第59話 初めての罠(ティア視点)

 試験に合格して第十階層までの探索が許された私たちは、さっそく次の日からダンジョンに潜った。


 師匠は休まないのかとあきれていたが、試験の疲れも一晩眠って十分に回復したし、早く取りかかりたかったのだ。課題を終えれば、きっとまた師匠は褒めてくれるだろう。二人もたぶん同じ気持ちだ。


 課題はフロアの地図作りで、フロアごとにそれぞれ誰か一人の地図でいいと師匠は言っていたが、三人で相談して、全員分作ることにした。


 作ってみないと、誰のフロアが一番効率がいいかわからないからだ。


 課題は地図を作ることだが、それ自体が目的なのではない。さらに先の階層に進むのに必要だから作るのだ。それなら、三人のうちのどのフロアがいいのか把握するべきだろう。


 時間は三倍かかる。それでも、今後のことを考えればこの方がいいはず。


 だが――。


「三人分描くって決めたはいいけど、これ結構きついわね」


 第八階層に降りた所でレナが弱音を吐いた。


 試験の時にあれだけ短時間で攻略できたのは、師匠の地図があったからこそ。


 何の情報もないフロアの攻略は、体力的にも精神的にも消耗が激しい。


 休憩部屋の場所が不明だから予定が立てられず、全部屋を回るルートが不明だから何度も同じ場所を通ることになる。


 それに加えて、第六階層からは罠があるため気が抜けない。


 第十階層までの師匠のフロアには罠がなかった。第十一階層は多いんだけどな、と笑っていた。


 だから私たちは、まだダンジョンで罠に出くわしたことがない。


 第十階層までは罠は滅多にないそうだが、それでも完全にゼロではない。私たちのフロアにないとは限らない。


 当然、歩みは慎重になる。


 初回はレナの第六階層の地図を作るのに何日もかかり、第七階層に降りてすぐの所で物資が尽きて断念。


 二回目は私の第六階層の地図を作るのにやっぱり何日もかかり、レナの第七階層を少し進めた所で断念。


 三回目はシェスの第六階層の地図を作るのにもちろん何日もかかり、描き上がらずに断念。


 四回目でシェスの第六階層の地図を作り終えて、レナの第七階層をまた少し進めた所で断念。


 五回目の今は、一番効率がいいと判明した私の第六階層を通り、レナの第七階層の地図を作り終えた。


 しかし物資も残り少ない。レナの第七階層の休憩部屋は下りの階段から離れているため、このフロアの休憩部屋が見つかるまでは、そこまでの往復にも時間がとられる。


「案内人の偉大さがわかりますわね」

「ろくに案内もしないクロトが失業しないのもうなずけるわ」

「他の案内人の方はどんな様子なんでしょうね」

「クロトよりはマシなのは確かね。最初のあの変態を除けば」


 最初のあの変態――クロトに会わなかったら、私たちはあいつに依頼していただろう。先日試験前に会った時もそうだったが、嫌な感じのするオスだ。


 と、突然尻尾の毛がちりっとした。


「……ストップ!」


 腕を横に伸ばし、後ろからついてきている二人を制する。


「どうしたの?」

「……嫌な感じ」

「モンスターですか?」

「……わからない」


 この先に行くのは良くないという予感がする。


「罠でしょうか」

「……かも」

「魔法にする? アイテムにする?」

「魔法にしましょう。まだ魔力は十分にあります」

「じゃあお願い」


 シェスが見破りトラップ・ディテクターの呪文を唱え始める。


 難しい白魔法だが、ダンジョン攻略には必須の魔法の一つで、冒険者学校では必ず習う。私は途中から魔法使いに転向したのもあって、卒業までに習得することはできなかったが、シェスは同級生の中でも習得が早かった。


 罠を見破るアイテムもあり、師匠の教えに従って私たちも持って来ているが、使い切りのアイテムとは違って、魔力は時間が経てば回復する。物資の補充ができないダンジョン内では、やはり魔法の方が使い勝手が良い。


 アイテムだと周囲の狭い範囲しか検知できないのに対して、魔法であれば込める魔力次第で理論上はいくらでも範囲を広げられるのも利点だ。


 シェスが呪文を唱え終わった。


「トラップ・ディテクター」


 杖の先に黄色い光が生まれ、それがぶわりと膨らむと、ぱちんと弾けた。同時に弱い衝撃波のようなものが体に当たり、後ろへと突き抜けていく。


「あそこ、光ってるわ。床と壁」


 レナが指差したのは前方の床とその横の壁だ。ぼんやりと黄色く光っている。


 近づいて目を凝らすが、何の変哲も無い床と壁に見える。


「見た目からはわかりませんね」

「でも近づくと嫌な感じがするような気がするようなしないような……」

「……する」


 すぐ目の前まで近づけば、私にははっきりとわかった。


「全然全く何も感じませんわ」

「……感覚強化」


 私は獣人だから感覚には鋭い。レナもオーラで身体強化しているから感覚が鋭敏になっているのだろう。ならば、シェスも魔法で強化すればわかるのかもしれない。


「やってみます」


 今度はシェスが感覚強化の魔法を唱えた。


 自分に魔法をかけて、近づいたり離れたりする。


「わかるような、わからないような……」

「ここにあるって知ってるからそんな気がするけど、普通にしていたら気づかないと思うわ。ティアの感覚が頼りね」

「ティアさんにお任せしましょう」

「……わかった」


 私が見つけて、シェスが魔法で確認するのが一番よさそうだ。

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