届かぬ想い

ハンくん

1話

 夏の終わり、大きな満月が暗闇に包まれて

いるこの世界を照らす。頬を優しく撫でるように吹いている風が木々を揺らし、心地良いメロディーを奏でていた。下を見渡すと、人工的な光で溢れている街の夜景が見える。


 それを見ていたら、今日あった出来事を思い出してしまい、涙が溢れそうになる。一度、大きく深呼吸をして心を落ち着かせたところで、どっと疲れが押し寄せてきた。


 私は芝生の上に大の字になって寝転がる。空には、無数の星が広がっていた。いつもなら二人だから、多少窮屈に感じるこの場所も、今日は果てしなく広いような気がする。まるで、喪失感でいっぱいな私の心を表しているかのようだ。


 この喪失感は、私の頭の片隅に彼のことが残っているからだろう。


 こんな時まで彼のことを考えてしまう自分を嫌いになる。だが、彼を私の記憶から抹消しようとしても、そう簡単には忘れることができない。


 いつも彼は私の隣に居てくれたのだから。


          *


 私と彼は物心がつく前からずっと一緒にいた。この丘で泥だらけになるまで遊んだり、毎日のようにご飯を一緒に食べたり、クラスもずっと一緒だった。家族よりも一緒にいたかもしれない。


 そんな毎日の中、私が小学校に入学した直後、突然母がいなくなった。親が離婚したのだ。彼はその後、ずっとクヨクヨしていた私にも今まで変わらずに接してくれた。

 片親となり、虐められ始めた私を助けてくれた。


 そして、


「僕が君のことを守るよ」


 と微笑んでくれた。ボロボロになりかけていた私の心はこの言葉に助けられた。彼の微笑みは名前の通り、"太陽"のように暖かかった。



 それからしばらくして私は中学生となった。この時には私の不安定だった心も落ち着いていた。私は、太陽のような明るさを大事にしつつ、メガネをコンタクトに変えたり、髪を伸ばしてみたりとイメチェンにも挑戦した。すると、友達はみるみる増えていって、すごく充実した生活を送れている。


 そう思っていた矢先、



 父親が亡くなった。



 この時の私の荒れようは凄かったと思う。 

 もう私には一生明るい未来はこない、そこまで思い詰めていたが、



「僕はずっと君と一緒にいるよ」



 と言う彼の言葉、彼の存在に助けられた。


 そうだ、今まで彼がずっと一緒居てくれた。彼となら乗り越えられる。そう思えた。


 その言葉の通り、彼は一緒に居てくれた。

 一緒に朝ご飯を食べ、一緒に登下校し、勉強して、ゲームして、夜ご飯も一緒に食べた。流石にお風呂は別々だけど、彼は私と毎日過ごしてくれた。そしていっぱい笑わせてくれた。


「なんで太陽たいようはそんなに笑っていられるの?」


 ある日、私は唐突に聞いた。すると、


「僕は君に、笑っていて欲しいから」


 彼はそう答えた。そんな彼の期待に応えられるよう、私は努力しようと密かに誓った。



 少し時が経ち、私は無事に高校に入学することができた。彼の方が頭が良く、もう少し上の高校も狙えたのだが、私と同じ所に入学した。私のせいで彼の自由が制限されてるという罪悪感があった。でも彼は、


「気にしないでいいんだよ」


 優しく声をかけてくれた。ここで確信する。


 あぁ、私は彼のことが好きなんだなぁと。


 ずっと彼のことは気になっていた。彼といると胸がドキドキし、身体全体が熱くなるのも感じていた。でも、私はこの気持ちの正体について追求しなかった。もし、この気持ちが恋愛感情だった時、私は抑えられるだろうか。もしかしたらこの関係が壊れてしまうかもしれない。そう考えると恐ろしかった。


 恋愛感情を意識してから、毎日が更に楽しくなった。彼から笑顔を向けられただけで、お互いが意図せず一瞬触れ合っただけで、全身がむず痒かった。


 そのおかげか、私は前よりも更に明るくなったのだろう。友達も更に沢山できて、私の笑顔も自然と増えていった。だが、それと共に彼と過ごす時間が少しずつ減ってしまった。家では一緒にいるのに、大きな消失感があった。



 入学してから一年間半、私には更に多くの友達ができていき、学校内の時間だけでなく、放課後の時間も友達と過ごすことが増え、彼と一緒にいる時間は更に少なくなった。


 一緒にいる時間が少なくなるにつれ、彼と一緒に居たいという想いは強くなっていった。そして私は決心する。


「彼に告白しよう」


 彼は昔、私に言ってくれたことを覚えているだろうか。彼と付き合ったら今よりもっと一緒に居られるかもしれない。どれだけ毎日が楽しくなるだろうか。でも振られた時のことを考えると……期待と不安が混在している。だが覚悟を決めたのだ。彼はきっと私のことを選んでくれるはず。


          *


 夏休みも終盤のある日、文化祭の準備で私と彼は学校に来ていた。一日中ずっと作業をし、夕方となる。


 いつ告白しようか。今がチャンスなんじゃないか。そう考えながら久しぶりに彼と帰れるなと思いつつ教室へ戻る途中、彼の後ろ姿が見えた。どうせなら彼を驚かせようと音を立てずに近づく。そして彼が教室に入る。よし今だ!


「たいよ━━━━」


 彼の名前を呼ぼうとしたが、教室の中にもう一つの人影が見えたので慌てて身を潜める。教室には彼と、私の友達がいた。


「太陽くん、あ、あの、貴方にお話があります」


 彼女は緊張していた。その姿を見て私は察する。


(もしかして、太陽に告白するんじゃ……)


 私の首筋にツーと汗が流れる。


「太陽くん、好きです! 私と……付き合ってください!」


 私の心臓がドクドクドクドクと暴れている。彼はなんて答えるのだろうか。



「……僕もだよ。よろしくお願いします」



 その言葉を聞いた瞬間、今までに経験したことがないくらいの目眩がした。


「じゃあ、帰ろうか」


「うん」


 居ても立っても居られなくなり、私はその場を離れ、猛スピードで走り出す。


 アテもなくとにかく走る。徐々に息が切れ始め、視界もボヤけてきた。足も心も張り裂けそうで、悲鳴をあげている。


 私はこれから、どうすればいいのだろうか。


 彼と一緒にいることが当たり前すぎて、彼のいない生活なんて考えられなかった。


 彼とならこのままずっと一緒に居られる、そう思っていた。



 しかし、それは叶わなかった。



          *

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