戦槌《ウォーハンマー》 の 大主教《アークビショップ》 が  無双します!

日傘差すバイト

第一話 『戦槌の上級神官《アークビショップ》』

『戦槌の上級神官《アークビショップ》』



ほの暗い森の中で。


とある冒険者の青年が危機に瀕していた。


青年が相対するのは、堅牢で重厚な装甲を持つ、巨大なムカデの魔物だ。


無数の節足で、気色悪く這いずり回るオオムカデ。

そいつが、長大な体躯を鞭のように使って襲い掛かってくる。


そのたびに、青年は、迎撃するべく、握る大剣を振るう。


しかし。


がきり、と硬い感触が青年に伝わり、その効果の無さに、失望する。

疲労に満ちた表情をゆがめ、青年は、呟く。


「くっ……最悪だ」


これで何度目だろうか。

幾度トゥハンデッドソードをぶち当てても、硬い装甲に阻まれて有効なダメージを与えられない。

逆に、青年は、疲弊してきている。


さらに、ムカデの移動速度は予想以上に速く、逃げるという選択は、多大なリスクになる。


そして、何度も打ち付けた剣は、刃が欠けてきていた。


青年の色々なリソースが、時間とともに削られていく。

その先に見える未来に、青年は必死に抗っていた。


けれど、ついに。


再度、襲い掛かるムカデに、両手剣を打ち付けた時、青年は最大限の違和感を覚えた。


パキリと音をたてて、折れた切っ先が、くるくる、と宙を舞って、地面に突き立つ。

同時に、大剣の威力で吹き飛んだムカデ地面に投げ出された。


ぐるぐると渦を巻くムカデの健在ぶりに、青年はすべてを諦めたようにつぶやいた。


「いよいよ、極まったか」


地面に刺さった剣が、まるで墓標のようだと、青年が失笑し、死を覚悟した時。


青年の耳に。


がしゃり、がしゃり、と金属のリズムが、森の奥からフェードインしてくる。

ここにきて、敵が増えるとあれば、青年は本当に万事休すだ。


しかし。


今、とぐろを巻き、体勢を整えつつあるオオムカデの背後。


真っ暗な闇の中から、少しづつ浮かび上がるのは、化け物などではなく。

小柄なヒトのシルエットだった。


左の手には、十字の刻まれた大きな盾を持ち、右の手には、真紅の戦槌を握り。


青年はその人物が、少女であると解った。


現れた少女は、真っ赤なカソックに身を包み、その上に真っ白な甲冑、頭には、聖職者が身に着ける帽子が乗っていた。


冒険者であるならば、その帽子の文様で、少女の身分はすぐに解る。


「あれは……上級神官アークビショップ……?」


青年は敵ではないことに安心し、そして折れた己が武器を見て、嘆息する。

例え、助っ人だとして。

今更、回復役が増えたところで、オオムカデを倒せるわけではない。

なにせ、青年の大剣はもう使い物にならないのだから。



「おい……!」


青年は、ムカデを挟んで対岸に立つ少女に、叫ぶ。

逃げろと言おうとして。


だが。


少女は、地面に刺さる剣の切っ先を一瞥し。

ほぼ無傷のムカデを一瞥し。


「軟弱ですね。これだから、刃物は……」


涼やかな声で、蔑むように一人ごちる。



そして――。


少女に気づき、そちらに襲い掛かろうとするムカデに。


「やべっ!」


青年が、駆け寄ろうとした時にはもう遅かった。


その瞬間には既に、オオムカデは『く』の字に折れ曲がり、砂埃を巻き上げて、地面に叩きつけられていた。


少女の振るったハンマーが命中していたのだ。

少女のハンマーは、道具のハンマーに近い形の、細身のもので。

ハンマーヘッドの反対側が、ピック状になっている、片手用の槌だった。


それが、あれほど堅牢だったムカデの装甲板をひしゃげさせ、その内部の肉をえぐり潰していた。


胴体が千切れそうになるほどのダメージに、のたうち回るムカデに、少女が無言のまま、冷徹に、もう一度ハンマーを叩き下ろす。


それが、トドメとなって、ムカデは動かなくなった。


青年は愕然とする。

あれほど苦労した魔物を、ほぼ一撃で屠ったことに。



「お、おい……?」


信じられないという気持ちの中、必死に紡ぎ出した青年の言葉に、少女は反応する。

白金色の長い髪をゆらし、視線だけで青年を見る横顔は、まだ幼く、色白で、可愛らしい顔つきだった。


そのまま、大聖堂に佇んでいれば、女神のようにもみえただろう。

ただ、不可解なのは本来、上級神官アークビショップの制服は青や白のカラーリングなのに、少女は紅かった。


金属のハンマーですら、真っ赤なのだ。


そんな少女は淡々とした声で答えた。


「なんですか?」


「い、いや……その」


「礼なら不要ですよ」


青年の心中を見透かすように、そういうや否や、ハンマーのピックのほうで、少女はムカデの身体から、1枚1枚、分厚く頑丈な皮をはがし始めた。

ぐしゃり、ぐしゃり、とえげつなくも猟奇的で残虐的な場面が展開される。


常人なら、目を伏せる所だが。


冒険者である青年には解る。


少女は、ムカデから『素材』をはぎ取っているのだ。

冒険者組合に売って、お金にするために。


「あんた、冒険者なのか?」


「……いけませんか?」


「いや、そんなことは……」


聖職者ならば、その道の仕事があるはずだ。

怪我人に治癒魔法をかけたり、死霊や不死者の祓魔だったり。

もっと、インテリ系の職務なはずだ。

なのに、こんな森の深くまで来て、戦利品をはぎ取っている。

それも、上級神官アークビショップが、である。


まだ見習いの神官が修行のために冒険者に同行したり、神の加護を授からなかった落ちこぼれが、エリート街道から足を踏み外したということでもない。


少女は紛れもなく、上級神官アークビショップなのである。

それは、少女が身に着ける十字架のアクセサリーや、帽子や、その高級で清廉な出で立ちが物語っている。


それも見目麗しい少女なのに。


しかし唯一つ、盾を持ち、槌を持つという点だけが、ちぐはぐだった。


まるでケーキの上に、干し肉が乗っているかのごとき違和感だった。


「しかし、だとしたら、なぜ冒険者を……?」


「簡単ですよ。聖堂での仕事では、ハンマーを振るう機会がありませんので」


 言いながら。

 少女はその場にしゃがみ、剥がした外骨格を、ハンマーでたたいて細かくし、何枚も重ねて、素材用の袋に詰め込んでいく。


 対して青年は言葉の意味が解らずに、返す言葉を失っていた。


「え? ハンマーが……なんだって?」



「解らないなら、良いですよ。無理して解ろうとしなくても」


そして、作業が終わると少女は立ち上がる。

その真っ赤なハンマーを盾の背面に仕舞い、盾を背中に背負い。


少女は踵を返す。


立ち去ろうと、青年に背を向けたあたりで、ふと。


「あなた」


「え?」


突然声を駆けられて青年は驚く。


「次も、つるぎを買うのですか」


脈略もない質問に、青年は返事に窮し、少女は青年が言葉を発するまで待った。


やがて。


「……ほかにどうしろと?」


「別に……軟弱ものには似合いの武器です。次も、苦労すると良いでしょう」




そうして、唖然とする青年を残し、赤い上級神官アークビショップの少女は、森の奥へと歩き出すのだった。


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手書きの表紙があります。

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