放出と応用―2

 華蓮との手合わせが日課に加わり、十日が経つ。氣弾の生成は苦もなく行えるようになったが、未だに武器の造形には至れていない。

 無駄を削ぎ落とし、華蓮を真似て最適化。多少は反撃できるようになったが、華蓮に一発お見舞いするのは霞を掴むようなものだ。当たったと思っても忽ち姿が掻き消え、常套手段での生半可な攻撃は通用しない。


「黎人、私に触れられないのは実力と技量とは別問題よ。自身に問い掛けなさい、真に視るべき相手は己自身だと悟りなさい。だけど忘れず、肉体と意識は手合わせに向けて。戦場において待ったは無し、非情で無慈悲な現実が待っている。このように!」


「ぐぅ……そんなの、言われなくても理解してますよ!」


 華蓮の足が腹部に突き刺さり、地面を転がるがこれも慣れた。転回よろしく地を手で押し、物理法則に抗うのではなく上手く利用することで消耗を抑える。

 華蓮との距離を詰め、乱打を打ち込む。されど思考は内側に潜り込み、得物を手に取れない理由は凡そながらに掴んでいた。


(俺に足りないもの、そんなの……頭では理解してても、意図的に箍を外すなんてできる訳がない)


 人間は学習によって常識と知恵を培い、理性という名の楔を鍛錬する。そうすることで良くも悪くも大人に成長し、社会の歯車となる。

 殺傷能力がある武器の所持は俺にとって非常識であり、理性によって押さえ付けられてしまう。仮に武器を握ったとしても、他者に振りかざそうだなんて正常な思考回路ならば考えられない。それこそ知人や友人、家族であれば尚更だ。

 だがしかし、地球ガイアだと地球での常識が非常識となる。人類共通の敵が身近に存在し、武器を携帯しようと咎められない。中には善良な人間を襲う輩もおり、そういった輩に対抗する手段にもなり得る。


(作れ、造れ、創れ。俺の武器を、華蓮さんに届きうる武器を―――)


 殴打に織り交ぜて氣弾を握り締めながら突き出すが、微かに変質して手の内で破裂した。反動で皮膚が切れようと、些細な傷は無視だ。

 刃物から鈍器、銃や弓といった武器を手当たり次第に造形しようと試みるが、成功せずに失敗。形状は若干ながら変化し、作用も多少の差異があるので技術の問題ではないが、肝心な何かが足りない。

 拳と拳がぶつかり合い、互いに動きが止まる。


「大人になると合理的な理由を並べて、あたかも正しいと思い込ませて論理的に解決する。黎人もそう、理性に縛られているから武器を造形できない。もっと己に素直になりなさい」


「う、ぉあ! く……は、は、は……」


 華蓮に手首を掴まれて引かれ、掌底が胸に叩き込まれる。強い衝撃によって肺が一時的に活動を停止し、呼吸しようにも空気を吸えない。

 心臓が早鐘を打ち、脈拍が加速する。動揺と焦りも合わさり、体温が急激に上昇していく。

 華蓮は手を緩めずに追撃を行い、息苦しさに耐えながら防御と回避に徹する。動けば動いた分だけ体内の酸素が消費され、四肢の先から動きが鈍くなっていく。


「黎人、貴方は何の為に武器を得ようとしているの? 私に一撃を与える為に始めたの? いいえ、違うでしょう。私個人としては仙人を目指してもらいたいけど、黎人には黎人の目標がある筈よ」


(俺の目標は―――)


 一度目の人生では生きる意味を見失い、閉塞感に満ちた世界で自堕落に生きた。何をやっても好転しないと、何をやっても無駄だと諦めて、下を向いて意味もなく延命を続けた。

 だがしかし、今生では冒険者として生きるべく修行に取り組んでいる。己らしく生きる為に、己の生き方を証明する為に、強く在らねばならないのだ。

 氣弾に手を伸ばし、腹の底から叫ぶ。


「―――おォォォォッッ!」


「まさか仙術を行使するだなんて、やるじゃない」


 華蓮に右手を突き出すと、氣弾に風の気質が混ざり旋風に昇華。激しい渦巻き状の風に華蓮が巻き込まれ、刃物で切り裂かれたように身が細切れにされると空気に溶けていった。

 何事も無かったように華蓮が頭上から現れ、仙術の感想を述べる。


「鎌鼬の仙術、初めての割にいい威力だったわ。ただ仙術ではなく武器の造形が目的だから、素直に喜べないわね」


「はぁ、はぁ……」


「今日もこれくらいにして、明日にしましょう。後は黎人の問題だから、私からは特にないわ」


「……はい、ありがとうございました」


 華蓮が家に帰り、一人残った俺は大きくため息を吐いた。


(仙術も重要だが、俺が欲してるのは武器だ。まだ足りない、俺が求める理想には程遠い。何が足りない、何が欠けている……)


