『第二の武器』
ドラゴンゾンビと共に吹き飛んで行ったアッシュ。
巻きあがった礫地の砂が、周囲に立ち込める。
その奥から。
およそアッシュの倒れたであろう所から。
黒い『人影』が地上から空へ、いくつも飛び出した。
それが、徒手空拳のヘレニウムのところへ殺到する。
「あれは……!」
コムギが察知し。
身構えるヘレニウム。
しかしそれがヘレニウムの所へ到達するよりも早く、コムギが全速力で駆けつける。
上空から強襲してきたのは、皆手に武器を持った、数体の『
ガラティーンの能力で使役した物だろう。
それに対し
ヘレニウムと骸骨兵に割って入るコムギが。
武器を失くしたヘレニウムに代わり。
鞘の鯉口から、鍔を弾き出す
――抜刀。
「『土遁――・』」
それはまさに地を割る程の強靭な足腰から。
鋭い踏み込みが、爆発的な跳躍を生み、宙の敵へ、一足で間合いを侵略する――。
「『――昇り弧月』!!!」
瞬きの間に、コムギは跳躍から上空に向けて、『縦に』弧を描く軌道で、大きく斬りあげる。それは切り返しの対空専用の技だ。
その上に、巻きあがる土砂、瓦礫、突き上げる岩石の、土遁の忍術が組み合わされる。
空から殺到する骸骨兵は、それによって粉々に砕け散った。
着地するコムギと、その後ろに居るヘレニウムの元に、ばらばらと残骸が降り注ぐ。
「やはり雑兵では役に立たんな」
そして、復帰したアッシュがドラゴンゾンビと共に、何事も無かったかのように悠々と歩いてくる。
しかも、甲冑にも身体にもどこにも傷は見られない。
「……まさか、さっきのアレで無傷?」
コムギの記憶と動体視力に寄れば、アッシュはさきほど弾丸のような速さでドラゴンゾンビに激突した筈。
普通に考えて、無傷で済むはずがない。
しかし。
「フハハハ。――聞くまでも無かろう。オレ様はこのとおり壮健だ。残念だったなヘレよ。武器を賭してまで放った技だったが、痛くもかゆくもなかったぞ」
ヘレニウムの表情は神妙だ。
たしかに、ストックのハンマーを犠牲にしてでも放った技だ。
決して弱い威力ではなかった。
けれど違和感がある。
ハンマーとは甲冑の上から敵を叩きのめす武器。
そして、ヘレニウムは確かに、甲冑の奥のアッシュの身体に、威力が通った感覚――いわゆる手ごたえを感じていたのだ。
それなのに無傷とは、解せぬ。
「……信じられぬか、なら、オレ様自らそれを証明してやろう。我が身の健在ぶりをなぁ!」
アッシュが、大剣を構えて間合いを詰めてくる。
「ヘレ様!?」
ヘレニウムに武器は無い。
だから、コムギが相手をしようとするが。
「――やはり、あなたはあちらを頼みます」
「え? でも、ヘレ様はもう武器が……」
ドラゴンゾンビの相手を頼まれたコムギが、ヘレニウムの手を見つめる。
やはりそこに武器は無い。予備も。
「大丈夫です。忘れたのですか、私は
「……」
武器ならある、と言う言葉は信じがたいけれど。
高い位の僧侶であれば、神仏の神通力で対処が可能なのだろう、と。
コムギは、解りました、と了解し、奥の巨大な骸に向けて走っていく。
それとほぼ同時に、『
アッシュは、
漆黒の大剣が、卓越された剣技とともに、縦横無尽に振るわれれば、徒手空拳であるヘレニウムが出来ることは、回避の一途だ。
しかも今、ヘレニウムは甲冑すらなかった。一撃当たれば瀕死に陥る可能性も大きい。
「フハハハハハ、どうした! 得意の神の力で、どうにかしたらどうだ」
そう。
ヘレニウムにはもう一つアッシュに対して解せないことがある。
打撃はともかく、神聖な術を浴びて無傷と言う点だ。
なにか、神聖属性などを軽減する装備を身に着けているのかもしれない。
だからこそのこの強気ならば、合点がいく。
まぁ、これはあくまで予想。
「試してみましょう」
いくらハンマー馬鹿でも、ハンマーが無ければ『天恵』に頼るほかはない。
ヘレニウムは、薙ぎ払われる大剣を、小柄さを活かした低姿勢で躱しつつ。
『
ハンマ―の時の聖槌技と同じ要領で。
その『天恵を、全身に宿す』
そして、返ってくる剣を――。
神聖な力を帯び、輝く脚で、蹴り飛ばす。
それによって、剣が大きく上に弾かれた。
「ぬぅ!?」
さらに、がら空きのボディに、『神槍』の全エネルギーを籠めて、渾身の
「『
突き出した拳が、腹にめり込むと同時に、『熾天使級』の『
『熾天使級』の天恵が籠められた出力は、これまでで最大。
その余波は、威力は減衰していながらも、奥でコムギが相手にしていたドラゴンゾンビにも及び、その巨体に風穴を開けて行った。
つまり、ヘレニウムの持っている武器とは『拳』と『脚』のことだったのだ。
アッシュは、『無想・破点突き』の威力を浴びても、それでも地面を踏みしめ、ブレーキをかけることで吹き飛ばされることを防いだ。
ヘレニウムとアッシュの間合いが開く。
そしてアッシュは――。
自分の身の状態を確認するや。
「……ふ。ふはは……何だ今のは? 効かぬ、効かぬなぁ!」
――勝ち誇った。
痛みも損傷も無く。
アッシュはまったくの無傷だった。
「……それにしても、貴様は無茶をしたな。それでは勝負の結果も目に見えるという物だぞ」
それに対して。
ヘレニウムは、拳は愚か、腕の肘から先が溶けたような状態で、骨が突き出ていて見るも無残な姿になっていた。
さらに、大剣を蹴り上げた脚も、鉄靴が溶けてなくなり、骨が中で折れて粉々になっていた。
それどころか、ヘレニウムの全身のいたるところの筋肉も臓器も、無事では済んでいない。
ハンマーで耐えられないものが、生身で耐えれるわけが無かったのだ。
だがヘレニウムの表情は、苦痛でゆがみなどはしない。
平然と、砕けた脚一本と健在な脚一本で、地に立っている。
無残な状態の右腕からは大量の血がこぼれているというのに。
口からは血が溢れているというのに。
片目は視力を失くしているというのに。
見た目は、背の低い子供だというのに。
「まったくです。なぜヒトの身体とはこうも脆いのでしょうか……」
それはアッシュへの回答ではなく、ほとんど独白のようで、そして。
「『――
ヘレニウムは、治癒の天恵で、完全回復完了。
さらに仕方がない、という雰囲気で、
『
『
自らの『頑強さと精神力』『自己治癒力』
それらを、
それによって、ヘレニウムは再び、無傷の状態になった。
「……面白い。攻撃の効かぬオレ様と、傷ついても元に戻る貴様。結果は火を見るより明らかだが、オレ様はいつぞやの礼をせねばならない。貴様が倒れるまで付き合ってやる!」
「いえ、その必要はありませんよ。……私の予想が正しければ、あなたは次でおしまいです。いえ、元から終わっていたようですけど」
「ハッ、たわ言を!」
――そして、ヘレニウムはその拳に再び『浄化』の天恵を宿すのだった。
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