第16話 シルバーへの挑戦

 第十階層なら次の日からでも間に合うから翌日からにしようと言ったのだが、前回それでギリギリだったと言われてしまった。


 依頼人にそう言われてしまったら従うほかない。なんせ二倍支払う上客だ。


 さすがに昼飯は食わせろと主張して、午後一番でダンジョンに潜ることになった。





 俺がダンジョンの扉を開けて、第一階層に入る。


 レナたちは、初回の緊張感を忘れることなく、慎重に階段を降りて最初の部屋に入った。


 地図を渡そうとすると、レナが背負っている荷物から地図を出してきた。


「前にもらった地図を持ってきたわ」

「前回、地図をお返しせずに持ち帰ってしまったのですが、よかったのでしょうか? 秘密なのではありませんか?」

「描くのが面倒だから回収するようにはしているが、秘密というわけじゃない。どのみち俺が同行しなけりゃ意味ないからな」

「……確かに」


 俺が扉を開けなければ、地図通りのフロアにはならない。


 地図は冒険者ギルドにも登録してある。冒険者たちは手数料を払えばそれを閲覧することができ、自分たちの目的に有利な案内人を選べるようになっている。


 昨日までの依頼もそれで指名が来た。


「ルートは前と同じでいいわよね」

「……うん」


 レナとティアが地図を確かめている間、部屋の出口を見張りながらシェスが話しかけてきた。


「助かりました。わたくしたちだけでも来てみたのですが、マッピングに時間がかかってしまって」

「こりゃ酷いな」


 シェスが見せてきたものは、地図とは言えない代物しろものだった。


 四角が線で結ばれているのだが、四角の位置がてんでバラバラで、線が交差しまくっている


「部屋と部屋がどう繋がってるかがわかればいいのよっ!」


 レナが顔を赤くしていて叫んできた所を見ると、描いたのはレナなのだろう。まあ、シェスは地図も読めないくらいだからな。


「三人とも複雑な構造で、なんとか階段にたどり着けたのも第三階層まででした」

「だろうな」

「……案内人はすごい」


 ティアが見上げてきた。


「そうだろう、そうだろう」


 俺は腕を組んでうんうん、とうなずく。


 距離感や方向感覚が優れていたとしても、広いフロアを全て地図に描き起こすには結構な労力を要する。


 モンスターの警戒をしつつ全ての部屋を回らなくてはならないし、通路や部屋の見た目はそっくり。下層で出現したりしなかったりする罠や宝箱は、数をこなさなければ位置を知ることはできない。


 ダンジョン内に住み着いてでもいない限り、自分のフロアの把握において、案内人にまさる者はいないのだ。


 自分のフロアの地図さえ作ってしまえば案内人は不要だと考える冒険者も少なくないが、それが通用するのも第十階層突破シルバーまでだ。


 以降は地図を作るのもままならず、結局案内人の元に戻ってくることになる。そして、案内があった方が安全で稼ぎもいいことを思い知るのだ。


 でなければ案内人なんて職業が成り立つわけがない。

 

「俺からも質問があるんだが」

「なんですか?」

「なんで俺に依頼してきたんだ? 相場よりも高いのは知ってただろ? なのにさらに出すって。手の空いている案内人は他にもいると受付でも言われてたよな」

「一度依頼したことがある人の方がいいからに決まってるでしょ?」

「……信用できる」


 それだけであんなに出すもんか?


「モンスター退治も請け負ってる案内人もいるぞ」

「それでは意味がないんです。わたくしたちの力で突破しなければ」

「そういうものか」


 ただ案内人についていくだけの方が楽だろうに。貴族の中には、そうやってはくだけつける奴もいる。それも俺よりも安い金額で。


 まあ、冒険者学校を出るくらいだ。これから冒険者としてやっていくのなら、肩書だけあっても意味がないのは、シェスの言う通りだった。


 話している間にルートの確認が終わり、レナが出発の号令をかけた。


 俺と来る第一階層は三回目で、三人だけでも何度か挑戦したようなのにも関わらず、やはり三人は油断せずに確実に安全を見極めて進んでいった。


 三人の実力なら、スライムはもちろんのこと、近距離攻撃のゴブリンくらいならそこまでの警戒は不要だと思ったが、口には出さなかった。


 下手に自信を持たれるのと、それはそれで油断に繋がるからだ。


 それでも、前二回に比べれば速度は格段に出ている。警戒すべき所とそうでない所の見極めができてきているのだ。


 例えば通路の先が直角に曲がっているのなら、そこまでは素早く動いても問題ない。その曲がり角から敵が来ないかどうかだけ気にしていればいいのだ。


 逆に、まだ入っていない部屋に入る時や、挟み撃ちにされそうな構造の所では気をつけなければならない。


 頭で考えれば当たり前のことだが、その強弱はダンジョンの中で実践しないと身につかない。


 先導しているレナのバランス感覚がいいのだろう。リーダー向きだ。


 レナは部屋に入るたびに地図を出して確認していた。


「地図、ずっと持ってたんだろ。覚えなかったのか?」

「あんたのフロアを覚えちゃったら、自分のフロアを覚える邪魔になるでしょ」

「よくわかってるな」

「ばっ、バカにしないでよねっ! そんなの、ちょっと考えたらわかるでしょっ。毎回あんたと潜るわけじゃないんだしっ!」


 少し褒めただけなのに、レナが猛烈な勢いで言い返してきた。


 馬鹿にしたつもりはないんだけどな。


 事実、案内人のフロアを覚えてしまい、自分のフロアが頭に入らずに苦労する初級者は結構いる。


「マッピングを手伝って下さる案内人の方もいらっしゃるとお聞きしました」

「ああ、いるぞ。一緒に回って地図を描く。だいぶ値が張るけどな」

「どうせあんたはやんないんでしょ」

「やるわけないだろ」


 俺のフロアに依存してくれればくれるほど依頼が増えるのだから、わざわざ手助けなんてするものか。


 第一、他人のフロアの探索なんて面倒だ。自分のだけでも面倒だってのに。


「地図は自分で描いてこそだ。冒険者ならそのくらいはしないとな」

「……嘘」

「どうせ依頼が減るからとか、面倒くさいからって理由でしょ」


 バレたか。


「クロトさんは第十五階層までの案内をされているそうですが、それより下の地図はお持ちではないのですか?」

「第二十階層まではある」

「へぇ……。なんでそこまで行ってて第二十階層踏破者ゴールドじゃないのよ」


 なんでって言われてもなぁ……。


「お前、簡単に言うけどな、第二十階層のボスを倒すってのはとんでもないことなんだぞ」

「でも、到達してる人はたくさんいるし、その先を案内してくれる案内人もいるんでしょ? 第二十一階層のフロアだけ踏ませてもらえればいいじゃない」

「普通に生活してりゃ、第二十階層突破者ゴールドの称号なんて必要ないんだよ」

「……意味ない」

「そうですわよね。称号だけあっても実力が伴わなければ意味はありませんわ。だからわたくしたちも、こうして自分たちの力で進んでいるわけですし」

「それは、そうだけど……」


 レナは釈然としないという顔をしていたが、話はそこで終わった。

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