第四話 魔物


 遅かった。

 私の考えが、足りなかった。


 私は、このまま魔物スライム生を終えてしまうのだろうか?


 山の頂上から、丸くなって転がった・・・。までは、よかった(と、思いたい)。木々にぶつかっても痛くは無かった。岩にぶつかって止まってしまったことは有ったが、問題ではなかった。

 転がっている最中に、名前が把握できている草木を、取り込みますかと連続で言われて、面倒になって、自動で取り込めないかと考えたのも問題ではない。その結果、自動採取という項目が増えたのも、問題ではない。何も、問題ではない。アイテムボックスの中に、草木が大量に溜まっているのも、問題ではない。見たくはない昆虫も取り込まれているが問題ではない。


 岩にぶつかって、止まる以外にも跳ねてしまったのも問題ではない。


 今の状況以外は、計算していなかった事だが、問題ではない。


 うーん。

 なんで、平気なのだろう?


 私は、谷を流れる川に到着して、そして・・・。川に落ちた。川幅は、4-5メートル。人だった時には、絶望する幅だ。深さは、浅い所は、歩いて渡ることができるが、人だった、足が綺麗で長かったときの話だ。今は、全裸の身体スライムボディ全部が水に浸かっている。前々日に降った雨の影響なのか、川の流れが早い。体重が軽くなった私(もともと、重くないはず。平均よりも軽かったはず)は、水の勢いに流されてしまっている。


 おかしいのは、川の流れに、ながされている状況で、冷静に考えていられることだ。

 この状況になってから、一度も水から出ていない。

 泳ぎは得意だった。小学校の時にあった、服を着たままの水泳で男子に勝ったこともある。長泳ぎにも自信はあるし、潜水時間も長い。


 もしかして、スライムボディは、酸素を必要としない?


 スライムの通常形態(?)に戻って、水に流されている。


 呼吸を必要としなくて(鰓呼吸と肺呼吸の両方が出来る。という可能性もあるが)、熱耐性に、物理耐性。本当にスライムボディは優秀だ。これで、某魔王のように人の形状を取れて、大賢者ラファエル/シエル様がスキルとして芽生えてくれたら最高だけど・・・。


 このまま川の流れに乗っていけば、海までいける。

 海から、家までは越えなければならない関門が増えてしまう。できれば、国道の前で反対側に渡りたい。


 そうだ!


 水を吸い込んで、吐き出せないか?某魔王が、使っていた技だ。


 簡単にできてしまった。ただ、勢いが付きすぎて、川から飛び出して、空中からの眺めを2-3秒楽しんだのは計算外だった。


 しかし、おかげで、関門と考えていた、川の防波堤を超えることが出来た。

 防波堤の先にある。茂みに着地が出来たのは、偶然だったが、結果としては最良だ。


 場所を確認するが、見上げる視線では、よくわからない。鉄塔があるので、海には近づいていない。

 私が住んでいた町ではなく、隣町のようだ。少しだけ高い所に登ったら、いろいろ見えてきた。


 川に沿って、道が作られている。私が下った山の方にだけ道が作られているから、まだ隣町だ。両方に道が作られていたら、私の住んでいた町に入ったことになる。


”ぽよんぽよん”と弾む身体で、川に沿って下る。


 5分くらい移動したら、橋が見えてきた。やっと、分かる場所まで移動できた。

 見慣れてはいないが、分かる場所まで来ると少しだけ安心する。ここから、山道に入ってもいいが、もう少しだけ川を下る。


 スライムの身体で、もう一つ優れていることを発見した。

 排泄の必要がなさそうということだ。乙女としては、おしっこもうんちもしないが、本当に必要なくなったようだ。それに、空腹も感じなくなった。

 何かを意識して食べて(吸収?して)いないから、まだわからないけど、味を感じられたら嬉しい。


 跳ねながら、草が生えている場所を進んでいる。


 何かが動く感じがした。

 人かと思った。肌が緑色だ。掲示板で見た、”ゴブリン”だ。私の存在には気がついていない。


 もしかしたら、魔物スライムだから、気が付かれていない?


 他には、ゴブリンだけではなく魔物は居ない。

 掲示板に書かれていたように、魔物は単独で行動している場合が多いのは、本当なのだろう。


 どうする?

