、思わないか?』


『そうだな。カーディナル。押し付けるようで申し訳ないが、戦闘力や移動方法で、カーディナルが優れている。そこで』


『わかった。我は主様の住処である。この場所を守る』


『頼めるか?』


『もちろん。アドニスは、皆を指揮して欲しい。山を熟知しているのは、アドニスだろう。皆も良いか?』


 皆が、我の言葉に賛同してくれる。

 主様の願いは、皆が仲良く暮らすことだ。主様の願いを妨げる者は許さない。我たちの力で排除を行う。


『パロットは、主様の住処に入って、主様を守ってくれ、主様が外出なさるときには、住処に侵入がないか警戒』


『わかった』


 皆がパロットを見る。確かに、主様の住処に上がれるのはパロットが適任だろう。


『ギブソン。ノック。フィズは、順番で、主様の領地を巡回してくれ、弱き者の救助を頼む』


『承知』『わかった』『承諾』


『ナップ。コペンは、主様の住処の周りの警戒を頼む。侵入者は攻撃せずに所在を確認してくれ。もし、移動する場合には、フェズかダークかアイズかドーンかジャックに協力を求めてくれ』


『うむ』『了解』


『カラントとキャロルは、しばらくはその水場で過ごしてくれ、力をつけた後に、沢の把握を頼む』


 水の中に居る2族は承知の意思を伝えてくる。


『ディック。キール。キルシュ。グラッドは、山の探索を行って欲しい。連絡に、フェズかダークかアイズかドーンかジャックを連れて行って欲しい』


 皆が、山の探索と聞いて意識を引き締める。

 危険があるからだ。


『皆も解っていると思うが、無理はしないでくれ、主様が悲しむようなことは絶対にしてはならない。東側の探索は必要ない』


 アドニスの言っているのは間違いではないが、東側は問題が多い場所だ。


『アドニス!お前』


『東側は、私が担当する。フリップにも同行して欲しい』


『わかった。しかし、私に出来る攻撃手段は少ないぞ?』


『わかっている。フリップには、東側で問題があったときに、カーディナルに連絡をして、救援に来て欲しい』


『アドニス!』


『わかっている。カーディナル。死ぬ気はない。私が得た主様のお力は、”結界”だ。主様ほどの強固な結界は無理でも、カーディナルが救援に来る時間くらいは防いで見せる』


『・・・。わかった』


『最後に、パル』


『なんじゃ』


『パルには、ある意味、危険なお願いをする。断ってくれてもよい』


『言ってみよ。わらわに出来ないことなのか?』


『いや、パルでなければ難しいことだ。パルの眷属に、人間たちが居る場所の調査を頼みたい』


『たしかに、それは妾たちが一番の適任だな。必ず、話が聞けるとは言わないが、その役目、引き受けた』


『助かる。できれば、主様の住処の場所や周りの状況を調べて欲しい。害する可能性がある者を調べて、排除が可能なのか検討したい』


 皆の役割が決まった。

 主様のために、皆が出来ることを分担する。


『主様のために!』

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