第7話 挟み撃ち(ティア視点)

 レナと二人で第二階層ルートを決め、二つある出口のうちの片方を選び、先へと進んでいった。


 途中何体もゴブリンと遭遇エンカウントしたが、私とレナで対処した。二体まとめて私の方に向かって来たときも、落ち着いて魔法を放つことができた。


 それが上手くいかなくなったのは、もうすぐ第三階層への階段に到着するというとき。


 通路の奥の曲がり角を曲がろうとしたレナが、足を止めた。


「角の向こうに四体いるわ。でも通路が狭いから、一体ずつ倒せるわね」


 にっ、とレナが笑う。そのひたいには汗で前髪が張り付き、あごからぽたぽたと汗が落ちた。


「こっちからもきてるぞー」


 そう、のん気な声を上げたのは隊列の一番後ろのクロトだ。


 振り返ると、後方からもゴブリンが来ていた。こちらも四体だった。


 挟まれた――。


 ちらりとクロトを見るが、壁際によけてからの両手を顔の横に上げるだけだった。俺は何もしない、と目が言っている。


「前はあたしがやるわ。後ろはティアお願い。シェス、補助かけて!」

「わかりましたわ」


 シェスが防御力強化の魔法の詠唱を始める。


 唱え終わったとき、私の体が一瞬ぼうっと光った。補助魔法がかかった証拠だ。


 それと同時に、後方のゴブリンが私たちに気づいた。ギャギャッと声を上げて走ってくる。


 その声を聞き、前方のゴブリンも私たちに気づいたようだった。


 私は迫ってくるゴブリンに向かって、大きめのファイア・ボールを続けざまに二発 はなった。


 それらは先頭のゴブリンに当たり、後ろの三体を巻き込んで吹き飛ばす。直撃した一体は、黒い霧となって消えた。


「……はぁ、はぁ」


 息が乱れる。


 あせりで無理に魔法を使ってしまった。魔力を上手くれなくて、魔力をたくさん消費した。


 落ち着け落ち着け。一体一体倒していけばいいのだから、慌てることはない。


 起き上がったゴブリンが距離を縮めて来る。


「きゃっ」

「レナさん!」


 後ろからレナの悲鳴と、シェスの回復魔法の詠唱が聞こえてきた。


 レナが怪我をしたんだ。


 でもシェスがいるから平気。治してくれる。


 それより私はこいつらを何とかしなくては。こっちが崩れたら、二人が危ない。


 だが、魔力をろうとしても、焦るばかりでなかなか上手くまとまらない。


 その時、一番後ろのゴブリンが弓を引いているのが見えた。射手がいたのか。ゴブリンの武器なんて見ていなかった。


 遠距離攻撃もあるから気をつけろよ――。


 クロトの言葉がよみがえる。


「……ファイア・アロー!」


 ゴブリンから矢が放たれたのは、私が炎の矢を八本放ったのと同時だった。


 炎の矢はゴブリン三体に突き刺さり、火だるまにした。


 そして、それらをすり抜けたゴブリンの矢は、私の眼前に。


 とっさに両腕で顔をかばおうとしたけれど、矢の方が速いのがわかった。知覚はできるのに、体の動きがついてこない。


 間に合わない――。


 目をつぶるのが精一杯だった。


 だが、覚悟した痛みも、籠手こてが矢を弾く感覚もなかった。


 そろそろと片目を開けると、矢じりが顔の前で止まっていた。止めたのはなんとクロトの手だ。矢をつかんでいる。


 え?


 驚いてぱちりとまばたきをした時には、もうクロトの手はなかった。


 ぱっと横のクロトを見る。


「……」

「なんだよ?」


 クロトはさっきと同じ体勢で壁際に立っていて、何もなかったような顔をした。


 私が開けたのはクロトとは反対側の目で、私が見たことをクロトは気づいていないようだった。


「こっちは終わった! ティア、そっちは!?」

「……終わった」


 振り返ると、レナの腕に血がついていた。


「……怪我」

「大丈夫。シェスに治してもらったから」

「ティアさんは、怪我はありませんか?」

「……ない」


 よかった、と二人が口元を緩める。


 冷静になってみれば、私はシェスに防御力強化をかけてもらっていたし、怪我をすれば回復もしてもらえるのだから、こんな何の強化もかけていない矢くらい、目にでも当たらなければ大したことはなかった。盾役だった時の方がよほど大きな怪我をしていた。


「すぐそこに休憩部屋がある。少し休め」

「ちょ、あんた、勝手に――」


 急にクロトが私たちが通って来た方向に戻り始めた。


「――ああ、もうっ! 行くわよ」


 仕方なくレナも動き、シェスがついていく。


 ちらりと視線を走らせると、クロトがいた足元に矢が一本落ちていた。


 飛んできた矢を手でつかむなんて。


 しかもなんの気配も感じなかったし、一瞬で元の場所に戻っていた。


 ただの人間が、身体強化もせずに?


 中級者シルバーってそんなに強いの?


 自分たちよりも実力があるのは当然なのだが、まだ初心者ブラックの自分たちとは言え、第十階層踏破者シルバーとの差がそこまであるとは思っていなかった。


「ティアさん?」


 振り返ったシェスに首を横に振ってなんでもないと答え、私はレナの背中を追った。

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