⑨ 博物館には意外な役割があった!

 ユートとリンちゃんは習いごとがあるということで、私とタクは骨と甲羅の正体を探るために博物館にやってきた。

 もちろんそれは密輸疑惑をかくそうとしている大人の悪事をあばくため。

 最初は私たちが見つけたネコを助けるための行動だったんだけど、これも乗りかかった舟というやつだよ。

「この博物館、私たちが四年生のときに社会科見学で来たことがあったっけ?」

「うん。あのときはいろんな動物の標本があるんだなっておどろいただけだったけど、まさかこんな風にたよることになるなんて思わなかったなぁ」

 タクは意外そうな顔をしてユートからもらった博物館の半券を見る。

 ここは地元の動物や昆虫を中心に標本やハクセイが置いてある博物館で、生き物にかんしての展示が一階。

 二階は縄文時代とかの発掘物を紹介する地元むけの施設だった。

 図書館よりも人が少ないくらいで、事務室には声をかけても大丈夫そうな大人が見える。

 ユートからあずけられたバッグを手にしたタクが率先してノックをしてくれた。

「すみません。動物のことで聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「おや、熱心なお子さんだ。どの展示品のことでしょう?」

 事務室の奥にあるデスクから白髪のおじさんが立ち上がってくれた。

 全体を見わたせる席だし、もしかすると館長さんとかえらい立場の人なのかもしれない。

 若い職員さんでも助けてくれたらいいなと思っていたところ、びっくりな流れだった。私とタクはうなずきあってバッグからあの骨と甲羅を持ち出す。

「私たちの家の近くで見たことがない骨とかを見つけたんです。どんな動物か知りたいので教えてもらえませんか?」

「ほうほう。おや? ふむ。これはクサガメでもないし、こっちは目の位置や歯の太さが明らかにタヌキやキツネとはちがうね? テンかハクビシンあたりだろうか」

 おじさんは興味深そうに骨と甲羅を手に取った。

 私たちには見当もつかなかったけど、ぶつぶつともれるつぶやきからしてすぐに正体をあばいちゃいそうだ。

 私はそのあたりがどうなのか問いかけてみる。

「どんな動物かわかりそうですか?」

「しばらく待たせてしまうけれど、問題ないよ。動物園や博物館に大学の先生はね、こういう骨がなにか調べてくれって警察からおねがいされることもあるからね」

「えっ。そんなこともあるんですか?」

 まったく聞いたこともなかった役割に私はおどろく。

 そういうことにも使えるくらい動物にくわしい人がいそうだけど、じゃあどういう場面でたのまれるのか想像もつかない。

 私の食いつきがよかったからか、おじさんはにんまりとして答えてくれる。

「ほら、道路のそばにニホンザルのガイコツがあったらふつうは人かと思って大さわぎだろう? これはもしかしたら人骨かもしれないって通報があるんだよ。すると警察は調査に乗り出すわけだ。でも彼らは事件現場を捜査するプロであって、動物の骨を見分けるプロじゃない。そんなときに協力をあおいでくるんだよ」

「すごいなぁ。僕も博物館は展示品の説明とか管理しかしないと思ってたよ」

 言われてみればいかにもありそうな話だったけど、私とタクは小耳にはさんだこともなかった。

 そんなおどろきがほめ言葉みたいなものだったようで、おじさんはきげんがよさそうに口元がゆるんでいる。

「君たち、お家に帰る時間は大丈夫かい? 動物の生息している場所の資料にもなりそうだし、よければこれを見つけた場所や状況を教えてほしい。その間にこれの正体は調べておこう」