 目的地を決めずに精霊の森を歩きながら自問するが、いくら質問攻めしようと望んだ回答は得られず、無限ループに嵌まる。

 それでも足は止まらない、止められない。探求心に突き動かされて進み、やがてグニャリと歪んだ境界を通り抜けた。視覚を誤認させる結界が張られていたらしく、内部に侵入するとこれまで目視できなかった少女の姿が顕となる。

 穢れなき白い短髪、固く閉じられた双眸。上下揃いの赤いジャージを着用し、低い身長と凹凸が少ない体躯が実年齢よりも幼い印象を与える。

 その手には半透明の剣が握られ、刹那の合間に数十の剣閃を生み出す。修練に修練を積み重ね、洗練された太刀筋だ。


(精霊の森に居るとなると、向こうも精霊術師。大方誰にも邪魔されたくないから此処を選んだのだろうが―――)


 少女は精霊術師ではなく、生粋の剣士だった。剣筋に一切の邪念は無く、素人である俺ですら目を奪われる程の技量である。

 数分、数十分が過ぎただろうか。得られる視覚情報の量が多く、随分と長く眺めていたように脳が錯覚する。何時しか少女は手を止めて虚ろな灰色の瞳で俺を見つめ、目が合うと近寄ってきた。


「……誰?」


「邪魔をしてごめん、君の剣に目が奪われていた通りすがりだよ。すぐに出て行く」


 踵を返して結界から出ようとしたが、少女が行く手を阻んだ。半透明の剣を構えており、迂闊な行動が命取りになりかねない。


「……私の心器しんき、視えるの?」


「まぁ、ぼんやりとしてるけど視えるよ」


「……有名な流派だから……知ってる人、多い。……でも、それだけで心器を視るのは難しい。何者?」


「俺は剣どころか、武器を握れない腰抜けだ。そんな奴なんて放っておいて、修行に戻ったらどう?」


 敵対の意思がないのを悟った少女は剣を下ろしたが、暫し思案した後に歩き出して手招きした。こっちに来いという意味なのだろうが、真意を読めないので警戒して後退る。


「……君なら、心器流を習得できる……教える」


「心器流? 俺に教えて得があるとは思えないが?」


「心器流は宮本家の血筋か、その他のひと握りの人にしか習得できない……君を見逃すのは、勿体ない……」


「勿体ない、か。それで教えてくれるのなら、ありがたく教えてもらおう」


 少女の表情が乏しいので真意を推し量れないが、有名な流派らしいので裏はないと踏む。

 少女が木の幹を蹴って高所にある手頃な枝を切り落とし、手渡してきたので受け取った。小さい頃に公園で振り回して遊んだものだが、何に使うつもりだろうか。


「それで……打ち合う……」


 少女が自身の胸に剣を押し当てると吸い込まれるように消え、代わりに木の枝を手に取り向かい合う形で構えた。

 濃密な空気が場を支配し、重石を乗せられたように肩が重くなる。少女の存在感が何倍にも膨れ上がり、闘気に押し潰されそうになって骨が軋む。


「何時でもいい、始めて……」


「―――ふぅッ!」


 恐怖を置き去りにしようと強く踏み込み、木の棒を力任せに振り下ろした。少女は木の棒の表面を滑らせるようにして受け流し、反撃を行わないので攻める。

 フェイントで惑わせたり、受け流しや防御を突破する搦手はなく、愚直な攻撃しか打てない。だというのに少女は回避せず、木の棒を用いて器用に受け続けた。

 数百回と打ち込んだところで、少女が一振り。強烈な衝撃が右腕を駆け抜け、痺れて握力が弱まった手から木の棒が離れた。


「心器流は己の心を武器として顕現させる流派……君は心器流でないと……ダメ……」


「まるで俺の心を読んだような口振りだが、尚更俺には不向きな流派じゃ……」


「誰にも迷惑を掛けず、自由に生きたい……だけどそれを許さない、気に食わないと邪魔する輩も居る……そういった輩を排除すると、マイナスを生み出すから……怖い……」


「…………」


 本心と恐怖の根源を見透かされて膝から崩れ落ち、四つん這いになって拳を握り締める。木の棒を打ち合わせただけでそこまで見抜くとは、完全敗北だ。

 俺は華蓮みたいに、自由に生きたい。外敵が手を出さない領域は遠く険しく、その過程において人間との衝突は免れないだろう。人類共通の敵を排除するのならば禍根を残さず解決できるが、人と人の争いでは必ず片方が損をしてしまい、禍根を残してしまう。

