『因果の芽』
「放せ、放してください! ワタシはあなたを御主人様とは認めませんからっ!」
「構わん。好きなだけ泣き叫ぶがいい。所詮貴様はただの剣。オレ様に使われることしかできないのだからな」
「うぐー! うぬうー!!」
街はずれの一画。
そこの貸し倉庫を一時的に借り受けているアッシュは、冒険して集めた多種多様な装備やアイテムの一部を、そこに運び込んでいる。
ボロボロだった倉庫はアッシュの金で見違えるほどにリホームされ、内装まで施され、部屋割りされて、立派な居住空間になっている。もはや別荘と言っても差し支えない程に。
しかもすごく広い。
アッシュは今、その最奥にある一室。
その中央に設置した無暗に豪勢な椅子に座っている。
甲冑も身に着けず、ただ高価そうな私服に剣を差したのみの姿で。
そして、やかましく騒ぎ立てるガラティーンが、その手首にはめられていた。
無論。
ガラティーンがいくら抗おうとも、元から無い手や足が出るはずもなく。
出るのは口ばかりだ。
その様が愉快なのだろう。
アッシュは面白そうにしている。
「とはいえ」、とアッシュは立ち上がる。
そして、
「せっかくのレア品だ。何か手ごろな物でも試し切りしに行きたいところだな」
アッシュが近場の魔物が群生している地帯を思い浮かべ、吟味していると。
「アッシュ様」
スッと、ミモザが姿を現した。
真っ黒な服に、真っ黒な覆面の、情報屋の使いだ。
今ではアッシュにも馴染みの客となった。
「どうしたミモザ。何か有益な情報でも得たか?」
「はい、アッシュ様。ただいま、ヘレニウムがこちらに向かっているとの情報です」
「何……?」
なぜやつがこちらに?
アッシュには思い当たる節も無く、どうやってヘレニウムがこの場所を知ったのかも分からない。
何せアッシュは、口止め料を渡してある情報屋が、漏らすはずが無いとタカをくくっているからだ。
アッシュは、まだヘレニウムに復讐する策も錬ってはいなかったが。
「まぁいいか。ちょうどこいつの試し切りをしたかったところだ。いつぞやとは違って、こいつは壊せぬ剣。それに、ヤツへの対策もある程度済ませてある……」
続けてミモザに問う。
「あとどれほどで着く?」
「はい、もう間もなくかと」
「そうか、では歓迎の準備をする暇はないな。精々セキュリティトラップで遊んでもらう程度になるか……?」
「ふん! そうやって余裕で居られるのも今のうちですからね! もうすぐご主人様のお仲間の方が、あなたを亡き者にするのですからッ!」
「はっはっは。仲間だと?
「うぐ……」
ガラティーンは一瞬、たじろぐ。
しかし。
「……ってそれ、おまえが言うなですよぉっ!!!」
「心外だな、骸の剣よ。オレ様は盗んだのではない……あの者が貴様の能力を何も解っていないようだったのでな。元からオレ様の物だったことにしただけだ。力のある武具は、力のある者にこそふさわしいものだからな。あのような雑兵に貴様を持たせても、陸地に舟を浮かべるようなものだぞ」
それは猫に小判的な意味。
そして、
「全然っ! 何を言っているのかわかりませんねッ」
あまりにぶっ飛んだ物言いに。さすがのガラティーンも閉口せざるを得ない。
ふと気づけば、ミモザは既にいなくなっており。
暫くのちに、忠告通り倉庫扉を
「……来たか」
アッシュは、ほぼ別荘と化している倉庫の、エントランスに向かう。
到着すると、その場は粉塵が舞い上がり、もうもうと砂埃がたちこめていた。
周囲には瓦礫が散乱し、壁にひびも入っている。
改装したばかりなのに。
「聖職者らしからぬ粗雑さ、というのは確からしい。このナリでは、首都の大聖堂を追い出されるのも無理もない」
そこには二人の影。
「……ああ、ヘレ様……トラップでしたら
背後に呆れ果てた異民族を連れ……。
「別に、この程度は治癒すれば済む話です」
そこには、泥棒除けに設置されていた罠で、既に深手を負った状態のシルエットが立っていた。
腹部に穴が開き、だくだくと真っ赤な血が流れ出ている。
それでも、顔色一つ変えずに、トラップの威力で穴が開いて用を成さなくなった甲冑を、床に脱ぎ捨てた。がしゃんと。
「――‼」
その救世主の鬼気迫る様子に、ガラティーンは歓喜し、畏怖し、言葉を失った。
「わざわざオレ様の所へ来るとは、いったいどんな用向きだ――」
そして、晴れた粉塵から、その姿が現れる。
「――ヘレニウム。いや、『赤き鉄槌のヘレ』よ」
アッシュの問いに。
後ろにコムギを引き連れたヘレニウムは言う。
ひゅん、と今しがた扉を撃ち壊したハンマーを素振りし。
「決まっています。……」
そこで、ヘレニウムは言葉に詰まった。
ややおいて。
「……そのツルギは私が叩き壊します。そのために取り返しに来たまでです」
「えっ!?」
「ひぃ!?」
それに。
テッドを傷つけたことを怒っていると思っていたコムギと、
助けに来てくれたと思っていたガラティーンは、
そろって、驚くのだった。
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