『残された者』
別に。
あの剣のことが好きだとか嫌いだとか。
そういう話ではない。
ただテッドは、自分の不甲斐なさのせいで奪われ、命を脅かされているアイツのことを、放っておけないと思った。
一人だけ安全な所で状況の進展を待つだなんて、耐えられない。
だから、気づいたら、テッドは走り出していた。
アプリコットの背後からの声も無視して。
無我夢中で、走って、冒険者組合を飛び出していた。
そんなテッドを「待って」と、アプリコットは追いかけた。
――――
テッドが向かったのは、酒場だった。
酒場の店主は、情報屋もやっている。
何か知りたければ、とりあえずバーテンに聞け、というのはエンカロープの常識だ。
テッドはそのバーテンなら、アッシュとガラティーンの居場所を知っていると思ったからだ。
ただ、情報は無料ではない。
あちらも商売だ。
いくらで教えてくれるかは分からなかった。
お金が足りないかもしれない。
しかし、そんなことよりも衝動が勝る。
だが、意外なことに。
バーテンはあっさりアッシュの居場所を吐いた。
しかもお代はいらないという。
「どういう風邪の吹き回しか知らないが、助かった。さんきゅう」
再び、酒場を走って出て行くテッド。
その後ろをアプリコットが追いかけていく。
それを見守るバーテンの姿、その表情が、申し訳なさで一杯に染まる。
同時に、テッドの腕がくっついているのを見て、バーテンは内心ホッとしていた。
というのも、バーテンの元には、テッドがアッシュに重傷を負わされたという情報が、既に来ていた。手首が切断された、と。
だから、情報を無料で提供したのは罪滅ぼしの一つだ。
酒場から出て行ったのを見届け、バーテンはつぶやく。
「……すまないな、テッド君。私の余計な気遣いが裏目に出てしまって。そのせいで、非道い目にあわせてしまった」
バーテンはつくづく痛感した。
情報とは怖いものだ。
言葉一つで人の生死が問われるのだから。
――そんなものを取り扱っているのが、情報屋と言う商売だ。
そして情報は時に武器にも防具にもなる。
だが、それが武器になるのか防具になるのか。
全ては情報を使う者次第だろう。
故に、情報に善悪は無く。
情報屋を生業とする者が、そこに私情を挟むのは厳禁であり、ご法度だ。
とはいえ。
情報屋も人間だ。
やはり、放っておけないこともある。
だからこのバーテンは、諜報や暗殺に長けた者を裏に抱えている。
例えば、ミモザと言う部下がそれに当たる。
バーテンはミモザに、アッシュへの伝令役の他に、ひとつ密命を言い渡してある。
それは、ヘレニウムとアッシュの行く末を見届けることだ。
バーテンがまいてしまった種かもしれない。
故に、どんな花が咲くのか、見届ける責務がある、という考えからだ。
既に初老になろうかという年齢のバーテンは、グラスを磨きながら、若き者達の行く末を案じている。
特に。
ヘレニウムとアッシュ。
様々な所から集めてきた噂話を統合するに。
あの両者は、ただ者ではないようだった。
『
古今東西、様々な地をソロで踏破した実力者だ。
数々の伝説級の武具やアイテムを所有し、それらを巧みに使って戦うことで知られている。
それと同時に、素行の悪さも、有名な人物だった。
そして『赤き鉄槌のヘレ』は、去年までは品行方正で、自ら厳しい修行も行うような大聖堂教会きっての優等生だった。
……それがある日忽然と姿を消し、ある日突然再び現れたかと思えば、魔物を『実力行使』で殴り倒すような凶暴な性格に変わっていたという。
そんな二人が、穏便に事を済ますはずがない。
バーテンはふとつぶやく。
「もうそろそろ、始まる頃合いかもしれないな」
果たして、テッド君は間に合うだろうか。
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