② 犬の鼻で探しもの
私たち四人、クラスもちがうのに仲がいいのにはワケがある。
家が近いし、なにより幼稚園のときから私の『ドリトル先生の目』で、動物に関するいろんな事件を解決してきたから!
いっしょに登下校をして、休みは遊びに行ったり、動物のことで冒険をしたり!
六年生になるまでそんな毎日が続いちゃうと、兄弟とか親せきよりよっぽど身近に思えてくる。
――ということもあって、帰り道は家の前までほぼ同じ。
親のグチとか、今日のできごととかがお決まりの話題だった。
「あ、そうだ。今日はアソビ館に行く前に相談したいことがあるんだけど聞いてくれる?」
「なにかあったのか?」
ユートたちには大した話題がないみたい。
これなら心置きなく言えそうだね。
「実はクラスメイトのトモちゃんが手提げカバンにつけていたバンダナをなくしちゃったみたいでね、それを探してあげたいの」
「午後いっぱいアソビ館なんてヘトヘトになっちゃうだろうしな。いいんじゃないか? 俺はいつもみたいにゴンを連れてくればいいんだろ?」
ゴンっていうのはユートの家で飼っている大型犬のゴールデンレトリバーのこと。
探しものはゴンちゃんの鼻で追うのがお決まりだった。
「そういうこと。ユート、行ってきて。私たちはここで待っているから」
「はいはい、わかったよ」
家は学校に近いこともあって、十数分も待てば往復はできると思う。
小走りで帰っていくユートの背中を私は少しまゆ毛をよせて見送った。
すると、リンちゃんが私の顔をのぞきこんでくる。
「おやおやぁ? ヒナちゃん、むずかしい顔をしてどーしたの?」
「実はもう一個、言いたいことがあって……」
「ユートの前じゃ言いにくいことっぽそうだね?」
リンちゃんに続いてタクが私の顔色を見てくれる。
「タクの見立て通りだよ。やっぱりタクはなんでも気づいてくれるね」
「なんとなくそう思っただけ。ぐうぜんだよ」
「ありがとう。それでね、実は……」
私は飼育小屋に行く前、佐藤さんたちににらまれていたことを二人に話す。
思い出すだけでもなやましい。
ぬれぎぬでしっとされて、イヤがらせまであったらたまったものじゃないよね。
「――というわけ。私とユートが二人で遊ぶから佐藤さんのさそいを断るみたいに見えたのか、目がすごくこわかったんだよね」
「ありゃあ、それはヒナちゃんがかわいそう。ドントウォーリー」
リンちゃんはくよくよしないでって意味の英語でなぐさめてくれる。
タクはそんな間も一人でなにかを考えていたみたい。いい解決法でも閃いたのか、ポンと手をたたいた。
「それならさ、僕たちでバンダナ探しをするのは誤解をとくのにちょうどよさそうだね」
「えっ、どうして?」
「みんなが下校中だし、二組の女子とかその佐藤さんがバンダナ探しをしている僕たちを目撃したら四人で遊ぶって事実を伝えられるでしょ? 最悪、今日のバンダナ探しの結果を伝えるとき、そのトモちゃんに証人になってもらってもいいし」
「そっか! タク、それは名案かも!」
それならスッキリ解決しそう。
いざこざにトモちゃんを巻きこんじゃうのは心苦しいけど、探し物をしてあげる分、持ちつ持たれつってことでいいかもしれない。
方針が決まると、胸のモヤモヤもようやくおさまってくれた。
「やっぱり、持つべきものは友達だなぁ。みんながいてくれてよかった」
「もっちろん! あたしたちはいつまでも親友だよ!」
そうしてリンちゃんがまたひっついてきて、しばらくしたらユートが帰ってくる。
ゴンちゃんは私たちを見てハンディモップみたいな尻尾をぶんぶんとふった。
「みんな、お待たせ。じゃあバンダナ探しだな?」
「うん、そう――きゃっ!?」
ユートからリードを受け取ろうとしたところ、ゴンちゃんはうしろ足で立ち上がる。
両前足で私の肩にもたれかかってくるハグだ。
リンちゃんよりも熱烈だけど、お日さまのにおいがするもふもふな体をだきしめられるのが気持ちいい。
アパート暮らしの私としては、こんな子を飼える一軒家のユートがうらやましいよ。
「あっ、ヒナちゃんずるい。あたしもだっこさせてよ!」
「えぇー。あともう少しだっこする」
取りあいみたいなことをしていると、ユートはやれやれって顔だ。
「よくやるなぁ。俺は重いからイヤだよ」
「いつも好きなだけ触れるからでしょ。ぜいたくななやみだなぁ、もう」
私とリンちゃんでかわりばんこに抱きしめたら、バンダナ探しの準備だ!
