『上級神官《アークビショップ》の冒険者②』
「そんな! わたくし、グラッセからヘレニウム様を追いかけて参りました。どうか!」
アプリコットと名乗る神官は食い下がる。
しかし。
「知りません、それでは」
無慈悲に隣を通り過ぎようとするヘレニウムの袖をアプリコットが抱きかかえるようにして制止する。
身長差があるためか、両膝立ちになるアプリコットはまるで女神に慈悲を懇願する信者のようだ。
アプリコットは大きなお胸をぐいぐいヘレニウムの腕に押し付けつつ。
「お待ちください、ヘレニウム様。ヘレニウム様はお忘れかと思いますが、わたくし、いつぞやの街道で、ヘレニウム様が魔物から冒険者をお守りしていたのを見て――」
その場面は、ヘレニウムが枢機卿に左遷された理由の一つだったはずだ。
どうやら、アプリコットはその場に居て、その時のヘレニウムに感動を覚えたという。
「――気づけば、こんな辺境に追いやられたと聞いて、わたくし追いかけて参りました」
「知りません。放しなさい」
そんな話を、受付前で繰り広げるアプリコットに、心底嫌がっているヘレニウム。
その二人は、ひどく目立っていた。
むしろ、ヘレニウムだけで、真っ赤な礼装は目立つというのに。
「あのぉ……」
受付嬢も困り果て。
冒険者たちの視線が集中し。
さらに、受付待ちの冒険者が列をなしている。
「おい、早くしろ」
順番待ちの冒険者もイライラしている様子だ。
誰をどれだけ待たそうが関心がないヘレニウムだが、邪魔になっているのは事実。
そこに、すっとテッドがやってきて。
「とりあえず、どこうな、お二人さん」
少女二人の背中を押して撤退させる。
――――
そして三人は、成り行きで組合内、上部張り出しのカフェテリアにやってきた。
「なんですか、あなた達。私は暇ではないんですよ」
ムスっとしているヘレニウムの前には、しぼりたてのリンゴジュースが置かれている。他二人は冷水のコップだ。
テッドの金が無いせいで、ジュース一杯が限界だった。
「良いじゃないか、ついていくくらい」
うんうん。
と見ず知らずの青年の言葉に、アプリコットは頷く。これ見よがしに。
「よくありません。邪魔です」
「つっても、護衛の依頼一人じゃ、難しいだろう?」
うんうん。
とアプリコット。
「別に。軟弱な人間くらいどうとでもなります」
「人とは限らないぞ?」
「問題ありません。
――一見、利巧で優秀そうに見える上級神官が、ハンマーと口にした瞬間、急に知能指数が下がったような錯覚になって不安になる――そんなテッドに、いい考えが浮かんだ。
やや、ニヤリとして。
「敵もハンマーだったらどうする気だよ?」
「ハッ!」
ここにきて、ヘレニウムはたじろいだ。
それは盲点だったと。
『それは強敵ですね』、と真面目に悩み始めた。
しめた物だと、テッドは畳みかける。
「全員ハンマーだったらつらいぞ」
「確かに……」
ちょろ!
と、テッドは思いつつ。
「しかし……」
ヘレニウムがテッドの装備を見る。
壁に立てかけてある両手剣を見て、あからさまに不機嫌さが急加速した。
「結局、あなたはツルギを買ったのですね。バカですか?」
ちゃんと森であったことを覚えていてくれたようで、テッドは嬉しいやら、バカと言われて悲しいやら。
そこでテッドは。
「大丈夫だ。こっちがメインだからな」
ドヤ顔で、新品のメイスを見せる。
すると、さらっと機嫌が直った。
「……なるほど。ハンマーには劣りますが、メイスは実用的です」
「だろう? 問題ないよな?」
「ええ、まぁ……それなら自衛くらいはできそうですね。そっちは?」
「え? わたくしですか?」
急にふられて驚くアプリコットだが。
「わ、わたくしは、この杖で……」
杖も鈍器と言えば鈍器だ。
「刃物でないだけマシですが……」
「大丈夫です。お邪魔にならないよう、後ろに居ますから」
「言っておきますけど、あなたを気にかける気はありませんからね?」
「はい! いざとなったら
「そうですか。……私は明朝、6時に出ます。あなたたちは勝手にしてください」
そうして、ジュースをずずーと一気に飲み干して、ヘレニウムは立ち去った。
――――
取り残された二人。
傍の青年に、アプリコットが頭を下げる。
「ありがとうございました。良かったです、遠路はるばるグラッセからやってきたのが報われました。あなたのお陰です……ええっと、お名前は?」
「ああ、オレはテッドだ」
「テッドさんですね。ヘレニウム様の道中の補佐、頑張りましょうね!」
あ、ああ。
とテッドは生返事をするものの。
気づく。
「アレ……そういえば。気づいたら俺も行くことになってるけど……まぁいっか」
金も無いことだし。
テッドは気にせず、出立の準備に取り掛かった。
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