第二門
湖付近にあるエーテル溜まりの一つ、目印となる大木の根元で座禅を組む。
午前中に旋風の練習と手合わせを終え、これから第二門の開門について説明を受ける。向かい合って座禅を組んだ華蓮が落ちていた枝を筆代わりに使い、地面に簡単な図式を書いた。
「第二門は臍の下付近にある仙骨、アストラル界と繋がりアストラルを流入させる。下級の魔法に用いられる
「貴族なら家庭教師を雇ったり、親が訓練して開くのですか?」
「そういう家もあるでしょうけど、生まれながらに開いている子も少なくない。黎人は閉まってるから、こじ開けるところから始めないとね」
「第一門みたいに少しでも開いていれば楽でしたが、こじ開けるとなると別の方法になりますよね」
「そうね。開け方にも色々とあるから、一般的な魔法使いの開け方から解説しましょう」
仙骨辺りに意識を向けても何も感じられず、0からのスタートだ。0から1、1から2だと大違いで、これまで以上に時間が掛かりそうだ。
華蓮が図式に魔法使いを書き加え、魔法使いが門を開ける方法について解説してくれる。
「一般的な魔法使いは魔法でエーテルを使い切り、エネルギーが空の状態にさせる。身体能力の低下、魔法を行使すると代償で生命力を支払う状態まで意図的に追い込むのよ」
「強引にアストラルを絞り出す荒療治……身体の負担が大きそうですね」
「ええ、その捉え方で正解よ。この方法だと魔法に特化した体質になるから、忘れていいわ」
魔法使いは自ら追い込むことで素の肉体を破壊し、魔法を使いやすい肉体に寄せる系統だろう。精霊術を扱える華蓮はエネルギー寄りの系統となり、魔法使いの開門方法は相性が悪い。
氣と心器にも悪影響がありそうなので、エネルギーが空になるまで消費するのはなるべく避けるべきか。
「次に偶然と素質に左右されるのだけど、高次元のエネルギーを使用した魔法を受ける。外部刺激により門が開いたと推測されているけど、事例が少なくて眉唾だから除外」
「まぁ、ですよね。運要素が強すぎます」
魔法に被弾し、偶然にも門が開いたといった事例は少数ながらあるらしいが実践しようとは思わない。
前述した二つの方法に線が引かれ、本題に移る。
「ここまでがどうでもいい方法で、これから話す二つの方法のうち、どちらかで開けましょう。一つが掛け合わせでアストラルを練り上げ、そのアストラルで働きかけて第二門を開ける。二つ目が私から黎人にアストラルを流し込み、第二門を開ける。黎人の手で開けるか、私が開けるかの違いよ」
「掛け合わせでお願いします。遅かれ早かれ掛け合わせを習得しないといけませんからね」
悩むまでもなく、掛け合わせ一択だ。華蓮の手を借りれば短時間で第二門を開けられるが、俺自身の手で開けねば意味がないという予感がある。
華蓮はまるで俺の答えを予め分かっていたように頷き、木の枝を投げた。
「そしたらエネルギー制御の練習から始めましょう。第一門を全開にしたのだから、ある程度は行えるでしょう?」
「量の調整しかできませんよ? それに生身の肉体ではなく、エーテル体での制御しかできません」
第一門は生身の肉体側からの働きかけではなく、エーテル体側からの働きかけで全開にした。なので俺が制御できるのは氣のみ、エーテルはただ体内を循環しているに過ぎない。
「エーテル界ではアストラルが存在できず、物質界でエネルギー制御を行わないと掛け合わせができない。黎人は取っ掛りがあるから、そう苦労しないわ」
華蓮が手の平を向けて、微風を送ってきた。魔法名すら定義されていない、微風を発生させる風属性の初歩魔法だ。
肉体の内側から脱力するような感覚、体内のエネルギーを
「微風を無詠唱で行えるようになるのが最初の目標ですか?」