 負の円環から逃れられず、生きとし生けるものの運命なのか。だとしたら誰かにマイナスを押し付けてでも、その誰かを踏み越えてでも、その誰かを見て見ぬふりをしてでも自由を求めねばならないのか。

 はその象徴であり、怖くて恐くて遠ざかろうと内なる己は離れ、そのせいで造形が上手くいかなかったのだ。


「……結論は決まってる……覚悟ができないから、苦しんでる……君はそんな、優しくて臆病な人……」


「止めてくれ、それ以上は聞きたくない! 俺は優しくなんてない、臆病でどっちつかずの優柔不断な奴なんだ!」


「忘れてる……心器流は心を武器に、言い換えれば心で戦う……自身の胸に手を当てて、心の声に耳を傾けて……」


「俺は―――」


 胸に手を当てると熱気を帯び、心が叫びたがっている。心の奥底に閉じ込めていた想いが力に成りたいと、訴えているようだ。

 心の声に、自身の本心に耳を傾ける大人はどれだけ居るだろうか。教育の過程で忍耐力、協調性を学ぶと自身を二の次にしてしまい、心を疎かにしてしまいがちだ。

 そう、俺もその一人だ。自身の心の声に蓋を閉じ、父親あいつの悪影響も合わさり諦めるという形で生きる意味を見失ってしまった。

 華蓮が言っていた素直になるとは、心の声に耳を傾けることなのだ。仮面を剥がして真の己を表に出さねば、一貫して己を保てず途中で力尽きてしまう。凝り固まった理性と誤った常識の鎖を引き千切り、心の声を声高に代弁する。


「―――何ものにも束縛されず、俺は俺の道を探求する!!」


 奇跡チャンスに三度目は無く、己が己である為に、己が目指した理想を追い求めて二度目の人生を歩むのだ。

 敵を作る行為を避けても武力、財力、権力を用いて道を阻む者は敵と見做し、排除せねばならない。逆恨みなど恐るるに足らず、道理に反する行いを我慢して耐えるのは筋違いだ。

 武器を手に取る覚悟は十分、武器の造形、物質世界への適用が完了。俺だけの心器を掴み、此処に顕現させる。


「……私と同じ、剣の心器……」


 右手には直剣が収まり、心器流の第一歩を踏み出した影響で可視化されていた。

 柄頭に蒼く輝く宝玉が埋め込まれ、鍔から剣身にかけて細かな文字が彫られた白銀の直剣。扱いやすい適度な重量があり、先端は刺突も行える細さだ。

 少女も心器を顕現させ、見比べるように近付けた。


「私の心器より綺麗、羨ましい……」


(どうしてこの子の剣は刃の所々が欠けているんだ? 心器が心をそのまま映し出すとしたら、心の傷の表れなのか?)