預かったハンカチを取りだしてゴンちゃんににおいをかいでもらった。
それを見つめるリンちゃんはあごをもんでむずかしい顔をする。
「すごく訓練をした警察犬でもないのに、それでよくできるよねー?」
「あれは犬の習性とか、ごほうびをもらいたいって気持ちを利用するの。私はゴンちゃんの気持ちが見えるから、においを探す遊びとして楽しんでもらっているんだよ」
「性格にあわせての指導ね! 習いごとでもそれができる先生は大人気だったなぁ」
習いごとが多いリンちゃんは自分なりに考えて深くうなずく。
するとユートもあらためて感心していた。
「ヒナの特技はすごいよなぁ。それこそちゃんと使えば大地震の予言とかだってできるんじゃないか?」
「動物は大地震を何日か前に感じ取ってにげだしたり、さわいだりするって話?」
「そうそう。予言者になれちゃうんじゃないか?」
それはわかるかも。
けど、想像してみると私は少しだけふるえた。
「うーん。もしかしたらできるかもしれないけど、動物がみんな怯えていたりしたら私もこわいな……。なんというか、パニック映画みたいに思えちゃう」
「そういうときはまっさきに俺たちに相談すればいいんだよ。今までだって四人で協力して、なんでも解決してきただろ?」
私たちはそれぞれ特技がある。
たしかになんでもできちゃうかもしれない。
なにより、ドンと胸をたたいて任せろと主張するユートはたのもしかった。
「で、バンダナを探すエリアはしぼられているのか?」
「トモちゃんの家はこの辺りだから、風で飛ばされたりしていなければここから学校までの通学路にあると思うよ」
「僕なら落とし物はまず自分で探して歩くかなぁ。通学路にそのまま落ちているってことはないかもしれないよ?」
タクの言うとおりだ。
登下校で私たちもそんなものを見ていないし、わき道を探した方がいいかもしれない。
「そうだね。ゴンちゃん、このにおいのもとを探して!」
「うぉふっ!」
あとの予定もあるし、私たちはゴンちゃんの鼻をたよりに通学路を歩き始めた。
くんくんと鼻を鳴らしながら歩くゴンちゃんはそばを虫が飛んでも気が散っていない。バンダナ探しっていうゲームに夢中になっているのがわかる。
私の役目はこの熱中っぷりをどうにか維持すること。
たくさんの訓練できたえられた警察犬がやりとげる仕事を、私とゴンちゃんは遊びって形でなしとげるんだ!
「おっ。いいぞ、ゴン。もうにおいを見つけたのか、まっすぐ歩いてるな!」
ユートはゴンちゃんの足取りを見て笑った。
においを探すときは頭を下げて地面をかぐことも多いけど、今は先を見つめてる。
たぶん、夕方に私たちが料理のにおいをかぎつけたときといっしょだ。
少し足早に引っ張られるリードをにぎって、私たちはゴンちゃんについていった。
すると、急に左へ曲がって通学路からそれる。
やっぱり通学路から外れてたところに飛んでいったみたいだ。
「わんっ、わんっ!」
ゴンちゃんは民家のフェンスに飛びつき、鳴き始めた。
そこにはバンダナが結びつけてある。
たぶん、だれかが見つけやすいようにしてくれたんだろうね。
ユートはそれをほどいて取ってくれた。
「ヒナ、これでいいのか?」
「見覚えがあるし、あっていると思うよ。すぐに見つかってよかったね」
どう? ほめて! ほめて! と胸を張ってお座りするゴンちゃん。
ユートはおやつをあげて、私たちはなで回した。
それはゴンちゃんにとって期待したごほうびそのままだったようで、尻尾がいつもの倍くらいの速さでぶんぶんしている。
しまいには興奮して飛び跳ねたり、だきついてきたりし始めるくらい。
私たちみんなが顔をなめられたところでようやく落ち着いてくれた。
「じゃあこれで家に帰ってからアソビ館だな?」
「つきあってくれてありがとう。トモちゃんへの連絡も帰りながらで大丈夫だと思う」
ユートがゴンちゃんをつれてくる時間もあったし、下校する生徒はもういなくなっちゃった。
二組の生徒に目撃してもらって佐藤さんの誤解をとくのはムリそうだね。
私がひっそり息を吐いていると、リンちゃんとタクはなぐさめるみたいに肩をたたいてくれた。
「ありがとう、二人とも。じゃあタクが思いついてくれた案でいこっか」
ここはもうトモちゃんに助けてもらうしかない。
「ヒナちゃん待って。ほら、あっちを見て。佐藤ちゃんがいるよ」
「えっ、本当に!?」
携帯を取り出そうとしたとき、リンちゃんが前を指さした。
他人から聞くより、佐藤さんが直接見たほうがいいに決まってる。
「やっぱり人助けってするものだね。もしかすると神様が助けてくれたのかも」
