第2話 審理の時

「ーー大丈夫か?」

そう問いかける声に気がついて、俺は目を開けた。

「ーーここは?」

ぼんやりとあたりを見渡して呟いた。

「ーーここはどこだ?」

ようやくの思いで、その言葉を吐き出すと、横には見知らぬ男が座っていた。

ぼんやりしていたからだろうか?さっきまでは見えなかったのに、、。

「ここは一体どこなんだろうな?少なくても、今まで生きていた世界ではなさそうだ」

黙って俺もそれに同意する。


石畳の道。

それ以外のものは学校を思わせる白い壁の建物が見えるだけで、その他の目印は何もない。俺は足元に小さな花が一輪咲いているのに気がついた。


「そう言えば、まだ自己紹介してなかったね。僕は鈴木大介、、よろしく」

さっきまで「大丈夫か?」と声をかけていてくれたのは、おそらく彼だろう。


「俺は山崎拓海、よろしくな」

二人は手を繋ぎあった。


そんな話をしていると、ひげ面の老人が目の前に現れ、いきなり名刺を渡された。

名刺には「案内人」とだけ書かれている。


「私はこの世界の案内をしております。あなた方が行くべき場所へとご案内します。ーーと言っても、あなた方が行く場所は、あの建物ですけどね」


案内人が指を指している方を見ると、その向こうには白い大きな建物が立っている。

ひげ面の男についていくと、まるで学校を思わせる白い大きな建物に到着した。

だいぶ歩いた気がしたが、以外に遠く離れてはいなかったようだ。それほど疲れてはいない。


建物の入り口。

ドアを開けた。案内人が先に歩きながら、この世界でのルールを話始める。

ーー簡単にこの世界の事を話します。

「はい」

思わずそう答えたのは、大介だ。


ーーここではあなた方の「命」をかけた裁判を行います。


「命ですか?」

大介は青ざめた顔をしている。


ーーこの世界の中で一番大切な決まりは、ウソをつかないと言う事です。小さな事のように思いますが、それが一番、大きく判決に直結してしまうので、、。


そこまで言ったところで、案内人は突然足を止めた。隣には204と大きく記された部屋が合った。

振り返ると「大介さまはこちらです」とこの部屋に入るように促す。

大介はついに一人になってしまった、、。



残されたのは拓海と案内人だ。

「拓海さまーー改めてお伝えしますが、くれぐれも嘘だけはつきませぬよう、お気をつけ下さい」


なぜか案内人は、再び同じ言葉を繰り返す。

案内人は口元だけを少し緩めた。

彼はこの顔でニヤリと笑って見せたつもりなのだろうか?

俺は思わず、背筋が凍るような思いがした。

なぜなら、案内人の瞳は笑っていなかったからーーただの薄気味の悪い顔だ。


404と書かれた部屋の前、案内人は薄気味の悪い顔をしたまま、振り返ると言った。

「ここが拓海さまの行くべき場所になります」と。

案内人は拓海にその部屋に入るように言う。

多分、裁判ともなれば、多くの人がいるんだろう。

恐る恐る拓海はそのドアを開ける。


室内に入ると俺は目を疑った。思ってたのと全然違っていたからだ。「裁判」をする場所だと聞いているのに、そこには人1人いなかったのだからーー。



扉を開けると裁判のドラマで見るような風景が目の前に広がっていた。

長目の机が置かれ、その真向かいに小さな机。この小さい方の机が、いわゆる証言台なのだろう。


ーーこれが裁判?こんなの楽勝だ!


小さな机に立ち、真っ正面の長い机を見て、証言台の上を見ると、そこには置き手紙のように束ねられた紙の束ーーそこにはこう書かれている。


「生死裁判、受け付けにあたって、、」

次のページを見てみる。

「生死裁判、、受ける者の没日。なぜここにいるか?を記入しなさい」と書かれている。

拓海はペンをとり、それを記入した。


山崎拓海。

19××、3月。

交通事故。


次のページに進む。

ーーこの世界ではウソをついては行けない。

この世界に来てから口説いようにその言葉を聞いている。ここでは相当大切な決まりなんだろう。

ページをめくる。

ーーあなたにとって大切なモノはなんですか?


裁判を受けた事もないが、こんな誰もいない裁判は初めてだ。

少し心細くなってきた。

大切なモノの記入欄に「人との繋がり」と記入する。

改めてこれまでのような人との繋がりが欲しいと心から思った。

ページをめくる。


ーー今後あなたはどうしたいですか?

ページをめくると、白紙の紙がある。おそらく拓海自身の答えを書けと言う事なんだろう。随分と迷った挙げ句、拓海は書く。

「生きていきたい」と。


ーーあなたにとっての未来は、光ですか?それとも?

「闇ですーーでも生きていたい。人と繋がっていたいから。」


ーー最後の質問です。

あなたにとっての罪は何ですか?


その質問に拓海は答える事が出来なかった。なぜなら罪がありすぎるから。


またしてもタイミングを図ったように、あの案内人が顔を覗かせた。

「山崎拓海さん、あなたにとっての罪を答えない限り、裁判は終われませんよ?」

そう言い残して、案内人は部屋から出ていった。



ーー大介。


その頃、先程まで眠っていた大介は、204と記された部屋で挙動不審な様子を見せる。

落ち着かないのだろうか?

「裁判とは?」

ウロウロと歩きながら、考えてみるがよく分からない。

一体これから何が始まるのだろうか?

証言台に向かい、深呼吸を三回繰り返して、大介はようやく気持ちを落ち着けた。

正面の長い方の机には、先程の自称案内人が立っている。


ーー宣誓書を読み上げてください。


そこにある紙の束の一番上に、宣誓書と書かれた紙がある。それを読み上げる事から始まるようだ。

なるべく呼吸を落ち着けてから、大介は空を仰ぐように手を上げた。


ーー宣誓書、私はこの裁判の中で、ウソをつかない事を誓います。

そのフレーズを読み上げた。


次に氏名と生年月日、ここにきた原因をのべなさい、と案内人が言う。


鈴木大介。

19××10月3日。

過労死。


ーーあなたにとって大切なモノはなんですか?人でもモノでも構いません。

老人は捕捉した。

「大切なのは恋人です」

ーーそれでは今後あなたはどうしたいですか?

「今までの世界に戻り、彼女とまた暮らし、、たい」

言葉が途切れる。

それと同時に涙が溢れてきた。


ーーあなたにとって未来は光ですか?それとも闇ですか?

その問いに大介はすかさず答えた。ーー私にとっての未来は、光です。


ーー最後に一つ、確認します。あなたにとっての罪は何ですか?


「わかりません。少なくても刑罰を受けるような罪はないと想います」


案内人がニッコリ微笑むと言った。

ーーここでの裁判はこれで終わりです。判決が出るまで現世の時間で二時間ほどお待ちください。

ここではとてもゆっくりとした時間が流れているように感じられた。案内人に呼ばれるまで、大介は座って待つ事にした。



ーー拓海。


一方その頃。

拓海はウロウロと落ち着かない様子だった。

ーー罪を正直に書くか?ごまかすか?

しばらくの時間が経過して、現世世界のまるまる一日をかけて、ようやくその答えが決まったようだ。


白紙になっている質問に目を通す。


ーーあなたにとって罪は何ですか?


ペンをとり、白紙のページへと進むと拓海は、短く記入する。

「私に罪と呼べるものはありません」

タイミングを図ったように、ドアが開くと案内人が顔を覗かせた。


ーー拓海さん、あなたの裁判はこれで終わります。そこでしばらくお待ちください。

そう言い残して、案内人は部屋から出ていった。

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