『炎の中で咲く六花』
「げほっ、ごふぁ」
鍛冶師ストックは激しく咳き込んだ。
「あのクソ味噌めが……! まだ口の中が辛いわい」
その上に臭い。
辛さ50倍スープを食べた上に、慌てて傍のカップの水を飲んだせいだ。
カップの水が雑巾汁だとは思わなかった。
おかげで、一日中腹を下しっぱなしで、まともに動けなかった。
1日経って仕事に復帰したは良いが。
全く集中できそうもない。
営業妨害も甚だしい。
「俺が何をしたっていうんだ、まったく」
ヘレニウムの悪口が、本人に漏れていたことを知らないストックは、その仕打ちの理由が分からない。
ただ、むかっ腹が立つばかりだった。
とはいえ、基本的にストックは仕事熱心だ。
何もしないでいる時間は好きではなかった。
鍛冶仕事は無理でも、仕事場の整理や掃除くらいはやれるだろう、とし始める。
まずは。
不採用となったハンマーたちの墓場。
通称ガラクタ置き場に、真っ赤なハンマーがたくさん入っている。
無造作に置かれたそれらを、整理する片手間。
いったい何が違うのか。
手に取って比べてみる。
「……」
たしかに、大なり小なり、1本1本、違いがある。
形状、重さ、バランス、材質、エトセトラ。
それは試行錯誤の証でもあるわけだが。
ああ、
「そうか、新しく鍛冶用の槌を作らんでも、ここにあるではないか」
ストックは作ったハンマーの中から、鍛冶仕事につかえそうな形状の、最初期のハンマーを取り出した。打面が平たく、打ち潰すのに向いたハンマーだ。
細身で大工道具みたいな形状を好むヘレニウムにはまったく受けなかったやつだ。
「――……なるほどな」
そしてさらに気づく。
つまりそういうことなのだ。
同じハンマーなのに、今しがた1本を選りすぐった。
鍛冶に使えそうなハンマー、その最適の一つを。
思えば、ストックは街に卸すための刀剣ばかり作ってきた。
それは不特定多数が買うものであり、買い手の事……特に、誰かひとりについて考えて作った物ではない。
この4か月。
ハンマーを我武者羅に作り続けては居たが。
ヘレニウムのことを考え抜いて作ったかと言えば、ノーだった。
「……あやつが求める
考える。
「むぅ」
考える。
「……」
考える。
「……考えれば考える程、腹立つな、あやつ!」
今まで何本の力作を、ゴミと言われた事か。
さらには、手の込んだ
ストックが今着ている服には、ヘレニウムの足跡がいっぱいついているのだ。
何度も踏みつけにされたから。
そんな。
怒りの炎がやる気となってメラメラし出す。
体調不良がなんだというのか。
何でもいいから怒りのままに、ハンマーでぶっ叩いてやりたくなって。
ストックは、ウガヤ銀置き場から、塊を一つつかみとった。
その時。
コロン、と半透明な結晶が零れ落ちた。
「ん? なんだこれは」
長年鍛冶師をしているストックも知らない鉱物……もしくは宝石だった。
拾い上げ、光に透かすと、黄金色に輝く。
「――……ふむ」
ウガヤ銀と何か関係があるのかどうかも分からない。
解らないことは解るやつに訊くのが一番。
「鑑定依頼でも出しにいくか」
鍛冶をする気分はすっかり失せ、ストックは普段は着ない、真っ黒な服に着替えた。
そのうえに真っ黒なハットをかぶり、ステッキを持ち。どこかのマフィアのボスかと思う出で立ちで、鍛冶屋を出て行く。
この際気分転換でもしよう、そんな心意気で。
ポケットに、謎の宝石を一つ、突っ込んで。
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