『打撃力《ハンマー》の理由』
「なるほど。そりゃ重要なことだ」
テッドは、『無』の表情で、納得した。
なぜ、ヘレニウムが荷馬車の護衛の依頼を受けたのか。
気になって聞いた答えに。
荷馬車の護衛を引き受けた理由。
それは。
つまり、ハンマーを作るのに必要な希少金属である『ウガヤ銀』の流通に支障が出ると困るからだという。
全てはハンマーのため。
その答えに、『ああ、アンタらしいこった』と心の中で納得した。
余りのバカバカしさに、表情が死んでしまったけれど。
そして、ついでに、ヘレニウムがワザワザ鍛冶師にオーダーメイドのハンマーを頼んでいることもきいた。
そんなテッドたちは、エスカロープの街の、市場に居た。
数多の人がひしめく場所に。
数多の品々が並べられ、商人が買い付けにやってくる場所だ。
デルバン坑道から持って来たウガヤ銀も、そこに一度降ろされ、買い付け商人に売り渡される。
ヘレニウムは、依頼主の計らいで、特別に市場で安くウガヤ銀を買うことが出来た。
そして、盗賊から巻き上げたお金が、ここで有効活用されたわけだ。
だから今、ヘレニウムの背中には、大きなカバンの中に、重たいウガヤ銀がたくさん入っている。
それを背負って歩くヘレニウムの隣を、テッドは歩く。
さらに、その隣にはアプリコットが居るわけだが。
すこしばかり、怒っていた。
「もう。――そんなことより、テッドさん。ヘレニウム様のこと少しは手伝ってあげてくださいよ」
「あ、ああ、そうだな。気が利かなくてすまん。持つよ」
女子に荷物持ちさせておいて、気が利かない男子のように。
指摘されてから手を差し伸べるテッドだが。
「結構です」
とあっさり断られた。
ヘレニウムは、テッドに比べれば40センチほど身長が低く、一見はとても華奢だ。
そんな少女に、重量のある荷物を持たせていること、そもそも、尊敬する階級が上の人物に、苦労を掛けていること。
それを気にするアプリコットの視線が、とても痛いので、テッドはもう一度試みる。
「そんなこと言わずに」
「そうですよ、ヘレニウム様。
「て、低位……!?」
低位で悪かったな、と思うテッドに。
「……そこまで言うのでしたら」
そう言って、ヘレニウムは、背中のカバンからウガヤ銀の塊を一つだけ、手渡した。
カバンごと受け取る気だったテッドは、
「おい……1個だけ渡されて……も」
それを片手で受け取り、
突然。
「――!? ふぁっ!?」
テッドは目を見開いて、驚く。
そして。
塊一つの。
余りの重量に、片腕で支えられずに、テッドの身体全体が沈み込んだ。
レアな金属ということもあり、駆け出し冒険者であるテッドは知らなかった。
ウガヤ銀というもののことを。
「……こ、こんな重いのか、これ……!?」
当然だ。
比重は金よりもはるかにある。
それを満載したカバンを、ヘレニウムは平気で背負って歩いている。
「……あいかわらず軟弱ですね。これだから剣士は……」
ジトっとした流し目で。
余りの重さに歩けなくなったテッドを置き去りにするヘレニウム。
「ちょ、待ってくれ!」
うごごご、と歯を食いしばり、精いっぱいの腕力で、両手で、塊を抱えてテッドはヘレニウムを追いかける。そして、ウガヤ銀を毎回鍛冶師の元までもっていく、という話を、今しがた聞いたテッドは。
ゼェ、ハァ、息を切らしながら
「あんた、こんなものをいつも運んでるのか? 鍛冶師の所まで……!?」
「当然です。私が使っても曲がらず、凹まず、壊れないハンマーを作るには、それなりの強度の素材でなければならないのですから。それに、ハンマーにするならばある程度重量がある素材の方が適しているはずですし」
そう言いながら、ヘレニウムはテッドに預けた銀塊を回収する。
テッドが、重量から解放され、安堵し、
「じゃあ、アンタがいつも使ってる武具も、まさか……?」
ヘレニウムは答えなかった。
だが、少なくとも赤いハンマーは、かなりの重量があるだろう。
なんなら、シールドも相応の重さかもしれなかった。
それに、アプリコットはまたも感激する。
「さすがです。ヘレニウム様! こうして日々、鍛錬をされているのですね」
「鍛錬? これは唯の労働ですが?」
「……なんと。すでにそのような段階なのですね」
息を吸うように鍛錬をする、仙人か何かのように思えたのだろう。
アプリコットは、敬意の眼差しだ。
そして。
ヘレニウムは知らない。
鍛冶師ストックが、毎度死ぬような思いで、その重たい金属を鍛錬し、ハンマーにし、いつもの壁に立てかけていることを。
4か月の間、鍛冶師が試行錯誤する間。
ヘレニウムも、素材の選定を試行錯誤した。
金、銀、ミスリル、エトセトラ。
そしていきついた、最高級品は、最大級の重量物となった。
――それを軽々と扱える神官だからこそ。
『天恵』よりも、
平然と歩き続けるヘレニウムの背中。
そこに背負われた、重量物で一杯のカバンを見て。
テッドはため息交じりに呟いた。
「ぜったい成る『
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