「私はまだ一時間くらいは大丈夫です」

「僕も同じくらいです」

「それなら間にあいそうだ。記入用紙をあげるから応接室で待っていてくれるかい?」

「わかりました」

 おじさんは事務室にもどって記入用紙らしきものを取ってくると、となりの部屋に案内してくれた。

 それは小学校の校長室みたいにソファーがむかいあわせに置かれた部屋で、低めだけどテーブルもあった。

「じゃあ、よろしくたのむよ。なにか用事があったら事務室の職員に声をかけてくれればいいからね」

 おじさんはそう言って骨と甲羅を手にこの部屋を出ていった。

「えっと、見つけた場所に、状況……すぐに書き終わりそうだけど、あの丘のことはどうしよう?」

「正直に書けばいいと思うよ。僕らは悪いことをしているわけじゃないし、骨とか甲羅の正体を見極めた大人も警察にうったえてくれるなら好つごうじゃないかな?」

「そうだね。それがいいかも」

 私たちは悪者をこらしめたり、つかまえたりするヒーローになりたいわけじゃないもんね。

 あくまでネコの一家を助けたいだけで、大人の悪事をあばくのは問題解決のおまけ。

 タクと相談した通り、私はあの丘で骨や甲羅、ペットシーツとタオルの燃えカスを見つけたことやそれらがうめてかくされていたことを書いておく。

「よし、このくらいだね。あとはおじさんが帰ってくるのを待つだけかな?」

「ありがとう。字がじょうずなヒナちゃんが書いてくれて助かったよ」

「おだててもなにもでないからね?」

 書くべきことはあっという間になくなって、私はタクに書いたことの再チェックをしてもらった。

 とくに直すところも見当たらなかったようで、私たちはすぐに時間を持てあます。

 イスに座ったまま足をぶらつかせたり、時計のカチコチという音に耳をかたむけたり。そんなことをして待っても時間はおどろくほど進まなかった。

 しびれを切らした私はなにかちょうどいい話題を探す。

 私たちはほとんどの登下校をいっしょにするからもう話しそこねていることなんてなくなっていた。

 だからいつもは四人でその日起きたあたらしい出来事の報告会みたいなものをするというのがいつもの流れ。

 二人しかいないとすぐに話題がなくなるけど――私はふと重要なことを思いだす。

 そういえば私とタクの間で聞かずじまいになったことがあったよね。

「ねえ、タクに聞きたいことがあるんだけど」

「ん、なになに?」

「物置が燃えたときの話。ユートが子ネコを助けるのに必死になっていた理由、心当たりがありそうだったよね?」

「あっ。あー、それは……」

 そう。今タクがうかべているような気まずい顔をして、消防車を呼んでくるって言いながらにげていったんだよね。

 あのときみたいにジトーっと見つめて追及する。

 今回ばかりは逃げ場がないよ。

 応接室の出入り口に目をむけていたタクはだれも近づいてくる気配がなくて観念した。

「……ユートは低学年のときを思いだしちゃったのかなって思ったんだよね。僕たちがあの丘みたいな秘密基地探しをしていたときにさ、一階がガレージになった空き家で子ネコを見つけたことがあったよね?」

 私たちが近所の公園で遊びあきて、あたらしいシゲキをもとめていたときだね。

 みんなが自転車を買いそろえて行動範囲も広がった時期だった。

「うん、おぼえてる。ソファーとかも置いてあって、ちょっと家みたいな場所だったよね」

 親の話によると、そこにはとても車好きの人が住んでいたらしい。

 ワックスがけとか、ライトをつけかえて色を変えるとか。そういうことに熱中したいから自宅の一階を丸ごと工場みたいなガレージにする人がいたんだって。

 長く時間をすごすからソファーとかが置いてあったんだけど、住んでいた人はいつからかそういうものをのこしていなくなったと聞いた。

 あれは小学二年の春だったかな。そこで一匹の子ネコを見つけたんだよね。

「一匹しかいなくておかしいねって言って、ご飯をあげたっけ。もし親ネコにすてられていたらかわいそうだし、次の日に見に行ってもまだいたらみんなで親を説得してどうにか飼ってあげようねって話していたのはおぼえているよ」

