おっさん野球帽

彼の名前はおっさん野球帽。

野球帽を被ったおっさんである。

長渕剛の大ファンで彼に憧れて仕事中もずっと似合わないサングラスを掛けている。

親戚のおじさんが経営するコールセンターでクレーム処理の仕事をしている。

短気な性格が災いし、いつもクレームを言って来た客を怒らせ口論となるので、一度もクレームを処理した事が無い。

悪気無く思った事をすぐに口にしてしまうので、周りの人間を怒らせる事が多い。

酒とギャンブルが大好きで仕事中も飲酒を欠かした事が無い。

最近、ハゲて来た事を気にしており、ハゲいじりに対しては激昂し暴力に訴える。



今日は仕事が休みで天気が良いので、近所の公園で遊ぶ事にした。

おっさん野球帽のお気に入りの遊具は滑り台で、これだけは誰にも譲れなかった。


公園に到着すると、既に家族連れで溢れていた。

子供の居ないおっさん野球帽は、その様子を眺めて感慨に耽けていた。

「微笑ましい光景だ。いつか子供が出来たら、この公園で我が子を抱き抱えて一緒に滑り台を滑りたいものだ。」

そう言って訪れる筈も無い未来に思いを馳せている時も、滑り台を早く滑りたい衝動でウズウズしていた。


待望の滑り台の前に着いた時、おっさん野球帽は愕然とした。

「何だ!この長蛇の列は!」

滑り台には行列の出来るラーメン屋さながら、30人以上の子供達が列をなして並んでいたのだ。

おっさん野球帽は昔から列に並ぶ事が大嫌いであった。

鬼の形相で列の先頭に割り込み、子供を押し退け滑ろうとした。


「おじさん、割り込みはいけないんだよ。」

「そうだ!そうだ!」

「パパもママもみんな言ってるよ。」

子供達が一致団結し、おっさん野球帽を激しく非難した。

これに憤慨したおっさん野球帽は、普通の鬼を越えた、ボス鬼の形相で怒鳴った。

「滑り台の順番は年功序列だ!悪ガキ共!よく覚えとけ!」

おっさん野球帽は、日頃から自分に甘く、年下や居酒屋の店員、女子供に対しては強気で横柄だが、強そうな人や権力者には媚び諂う人間性を持っていた。

それに加え、説教されるのは嫌だが説教をするのは大好きであった。

子供達はおっさん野球帽に圧倒され泣き始めた。

子供達の泣き顔を見て優越感を感じたおっさん野球帽は上機嫌になり、一仕事終えて満足感たっぷりの様子で滑り台を滑り始めた。

「この滑り台はいつ滑っても全く飽きが来ないな。」

「今日は目標10回滑るか。」


子供達の泣き声を聞きつけて親達が駆け寄って来た。

「一体何があったんだ?」

おっさん野球帽は身の危険をいち早く察知し、子供達に交じって一緒にワンワン泣き始めた。

子供達が大人に何か言おうとすると、恐ろしい顔で睨み付けるので、子供達はその恐怖で言葉を発する事が出来なかった。


無事に、子供達の口封じに成功したおっさん野球帽は、今度は少し離れた砂場で遊ぶ事にした。

砂場に行く途中でニンテンドーDSで遊んでいる子供達を発見した。

おっさん野球帽は滑り台の次にニンテンドーDSが大好きだった。

「それ面白そうだな。お兄さんにもちょっとやらせてくれ。」

「やなこった~、べー」

この瞬間、おっさん野球帽の怒りはゼロコンマのスピードで沸点に達した。

「おぇっ!」

子供が呻き声を上げた。

考えるよりも先に手が出て子供の脇腹を思い切り殴りつけてしまったのだ。

「またやってしまった。」

子供は苦悶の表情で倒れんだ。

その一部始終を目撃していた母親が慌てて駆け寄り、子供を抱き抱えおっさん野球帽を睨み付けた。

「うちの子に何て事するんですか!」

おっさん野球帽は、女性に対してはめっぽう強気な態度を取れるので、全く怯む様子が無かった。

「このガキが大人に対しての言葉遣いがなってないから、俺が嫌われ役のカミナリおやじの役を買って出てやったんだ!

そもそも、あんたの育て方が悪いからこんな生意気なガキに育ったんだ!

感謝はされても文句を言われる筋合いは無い!」

おっさん野球帽は自分の正当性を主張し、物凄い剣幕で母親を怒鳴りつけたので、母親は恐怖で思わず泣き出してしまった。

今日二回目の優越感を得ておっさん野球帽は、今日家に帰って飲む酒が益々美味くなるとご満悦だった。


そこへ、少し遅れて子供の父親が現れた。

子供の父親は格闘家さながらの逞しい肉体をしていた。

おっさん野球帽はさっきまでの威勢の良さは鳴りを潜め、蛇に睨まれた蛙の様な状態になってしまっていた。

「俺の嫁と息子を、よくも泣かしてくれたな!しっかり歯食い縛れ!」

父親がボウリング玉の様な大きな拳を振り上げた。

おっさん野球帽は覚悟を決めてそっと瞳を閉じた。

そして、殴られた後に傷付かないで済む様に、心の中でそっと大好きな長渕剛の"ろくなもんじゃねえ"を歌い自分を勇気付けたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る