第14話 ブラックの卒業

「なんでそんなに堅いのよっ!」


 レナがゴブリンロードに向かって叫んだ。


 そりゃあ、ボスだからだろ。


「ていうかあんた、見てるだけじゃなくて少しは手伝ったら!?」

「契約外」

「~~~~!!」

「代わりにいいことを教えてやろう」

「何よっ!」

「そいつがつけてるのはすね当てで、後ろは生身だ」

「なっ!? 早く言いなさいよ!」


 いや、気づけよ。観察は戦闘において基本中の基本だろう。


「何でもかんでも俺に教えてもらえると思うなよ」

「あんた案内人でしょ!?」


 ゴブリンロードの顔にファイア・ボールが続けざまに三発当たる。


 レナが床を蹴った。


 足からのスライディングでゴブリンロードの足の間を抜け、背後へと回る。


 そして、すかさずゴブリンロードのふくらはぎに剣を突き刺した。


 悲鳴を上げて膝をつくゴブリンロード。


「やった!」


 喜んだのもつかの間、体をひねって振られた盾が、レナに直撃した。がしゃんと壁にぶち当たる。


「レナさん!」


 シェスがそれまでの詠唱をキャンセルして、回復魔法を唱え始める。


「だい、じょう、ぶ……」


 レナが頭を押さえながら立ち上がった。頭から血が流れていた。脳震盪のうしんとうを起こして一発で気絶しなかったのは、防御力強化の補助魔法のおかげだろう。


 レナの足元は覚束おぼつかなかったが、ゴブリンロードは片足を負傷していて膝をついているため、追撃してこない。


 その間に、シェスが回復魔法を放ち、レナの傷を癒やした。

  

 しかし、回復しているのはゴブリンロードも同じだった。ふくらはぎの傷から白い蒸気のような物が上がっている。


 レナがこの好機を逃すまいとゴブリンロードに迫る。


 跳び上がって縦に振り下ろした両手剣は盾で防がれ、レナは床に着地した。


 と同時に走る。


 振られた剣をかいくぐり、ゴブリンロードのふところに飛び込んだ。


 ゴブリンロードの膝を足場に跳び、眼前へ。


「でやぁぁぁぁぁぁ!」


 大きく振りかぶった両手剣は、しかしゴブリンロードの両腕によって防がれてしまう。


 首の代わりに盾を持つ腕を斬り離し、反対の腕の途中でレナの渾身の一撃は止まった。


 飛んでいった手が黒い霧となって消え、盾だけが派手な音を立てて床に落ちる。すぐに切り口から白い煙が出てくる。


「もう少しだったのに……!」


 距離をとって悔しそうにこぼすレナ。


 だが悪くない。もう少し速ければ首にダメージを与えられたし、剣や盾で防がせず、傷を負わせることができた。これでしばらく盾は使えない。


 代わりに脚が完治し、ゴブリンロードが立ち上がる。


「だからでかすぎだってーのっ!」


 レナがまた走る。


 その後ろからシェスが防御力強化をかけた。


 さっきから防御力強化ばかりだな。レナは攻撃をほとんど食らってないんだから、防御よりも攻撃力強化の方がいいんじゃないか? まあ、前衛のレナが崩れたら最後ってのはあるんだが。


 ゴブリンロードの目の前まできたレナは、膝を曲げて高く跳躍……すると見せかけて、斜め前に跳んだ。


 横ぎにされた剣が空を切る。


「もっかい沈めっ!」


 レナが再びふくらはぎを斬りつけた。


 ガキンッと音がしたが、防がれた訳ではない。脚を両断し、すね当ての裏に刃が当たった音だった。


 ゴブリンロードがどすんと尻もちをつく。


 そこへファイア・アローが追い討ちをかけた。


 剣の腹で顔を守るのに精一杯で、背後にいるレナへの意識がおろそかになる。


 瞬間、レナの体のオーラが一段と強くなった。これを好機と見て全力を出したのだ。


「ふっ!」


 吐き出される息と共に繰り出された一撃は、ゴブリンロードの脳天をかち割った。




 ゴブリンロードが座っていた石椅子の後ろに開いた階段を降りて第六階層の床を踏み、ほぼからのフロアを抜けて地上に戻ってきたときには、馬車の出発時間ギリギリになっていた。


「精算してたら間に合わないわね」

「仕方ありませんわ。諦めましょう」

「……そうするしかない」


 ずーん、と暗い空気をまとう三人。


 その胸元には、黒色ブラックから青銅色ブロンズに変わったタグが下がっていた。


 遅くなったのは俺のせいではないんだが、少しだけ責任を感じてしまう。


「ってわけだから、後の処理よろしく!」


 すちゃっとレナが片手を上げた。


「は?」

「わたくしたち、このまま出発いたしますので、ギルドへの報告や精算など、よろしくお願いしますわ」

「いや、俺への支払いは?」

「保証金から取っといて! そのための保証金でしょ?」

「残りはどうするんだよ」

「……後日」

「じゃ!」

「お世話になりました」

「……ばいばい」


 そう言って、三人は馬車乗り場へと走って行った。


 保証金って言ったって、決して安くはない金額だ。


 自分で要求しておいてなんだが、金貨三十枚だぞ?


 それを後日回収とか。


 宿の荷物はどうするのかと思ったが、あの分だと勝手に処分してくれればいいと思っているのだろう。


 俺には信じられない発想だった。なんという無駄遣い。


 それともそれだけ馬車に乗るのが重要だということか。


「まあ、いっか」


 あいつらの事情なんざどうでもいい。


 俺の意識は、すぐに美味い酒と夕飯へと移っていった。

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