『後日談 ――ヘレニウムの場合―― 』
古戦場での戦いが終わって暫く後。
ヘレニウムは、逃げたテッドを追うのを諦め。
ボロボロの礼服で気を失っているアプリコットを、背負って歩いていた。
いつもは、背中に背負って携行する盾を、今は左腕に装着し、その左手に神官の杖を持ち、右手で背中のアプリコットを支えるような状態だ。
身体は小さいが、筋力はあるからその状態でも苦ではない。
しかし、無駄に、背中に当たる大きなふたつの脂肪が、ヘレニウムにはやけに腹立たしかった。
それに、依頼も聖堂教会の仕事も、ずっと一人でやってきたヘレニウムだ。
お供が面倒をかけることが、少し釈然としない。
「……なぜ私がこんなことを……」
ぽつりと呟きながら。
戦場の中心から、エスカロープへ戻る街道へ向かい、ゆっくり歩いていると。
少しづつ、参加していたエスカロープの自治兵や、冒険者のパーティが目に入るようになる。
皆、苦難を乗り越え、歓声を上げたり、はしゃいだりしているようだった。
もうすぐ夜明けだというのに。
一晩中、死闘を繰り広げていた連中が、現金にも、よし飲みに行こうぜ、というような会話もちらほらヘレニウムの耳に入ってくる。
そんな折。
冒険者か、兵士の一人が、紅い神官服に気づいた。
「アレ、赤き鉄槌のヘレか……」
「そういえば、急にアンデッドの大群が消えたが、もしかしてアイツがやったのか……?」
「たぶんな。組合が血眼で探してるのを見た……きっとそうだろう」
「俺は見た。あいつ、骸骨兵を一撃で木っ端みじんにしてたぜ」
「ええっ……引くわぁ」
「神官って後衛じゃないのか!?」
コソコソとそんな話声が聞こえてくる。
冒険者たちからの、ヘレニウムに対する謝辞も称賛もありはしない。
いつものことだ。
ヘレニウムは構わず、人々の群れを横切って街道に出る。
そうして、戻り行く冒険者たちに混じり、ヘレニウムはゆっくりした足並みで、エスカロープへと戻るのだった。
――――
ヘレニウムが冒険者組合に到着した時には、既に夜が明けていた。
いつもは真夜中は閉まっている組合も、今日は緊急事態ということで、終日開いていたらしい。
そうして。
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎとなっている組合内で、人をかき分け。
冒険者組合の受付嬢の所へ行く。
「……あ、ヘレニウム様! お疲れ様です!」
「古戦場の依頼、終わりました」
ええ。
と受付嬢は、ヘレニウムに笑顔を向ける。
「お待ちしていました」
事が片付いたことは、他の冒険者から報告を受けたのだろう。
それに、この騒ぎを見れば、推して図るべしと言ったところだ。
そして受付嬢は、ヘレニウムが背負っている者を気に掛ける。
「あの、アプリコット様の身に何か?」
「いえ。単に疲れて寝ているだけです」
「そうでしたか!」
「それより、今回分の報酬を受け取っても?」
「はい。すでにご用意しております」
そして。
自分の分……つまり全額の1/3にあたる、ガランティン古戦場の報酬を受け取って。
そのもう1/3は別の袋で受け取る。
アプリコットの分だ。
ちなみに、受付嬢の話ではテッドの分は既に渡したそうだった。
ただ逃げたのではなく。
貰うものはしっかり貰って逃げる。
「……」
中々に肝が据わっていますね。
そういうの嫌いではありませんよ。
次にテッドに会う時を楽しみにしながら。
ヘレニウムは、組合でアプリコットの宿泊先を聞く。
「アプリコット様は、現在組合で斡旋している宿舎をお使いだったはずです。詳細を調べますのでお待ちください」
受付嬢が、幾つかの書類を出してきて確認すると。
「ああ、ありました。A-1。ここから最寄りの宿舎ですね。すぐそこですよ?」
「そう。ありがとう」
そうして、ヘレニウムは、アプリコットを宿泊先まで運び、部屋のベッドに寝かせた。念のために、三種ほど治癒と治療の『天恵』を施して。
それでやっと、ヘレニウムは一息つく。
「まったく、手間がかかります」
とりあえず、これでひと段落。
報酬の入った袋を、サイドテーブルに置き。
さっさと帰ろう、とヘレニウムがアプリコットの部屋を出ようとしたとき。
既にボロ布のようになっていた神官服を、アプリコットは無意識に脱ぎ散らかしていた。
布でも一枚かけてやろうかと思わなくも無かったけれど。
――そこまで面倒を見る必要は無いでしょう。
そう思い。
見なかったことにして、ヘレニウムは帰路に着いた。
―――
自宅。
つまりストックの鍛冶屋にヘレニウムが戻った時には、もうお昼ごろだった。
扉を開け、鍛冶屋に入ると、
作業台の一つに1枚の書置きがしてあるのが目に入る。
手に取って読むと。
『俺はちょっと旅に出てくるぜ。戻るまで離れは好きに使っていい。――お前さんの
「……どうやら逃げたわけではなさそうですね」
さしあたって。
新しいハンマーが必要という事で。
ヘレニウムは、ガラクタ置き場から、幾分マシなモノを手に取った。
一応、ヘレニウム基準で『ゴミ』クオリティの物ならば、在庫は数十本ある。
暫くは大丈夫だろう。
その一本を盾の内側に納め、ヘレニウムは離れの自室へと戻っていった。
その数日後。
「こんにちは! ヘレニウム様はここにお住まいだと、冒険者組合で聞いてきたのですが――」
扉をそっと開け。
真新しい神官服で、鍛冶屋にやってきたアプリコット。
しかしそこに居たのは。
紅い神官服でなく。
甲冑姿でもなく。
勿論手にハンマーも盾も持っていない。
可愛らしい私服姿の、小柄な少女だった。
それが、作業台の椅子に座り。
机に突っ伏すような形で、寝息を立てている。
外からの日差しが差し込み。
作業台に散らばった白金色の髪が、きらきらと輝いていた。
ふわっと、香る石鹸の香は、きっとお風呂に入りたてなのだ。
そんな無防備で幼い寝顔に、ガランティン古戦場で縦横無尽に戦っていた、面影は微塵もない。
ただの可愛らしい少女だった。
「まぁ……!」
そんな姿に、アプリコットはとても起こすことは出来なかった。
むしろ、いつまでも眺めていたい、と思わずにはいられなくて。
気づいた時には、ふたりして寝てしまっていた、とさ。
そんな昼下がり――。
今日もヘレニウムは、朝の教会の仕事を忘れていた――。
―――――
第1話――。
『戦槌の
――完
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