「そうそう。だいたいそんな流れだったよね」

 でも、次の日に見に行ったらいなくなっていた。

 きっと親ネコがつれて行ったんだろうね。よかったってお話をしたんだっけ。

 でも物置を消火しようとしていたユートと、こうして複雑そうな顔をするタクからすると、それはカンちがいだってことが伝わった。

「そのネコね、死んじゃっていたんだよ。だからヒナちゃんとリンが来る前に僕たちでうめてあげたんだ」

「そう、だったんだ……」

「もし本当のことを伝えても二人が泣いちゃうだけだろうなって思えたから僕たちだけのヒミツにしていんだ。ごめんね」

 わかるよ。

 それは優しいウソ。だって、今のタクもそんな色をしているから。

 たしかに私たちはなにも知らなかったおかげで泣くこともなく、ネコと会ったこともほとんどわすれていた。

 みんなで泣くよりはよかったことかもしれない。

「もっと早く、ちゃんと助けていたら元気になったかもしれないってユートは思ったんだろうね。だから、ユートはあのころから急に獣医を目指すって言い始めたんだよ」

 低学年なんてまだまだテレビ番組一つであれになりたい、これになりたいという年ごろ。ユートはなんの前触れもなく言い始めた気がしたけど、こんなきっかけがあったんだ。

 塾とか学級委員長とか児童会長とか。そういうものに積極的になったのも、言われてみればそのころだったと思う。

 巣から落ちたひな鳥とか、交通事故で死んだ動物を見つけるのとはわけがちがう。生きているところを間近に見ていた動物が死ぬっていうのは、本当に強れつな体験。

 私が低学年だったとき、飼育小屋のウサギが一匹死んじゃって、上級生が泣いているところを見たおぼえがある。

 よくウサギをだかせてくれた優しい人だったけど、それ以来、飼育委員をやめちゃったのか、見なくなったことがあった。

「そっか。だからネコ助けに一生懸命になっているんだね……」

「たぶんそういうことだって僕は思うけど、もしちがったり、二人にウソをついていたことをまたユートが気にしたらイヤだから、できればナイショの話にしてほしいな」

「うん、そうだね。せっかく私たちのことを気にしてやってくれたことだもんね」

 私がうなずくと、タクはようやくほっとした顔になった。

「それにしてもさ、授業で将来の夢をとりあえず決めているけど、実際にそれにむけてできることをしているのはユートのすごいところだよね」

 火事のときはがんばりすぎていたけど、もしほかに子ネコがいたとしたら、あれくらい行動をしていなければ助けられなかったかもしれない。

 リンちゃんもそうだけど、なにかを目指している人は有名人みたいに自分たちとはちがう世界の人みたいに思えるときがある。

 それはきっと、こんなふうにがんばらないとできないことに何度も挑戦しているからだと思う。

 ふつうはやる前からあきらめちゃうことなんだよね。

「私たちもあんなふうにがんばらないといけないね」

「うん、負けられないよ」

 まずはなりたいものを探すところから始めなきゃいけないけど、どうがんばればいいかのお手本が近くにいるから参考になるよ。

 そんな話をしていたら早足で近づいてくる音がした。

 応接室にはいってきたのはあのおじさんだった。

「いやぁ、おどろいたよ。これはコツメカワウソの頭がい骨とリュウキュウヤマガメの甲羅だね。どっちも関東にはいないはずの動物だ」

 その名前を聞いた瞬間、私はユートの推理を思い出した。

 リュウキュウっていうのは社会の授業で何度か聞いたことがある。それは沖縄の古い地名だったはず。

 重要なのはカワウソのほう。

 かわいさがとても人気でたくさんの特集があったし、そのなかでは生息地も言っていた。本当の生息地は東南アジア。ユートが気にしていたあのダニと生息地が重なってる。

 つながった!

 やっぱりあの丘で見た変なものは根っこで全部がつながっていたんだって私は確信した。

「用紙はもう書けたかい? 話をくわしく聞かせてほしいんだ」

「あのっ。それはやっぱり密輸されるような動物だからですか!?」

「よく知っているね。コツメカワウソは人気が高まって東南アジアからの密輸が増えて問題になっていたんだ。だからカワウソを守るために国同士が法律を変えてね、輸入や輸出も、日本国内でペットみたいに売り買いするのも原則禁止になったんだよ。こっちのカメは天然記念物だ。取引はもちろん、飼うのもつかまえるのもダメな動物だよ。だから発見状況をくわしく教えてもらいたいんだ」