 半透明であった少女の剣は俺の剣より剣身が多少短く、全体がくすんだ灰色だ。刃のあちこちが欠け、手入れを怠った剣という表現がしっくりくるような心器だった。

 持ち主である少女は感情が希薄で、何か大事な部分が欠けているように思える。その表れだとしたら、少女の剣はであろう。

 出会って間もない相手の心に土足で踏み込むほど無作法者ではなく、まずは礼を述べる。


「ありがとう、お陰で俺の得物が何なのかわかった。型はどうしたものか」


「型は……無い」


「ああ、そうか。心器は人によって違うから型を作れないのか。だとしたらさっき素振りで使っていた型は?」


「私だけの型、お祖父様の型を参考に……作った……」


 少女はついさっきまで反復練習していた型を再度実演しようと、剣を中段で構えた。特等席で見物しようと少し離れたが、待てども待てども型を使う気配がない。

 すると少女が小首を傾け、俺も一緒に首を傾げた。


「どうして……私の前に来ない……?」


「え、まさか直接受けろと言うのか!?」


「見るより、受けた方が吸収できる……私もお祖父様にそう教わった。大丈夫、力は抑える……」


「こっちだとスパルタ教育が当たり前なのか? 頼むから手加減してくれよ、俺は素人なんだ」


 少女と向かい合う形で立ち、心器を構える。幾分か心の余裕ができたらしく、少女から発せられるプレッシャーに気圧されなくなった。

 手加減があれど、剣の実力は本物。せめて合図をくれと言いかけたところで少女が心器を振り抜き、型の実演が始まる。


「『心器流壱の型・飛刃ヒジン』……斬撃を飛ばす技……」


 漫画や小説でありがちな、斬撃を飛ばす技だ。魔法陣が展開されず、氣を用いていないので魔法や仙術とは異なる原理だと推測できるが、呑気に分析している場合ではない。

 飛来した斬撃を心器で弾くと霧散し、安心する間もなく少女が畳み掛けてくる。飛刃ヒジンは牽制技らしく、気を取られている隙に詰め寄ってきたようだ。


「『心器流弐の型・廻月マワリヅキ』……斬り返し技……」


 切り返しだと扇形、または半月形になるというのに廻月マワリヅキ。その名の通り切り返しながら左足を軸に身体を回転させ、推力を殺さずに次の技へ繋げる。


「『心器流參の型・雷降衝刃ライコウショウハ』」


(いくら全力でなくとも、この技を真っ向から受けるのはマズイ!)


 推進力を加えた上段からの振り下ろしに落雷を幻視し、無策で受けるのは危険だと直感が告げた。

 心器を傾け、少女の心器を刃で滑らせる。素人なので完全に衝撃を流しきれずに両手が少しばかり痺れたものの、雷降衝刃ライコウショウハの軌道を逸らせた。

 剣が触れていないというのに、地面には斬撃の傷痕が刻まれる。威力と切れ味の鋭さを雄弁に語っており、直感を信じて正解だった。


「洒落になってないだろ、俺を殺す気か?」


「……君なら、平気だと思った……」


「結果論とも言える。無傷で済んで良かったが、本当に手加減していたのか怪しいものだ」


「…………」


 少女が無言で顔を俯かせ、表情は変わらずとも落ち込んでいるみたいだ。


(強く言い過ぎたか、我ながら大人げない。腕が立つが子供なんだ、疑って掛かるのはやめるべきだった)


 俺ならば対処できると踏んでの技であったが、人を死に至らしめる威力を伴った技だ。刺客に命を狙われたのもあって過敏になっており、少女を疑ってしまった。

 少女が刺客であれば心器流を伝授せず、とっくの昔に殺されている。


「ごめん、命を狙われたことがあって疑ってしまった。敵と味方の区別くらいつけるべきだよな」


「……私も、ごめん。でも君を傷付けようだなんて、思ってない……」


「ああ、わかってる。しかし……飛刃ヒジンは魔法の類ではなかったし、雷降衝刃ライコウショウハも落雷が迫っているように見えた。どうなっているんだ?」


「私が使える魔法は初級の身体強化のみ、魔法じゃない……飛刃ヒジンは剣気を束ねて斬撃を飛ばし、雷降衝刃ライコウショウハも心器に収束した剣気が雷に見えただけ……」


(剣気? 氣の亜種みたいなものか? だとしたら俺にも使えるのだろうか)


 心器に意識を集中させて探ってみると、氣と似て非なるエネルギーが感じられる。少女の心器を受けた部分から強く感じられ、剣気は斬撃を放ったり、相手からの攻撃を受けると生じるのだろう。

 氣と同じ手順で剣気を操り、斬撃として形成しようとしたが制御できないどころか掴めない。


「……もしかして、剣気を操ろうとした?」


「一応、似たような力の修行を受けていて、やれるかなーと思ったんだ。勝手が違うから無理だったが」


「……剣気は剣と合わせて使う、こう……」


 少女が心器を振ると、軌道上にあった精霊樹の幹に一筋の線が刻まれた。つまり剣気は剣を主軸に扱うエネルギーであって、剣無しでは干渉できないのだ。

 心器に溜まった剣気を刀身の全体に行き渡らせ、振るうと同時に刃の形状となった斬撃が射出されるイメージを行う。すると斬撃が飛び、精霊樹に命中して浅い切り傷を作った。


「……この調子で頑張って……教えることも教えたから、私は帰る……」


 用が済んだからと、少女は心器を心に戻して去って行く。再度感謝の言葉を述べて別れようと思ったが、その背中を呼び止めていた。


「待ってくれ、せめて名前だけでも教えてくれ。俺は宮内黎人、君は?」


「……麗奈れな……」


「ありがとう、麗奈。また会う機会があったら、他の型も見せてくれ」


「わかった」


 麗奈が見せてくれた型は三つだが、剣の腕前から察するにまだまだある。守れるかどうかもわからない約束を終え、俺も帰宅した。

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