『ガランティン古戦場 ⑤』
――戦場の中心にあったもの。
それは。
骸の山だった。
骨、死骸、死肉
人も、
それらが、高く積まれ、塔のように聳えていた。
いわずとも。
明白だった。
この場で死を遂げた、戦士たちの亡骸。
何度も、何百年も、繰り返された、戦争の犠牲者たち。
積まれた残骸から延びる一本の骨、
その腕が、天の月を掴もうと伸ばされている。
やってきた三人は、その異様さを目の当たりにする。
たちこめる生臭さ、死の香りに、テッドは顔をしかめながら。
「ここが、ガランティン古戦場の中心なのか? っていうか、前に
「……テッドさんは、以前ここに来たことがあるんですか?」
「まぁ、ここは冒険者になったばかりのやつが、良く依頼で来る場所だからな。――つっても、もっと弱いアンデッドが疎らにいる程度の場所だった筈なんだが……」
紅い
「ここは紛れもなく、戦場の中心です。そして、
「核!? つまり心臓ってことか?」
「しかし、そのような気配は何も……」
テッドとアプリコットの反応を他所に、ヘレニウムはさらに塔へ近づく。
「不本意ですが、ここは私の仕事です」
そう言って、とある『天恵』を行使する。
「――『
すると。
看破の『天恵』によって、その正体が現れる。
と同時に、戦場に地響きが巻き起こった。
大地震かと思うほどの振動に
「うわっ!」
「きゃ」
テッドたちは狼狽え、
それを期に、その塔は、
動き出した。
否。
変貌した。
塔が生き物のように形を変え、周囲の戦場の骸達が、塔を中心に、引き寄せられて。
だんだんと形を帯び。
大きく、巨大に。
人のような、獣のようなシルエットを作り上げる。
やがて。
塔は変貌を遂げた。
全ての骸を、抱える、不死の魔物として。
その死骸を寄せ集めて形作られた姿は、4本の脚で立ち、6本の腕にそれぞれ6本の骨の剣を持ち。
その巨大さは、宿一軒分ほどもあった。
「なっ!? こいつは、なんだ……?」
「解りません! こんな魔物、わたくしの知識には……!」
テッドとアプリコットは、その怪物のあまりの威圧感と、肌身に感じる格の違いに、驚き、畏怖し、慄いていた。
ヘレニウムは、その二人の前に立ち、怪物に正対する。
二人に背を向けたまま、
「これはただの、怨霊です。――ここで息絶えた者達の、幾千の無念や悲しみが産み出した、現世への復讐鬼と言ったところでしょうか」
紅い神官は、淡々と言いながら、その怪物を見上げる。
名も無き怪物ではあるけれど、あえていうなれば『
「二人は下がっていてください。アプリコットは全力で自分の身とテッドの守護を頼みます」
「もしや、ヘレニウム様おひとりで?」
「言ったはずです。これは私の仕事だと。――それに……」
ゴゴゴゴ、とそんな効果音が響きそうな程に、ヘレニウムの赤い背中が、震えだす。
それは悲しみに泣いているのではない。
「……六本も腕を持ちながら、その手に一本もハンマーが無いとは――」
「……」
気にする所そこかよ!
テッドはその言葉を飲み込んだ。
そして、開幕。
「――――!!」
死骸で出来た巨躯が、声なき声で咆哮し。
その4本の脚で地を蹴り。
その巨躯が、ヘレニウムに向け。
6本の剣で襲い来る。
身体が巨大ならば、持つツルギも大きく。
ヘレニウムは、ことさら小柄に見える。
そこから、その巨躯の重さを存分に乗せたツルギが、
けれど――。
未だ、『示現の天恵』による強化は健在。
『その手に一本もハンマーが無いとは――』
「――おふざけも大概にしなさい」
そんな啖呵と共に。
巨躯の剣が。
さらなる一瞬にて、骨の腕ごと粉砕される。
乱れ飛ぶ木っ端。
そのまま、踊る様に一回転して、遠心力を籠めたヘレニウムの第二撃が、
ぐらりと、巨大な身体が傾く――。
「嘘だろ」
たった二撃で、巨体を砕き伏せたことに、テッドは驚く。
そして、その心臓部に、その骸を成す『核』のような鈍い輝きが、ヘレニウムの目に映った。
それを潰せば、全てが終わる――。
すかさず、ヘレニウムは跳躍し、巨体胸部の『核』を破壊しようと
その『核』には実態が無いのか、空ぶる結果になった。
ヘレニウムの顔色が、深刻に染まる。
なぜなら一連を終えてヘレニウムが地を踏むころ。
砕け散った破片が、すぐさま、巻き戻るかのように、巨体を再び作り上げていくのだ。
三度、四度。
ハンマーで吹き飛ばしても。
あっという間に
身体はすぐに復活し、
「くっ……この敵は
さらに、
『精鋭の骸骨兵』や、『デュラハンロード』などが再び戦場に蘇る。
ガランティン自体が、
その理解を思い出した時、ヘレニウムはハッっとした。
振り返る。
その視線の先。
ヘレニウムは失念していた。
「テッド! その
「へ? いや、いくらあんたが、ツルギが嫌いだからって、今これを捨てたら戦え無……」
「良いから早く! 私に腕ごと抉り飛ばされたいのですか?」
そんなことをされたらテッドが木っ端みじんになってしまう。
予備のメイスがあることだし。
「わ、解ったよ」
テッドは剣を捨てようとするが――。
「あ、あれ……、こいつ、手から離れないぞ……」
その時、
「う、うが……」
テッドの握る大剣が、身体を侵食し、自由を奪い取っていく。
「か、身体が、言うことを聞かない!」
それはそのはず。
――デュラハンの大剣も、元は古戦場の物。
つまり、
呪いの大剣を握っていたテッドは、知らない間に、少しづつ取り込まれていた。
その呪いが実態を帯びた今。
放っておけば、テッドは、新たなアンデッド兵に成り果てるだろう。
現に、少しづつテッドの身体は変貌しつつある。
グラージの相手をしながら、ヘレニウムは叫ぶ。
「アプリコット。呪いを解く『天恵』はありますか?」
「『
「それで構いません、かけ続ければ、浸食を阻めるはずです。テッドの相手をしながら厳しいかもしれませんが――」
「解りました、やってみます」
「すまない! なるべく抑え込むから……!」
そして。
テッドは呪われてしまった。
アプリコットはその対処を行うので精一杯だ。
つまり。
周囲の雑魚たちの相手。
実体のない魂への対処。
そのすべてを、ヘレニウムが引き受けることになる。
ヘレニウムの表情は今まで以上に、冷えていた。
否。
やはりそうではない。
真剣な顔の奥底で。
「……(なんとかハンマーで倒す方法は無いでしょうか)」
紅い神官はそんなことを考えていた。
テッドが、脳槌と思ったことは、決して間違いではない。
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