「無詠唱は誰でもできるから、黎人にやってもらう練習はこれ。無属性初級魔法の『
華蓮と俺を仕切るように半透明の薄い壁が展開され、無属性初級魔法なので防御力は低そうだ。使い所は足場や仕切り代わりに用いるくらいか。
魔法の持続発動は継続的に
「無詠唱は誰でもできると言われても、風属性の初歩魔法を使ってから一度も魔法を使ってませんよ?」
「呪文を詠唱せずとも、黎人の想像力なら発動できるわ。試してみなさい」
「俺の想像力は高が知れると思いますが……『
瞼を閉じて肉体の内側から脱力するような感覚を想起させ、自身を覆う半透明の箱を思い描く。イメージと連動するようにエネルギーが
エネルギーを制御した実感がなく、
「ほら、無詠唱でも初級魔法の発動は難しくない。消費した
「
意識を向けただけで
エーテルという名の薪を乾燥させ、
ジワリジワリと変換された
「初回だからデコピンで砕けるでしょうけど、維持できてるから練習は続けられそうね」
「デコピンで砕けるとか、初級魔法にしても脆すぎでは? 足場にすらならないじゃないですか」
「全ての魔法が共通して回数を重ねるごとに属性練度と魔法練度が上がり、段々と性能が向上する。黎人は駆け出しどころか、赤ちゃんよ」
「寝ている間にも魔法を維持できれば、寝ながら練度を上げられるのですね」
「それが狙いよ。だから頑張りなさい」
寝ている間にも魔法の維持を行えれば、時間を一切無駄にせず修行に励める。ゲームでは効率を求める人間だったので、是が非でも意識外での魔法展開は習得せねばならない。
(魔法が練度によって強化されるのなら、氣や剣気等もそうなんだろうな。だとしたら、複数同時展開も一緒に練習しよう)
魔法は
けれども華蓮が設置したばかりの箱をデコピンし、粉々に砕け散った。
「どうして壊したんですか……」
「属性練度、魔法練度、性能、サイズによって
「あー……小さい方がエネルギーを無駄にせず、練度上げができますね」
手の平にサイコロサイズの
手持ち無沙汰なのでサイコロサイズの多重障壁を転がすが、集中力が余って暇すぎる。氣弾は常に意識内に留めていないと消滅してしまうが、魔法は意識外になっても消滅しないのだ。
(そうだ、
「何処に行くの?」
「距離と遮蔽物について調べようかと」
「―――探究心が旺盛で結構、私は用事があるから出掛けてくるわ」
華蓮が瞬きの合間に消え、一人で魔法の検証だ。
氣弾を箱の中に浮遊させ、一歩ずつ離れる。数メートルほど離れたところで氣弾が消滅し、数十メートル離れても
「よう、相棒。何してんだ?」
背後に気配もなくヴァンが立ち、肩を叩かれた。
「うわ! 何だ、ヴァンか……驚かさないでくれ、魔法の検証中だよ。出歩いて平気なのか?」
「ご覧の通り全快だ、心配には及ばないぜ。顔を見せなかったのは華蓮と相棒の邪魔をしないよう、ぶらついてたってのもあるがな」
歯を見せてニッと笑うヴァンはすっかり元通りで、火の精霊に焼かれて弱りきった面影は微塵もない。
「ごめん、俺のせいでヴァンにまで危害が及んでしまった」
「気にするな、相棒。その話はもう終わっただろ。それで今は何をやっているんだ? 魔法ならそれなりに詳しいから、力になるぞ」
「―――ありがとう」
ヴァンに背中を叩かれ、申し訳ない気持ちを拭い去る。
第二門を開ける為に生身の肉体でエネルギー制御の修行中だと歩きながら説明すると、ヴァンが
「無属性魔法か……精霊は自身の属性しか操れないから、相棒や華蓮が羨ましいもんだ。それでエネルギーの掛け合わせだったな、そんなの余裕だ」
「余裕って……まだエーテルを
「
「そう言うのなら、やってみよう」
座禅を組んで雑念を払い、集中力を高める。