「はい。見つけたときのことは書き終わりました」

 私は二人でまとめた用紙を手わたす。

 ふむふむと読みこむおじさんはところどころの状況や私たちが見た車の種類、ナンバーを確認しながら紙に書き足していった。

 そしてひと通り説明が終わったところで頭が痛そうな顔をする。

「なるほど。君たちは思ったよりも大ごとに遭遇してしまったんだね」

「あのう、僕たちが言うのも変な気がするんですけど、信じてもらえるんですか?」

「もちろん。なにせあの骨と甲羅が証拠だからね。ふつうに売り買いされる代物じゃないからたんなるイタズラで用意するとはとうてい思えないさ」

 じっと見つめればわかる。このおじさんは私たちをうたがった色じゃない。どうやって対処しようかとなやんでいる色だった。

「さっき言ったように警察からはたまに骨の調査の依頼をされるから、この話は伝えておこう。すぐに犯人逮捕とはいかないだろうけど、ちゃんと調べて対応してくれるはずだ。その不審者に出会った君たちはできるだけその場に近づいちゃいけないよ」

 状況を知った大人ならもちろん言いそうな言葉だった。

 この事件がどうなっていくのかは気になるけど、まかせておけば解決するっていうのは安心できる。

 そんなとき、タクは「あっ」と声をもらした。

「ネコ。ネコの兄弟をどうしよう?」

 こまった顔をつきあわせるだけで私たちには解決案をひねりだせなかった。

 すがる気持ちでおじさんを見つめてみる。

 だけど、骨をあずけたときみたいにたのもしい表情は返してもらえなかった。

「ああ、野良ネコの一家を探していたらその場所を見つけたというお話だったね。ふむ。それは気になるけど、君たちは犯人の顔を見たんだろう? ことが発覚したのは君たちに通報されたせいだって犯人が腹を立てて仕返しするかもしれない。解決したと警察が教えてくれるまであまり出歩かないほうがいいだろうね」

「で、でも……」

 しまった。

 あんなふうに死んじゃうくらいひどいあつかいになっている動物がいると思ってすぐに行動したけど、この問題まで考えていなかった。

 とはいえ、ほかに方法は思いつかない。

 こうやって調べて通報するというのはみんなで考えたことでもあった。

「二人にも伝えないとね……」

「それしかない、かぁ……」

 私とタクはそろって重く息をはいた。

 

 □

 

 その日、博物館からの帰りぎわに私とタクはスマートフォンのグループメッセージで、のこる二人に結果を連絡した。

『――というわけで骨と甲羅の正体はわかって警察にも連絡してくれたんだけど、問題が解決するまであのあたりには近づかない方がいいって言われたの。ネコのことまで気が回らなくてごめんね』

 二人は習いごとに集中しているだけあって、すぐに既読はつかなかった。

 門限もあるので私とタクは日が暮れないうちに家に帰って二人からの返答を待つ。

 すると夕食を終えたころにスマートフォンが鳴った。

『まあ、しかたないよな。危ないことをして親がおこるともっとやっかいなことになりかねないし』

 ユートからのメッセージだ。

 少しおくれてリンちゃんもしょんぼりとした顔文字で反応をしてる。

 そうだよね。

 そもそもあの場所にいるとは限らないし、ほかの場所でもつかまえられるかもしれない。それに保健所にいないか確認したり、だれかに探してもらったりって手もあると思う。

 私たちがネコの親子を探すにしても、人目のあるところで少しずつやっていこう。

 そんなことを思っていたらポンとあたらしいメッセージがとどいた。

『だからタク。安全に解決するためにも秘密兵器の出番だ』

『えぇ? そんな便利じゃないんだけどな、あれ』

 なんだろう。タクは語尾にヘリコプターの絵文字をつけて送ってきた。

 いろんな機械に強いのは知っているけど、まさかヘリコプターまで運転できる超人なんてことはないよね?

「ど、どういうこと?」

 つい口にした通りに打ちこんでみても、『明日になればわかるよ』とのことで教えてくれなかった。

 それで今日の相談は終わり。

 気になってはいたけど宿題ものこっていたし、私はそっちにとりかかることにしたのだった。

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