 倒す?


 魔物同士でも戦っているという話も読んだことが有る。


 息を大きく吸って、大きく吐く。気分の問題だ。


 攻撃手段は、岩をゴブリンの頭上から落とす。

 1メートル四方の大きな岩だ。かなりの重さだろう。どのくらいの高さから落とせば良いのだろう?


 ギリギリまで近づいて、頭上に落とそう。安全に倒したいが、私はスライムだ。RPGでは最弱な魔物だ。多分、この世界でも最弱なのだろう。


 足音はしないだろうけど、草が揺れる音はしている。

 ゆっくりと、しかし確実に、ゴブリに近づく。ゴブリンは、何かに夢中になっている。食事中なのかもしれない。


 5メートルの距離まで近づいた。


”え?”


 ゴブリンは、犬を食べている。飼い犬なのだろうか?

 犬に夢中になっている。ゴブリンも、食べ物を必要とするの?そんな話は、どこにも書かれていなかった。家に帰ったら、パソコンで調べてみよう。忘れなければ・・・。


 落ち着け、落ち着け。でも、なるべく早く。ゴブリンが食事を終える前に・・・。


”よし。やろう”


 アイテムボックスを起動する。山を転がり、川に流されて、いろいろな物がアイテムボックスに溜まっている。

 焦る気持ちを押さえながら、岩を探す。ソート機能くらいは欲しいけど、ソートしようにもキーワードが思いつかない。


”あった”


 岩を選択して、リリースする場所を特定する。


”よし!”


 岩を、ゴブリンの上、約5メートルでリリースする。

 スローモーションのように落下する岩。


 感覚では、3-4秒程度、必要だったが、ほんの一瞬だろう。ゴブリンが驚きの声と断末魔を上げる。


 永遠に続くかと思われた断末魔が聞こえなくなった。


”ふぅ。倒せた!”


『スキル:スキル・経験保持を得ました』


”え?何?スキルを得たの?本当に?”


 スキル・経験保持?

 何が出来るスキルなの?


”スキル・経験保持”


『アクティブ』


”え?”


 何?アクティブって何?

 何か、変わったの?


 身体には、何も変わりが無い。記憶も、消えていない。説明が聞きたいのに、説明が流れない。

 アクティブって有効になっていると思っていいの?


 よくわからないスキルが増えた。

 今日は、本当によくわからないことだらけだ。


 1対1の戦闘なら、同じ戦法が使えそうだ。ドラゴンとか出てきたら諦めよう。岩を落としても亀の魔物とかだと、耐えられそうだけど、そのときには全力で逃げよう。逃げる方法も考えたほうがいいかもしれない。


 普段は使っては居ないが、家まで行ける道に出た。

 この道が見える場所を移動すれば、安全に家まで行ける。


 魔物ゴブリンも倒せたし、家に帰って休もう。

 全裸の乙女だけど、川で泳いだけど、お風呂には入りたい。そう言えば、スライムボディは汚れにも強い。川から出て、草むらを移動したのに、綺麗なボディのままだ(多分)。


 自転車は諦めよう。


 魔物に遭遇しないで、無事に家に到着できた。

 カバンから鍵を取り出す。触手を伸ばして、鍵を開ける。よかった。開けられた。即座に、警報装置を、在宅モードに切り替える。


 自分の部屋には鏡は置いていない。

 お風呂場に向かった。


 脱衣所に移動して、カバンからキャミソールを下着と靴下を取り出す。

 洗濯カゴに入れてある物と一緒にアイテムボックスに入れてから、洗濯機の上でリリースする。うん。以外といろいろ出来る。


 靴を玄関に置いてくるのを忘れたから、玄関に戻る。普段はしないが、鍵を厳重にする。門は開けていないから、門を誰かが開けたら警報がなるように設定を変える。これも触手を伸ばしてタッチパッドを操作する。

 タッチパッドが使えたのは良かった。使えなかったら、方法を考えなければならなかった。


 落ち着いて、リビングに置いてあるソファーにスライムボディを預けて、TV画面に映る。スライムを見ながら考える。


”ふぅ。これから、どうしよう?”

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