体内のエーテルを混ぜ合わせようとしたが、循環速度が加速するばかりで混ざる気配がない。傍で様子を見ていたヴァンがエーテルの流れを感知し、助言をくれた。
「相棒、華蓮から第二門の場所は聞いてないか?」
「仙骨と言ってたな」
「第二門が閉じていようが、仙骨はアストラルに関わる機能を備えている。エーテルの掛け合わせは仙骨が要だ」
脊柱の最下部、骨盤の中心に位置する逆三角形の骨。意識を潜り込ませると第一門と経路が繋がっているが、エーテルが流入せずに空洞となっている。
エーテルを流し込み、グルグルとかき混ぜる。段々と仙骨が熱を帯び、長年使われずに眠っていた機能が働き始めた。
「その調子だ、相棒。後は流れに任せて、第二門を開くんだ」
「わかった」
知覚こそできないが体内のエーテルが減り、仙骨でアストラルを作り上げている。そしてアストラルが本来在るべき世界に戻ろうと、第二門の扉を叩く。
アストラルが手を象り、固く閉ざされた門扉の錆びた取っ手を握った。ギシリと幻聴が聞こえ、仙骨を中心に全身が軋む。
(開け、開け、開け!)
想いに後押しされたアストラルが第二門をこじ開け、そのまま第二門の世界に引きずり込まれた。
第一門のエーテル界は焔の世界であったが、第二門のアストラル界は太陽の日差しみたいな温もりを感じる橙色の世界だ。肉体も橙色の暖色に染まり、あまりの居心地の良さにその場で大の字に寝転がる。
(癒される……とても満たされている気分だ)
肉体と精神が健康であろうと、何かが足りないと思うことが多々あった。具体的に何が足りないのか、何を欲しているのかもわからないのに、漠然とした不足感を抱いていた。
不足感を埋め、それ以上に溢れる幸福感。俺は幸せなのだと、初めて自覚できた。元の世界の幸せな記憶が脳内で再生され、その中には母親の姿が多かった。
(元の世界でも幸せはあったのに……ごめん、母さん。母さんも幸せに生きて欲しい、俺には祈ることしかできない。ごめん、ごめん……)
手を合わせ、元の世界の母親が幸せであるように祈る。二度と同じ過ちを繰り返さないよう、俺は俺の道を探究せねばならない。
意識を生身の肉体に戻し、座禅を崩して立ち上がった。仙骨から、第二門から全身に駆け巡るアストラルが精神に変化を及ぼし、やる気が湧いてくる。
「第二門が開いたんだな?」
「ああ、ありがとう。お陰で第二門を開き、アストラル体でアストラル界を覗いてきた」
「明日、明後日は身体にアストラルを馴染ませるべきだ。相棒は認可が緩いから、第三門もすぐ開けるだろうがな」
「認可が緩い? どういう事だ?」
「―――おっと、失言だった。すまんが忘れてくれ、じゃあな」
「おい待て、認可って何だよ!」
ヴァンが逃げるように一陣の風となって立ち去り、疑問と共に残された。
認可、言葉の意味から推測するに門を開けるには誰かの許可が必要なのだろう。
「高次元への干渉を許可してくれる存在はイアぐらいしか思い浮かばないが、まさかな?」
イアに視線を合わせるつもりで虚空を見つめ、独り言を呟く。
一般的な魔法使いが門を開くまでに要する期間がどの程度なのか、知る由もない。だがしかし、俺のエネルギー制御から第二門を開門するまでの期間は異常な短さだろう。
(認可が緩い……俺だから優遇してるわけではなく、相応の理由があるからだろう。いずれ訊いてみよう)
絶対的な中立、公平公正な判断を下す高位次元の存在。親しい間柄であったとしても、その基準は揺るがない。
手を合わせ、腰から九十度に上半身を曲げる。高次元への干渉を許可し、力を持つ資格があると認めてくれているのだと今は解釈し、感謝の意を伝えた。
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