「え。佐藤さんがどうかしたんだ?」
「ユートがわかってない女心の話だよ」
さっぱりわかっていない顔のユートはもう放っておく。
あのオシャレな佐藤さんはかチワワを散歩しているところだった。
飼っている動物までかわいらしくて、絵になりそう。
だけど、なぜか楽しげじゃない。佐藤さんはチワワを見つめて立ちつくしてる。
教室で私をたよってきたトモちゃんみたいに、泣き出しそうな顔だった。
「おーい、佐藤さん! どうしたんだよ。なにかあったのか?」
同じ六年二組として、ユートが最初に声をかけた。
ハッとした佐藤さんは目元をぬぐってこっちを見る。
私たちが四人でいるところをおどろいた様子で見つめて――それからさっきまでの気持ちがまたもどってきたみたいに暗くなる。
「その……散歩に出たんだけど、うちのマカロンが急に歩かなくなって。だっこして帰ろうとしたらキャンって鳴いて触らせてくれないし、こまっちゃって……」
だから動きようがなくて立ちつくしていたみたい。
ケガもないし、ハアハアと辛そうな息をしているわけでもない。
見かけは全部ふつうっぽいからこそ、ユートたちもなにがどうしたのかわからないみたいだった。
だから自然と私に視線が集まってくる。
佐藤さんもうわさを思い出したみたいに、私の顔を見つめてきた。
「ね、ねえ、桜庭さん! あなた、動物の気持ちがわかるんだよね? おねがい、マカロンのことを助けてくれない?」
誤解で私をにらんでいたくせに、こんなときだけたよるのはズルいとは思った。
でも、その気持ちはすぐになくなっちゃう。
私は動物の気持ちしか見えないわけじゃない。人も動物のうちだから、色は見える。
ただ、人は無理に笑ったりして気持ちと表情が食いちがうから色がぼやけてわからなくなることが多い。
でもね、今の佐藤さんは緑色。相手をすごく心配する色だった。
それくらいの気持ちを家族にむけられる子に、イジワルな仕返しなんてできないよ。
「ちょっと待っていてね」
私はゴンちゃんのリードをユートに返すと、マカロンちゃんの前でしゃがみこむ。
小型犬は好奇心たっぷりにこっちを見たり、こわがりだったりするんだけどこの子はふつう以上に私をこわがってる。
それだけでなにかがありそうだね。
どうしてなのか探るためにも、手を近づけてみる。
下手をすればかんできそうな目で見つめられるんだけど、頭から背中、足とかを触ろうとするふりだけして様子を観察してみる。
それで大体のことがわかった。
「この子、左足のヒザを痛がってるよ。私、ドリトル動物病院の先生に教えてもらったことがあるんだ。犬にもヒザの皿があって、小型犬はそれが外れて歩けなくなるくらい痛くなっちゃう子もいるんだって。それが原因かもしれないよ」
自分がいきなり嫌われたとか、痛いことをしてしまったんじゃない。
それらしいことがわかっただけで佐藤さんは気持ちが楽になったのかも。
さっきより目をうるませて、私の手を強くにぎってくる。
「桜庭さん、すごい。すごいよ。うん、わかった。お母さんに言ってすぐにマカロンを動物病院に連れていってみる。ありがとうねっ!」
佐藤さんはそう言って、びくびくしながらもマカロンちゃんをだきあげた。
キャンって強く鳴かれたけど、私の助言が背中を押したみたい。
優しくだっこしていればそれ以上は鳴かないから、ほっと息を吐いていた。
佐藤さんはそのまま帰ろうとしたけど、くるっとふり返って私の前に立つ。
「桜庭さん。意味がわからないかもしれないけど、その……さっきはごめんなさい!」
佐藤さんは深く頭を下げてから帰っていった。
事情を知っているリンちゃんとタクは私といっしょで、終わりよければ全てよしって顔をしている。
「こうやって私の特技が役に立ってくれると、気持ちが晴れ晴れするなぁ」
「リンは運動が得意だし、ユートはなんでもできるし。僕はみんながうらやましいなぁ」
「ええっ。タクは気配り上手だし、パソコンとかが得意でしょ!」
私は知ってる。
こうやって私の特技で出会う事件はみんなの特技で力を合わせて解決してきたから!
「ところで、ありがとうはわかるけど、さっきのごめんなさいってなんだったんだ?」
一人だけなにも知らないユートは首をかしげてる。
「……ユートはさ、本当に女心がわかっていないよね」
「なんだよ急にー!?」
罪作りなユートにはなにも教えてやらない。少しはなやんだほうがいいと思う。
私は突き放す気持ちで先を歩き始めるのでした。
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