第2話 契約

「俺が行く」

「ですよね! ではクロトさんにお願いします!」


 そう声をかけると、アメリアがあからさまにほっとした表情を見せた。


「おいクロトぉ、横取りする気かぁ?」

「先に依頼されたのは俺だ」


 歯をむき出して怒りを表すアランに、淡々と答える。


「ちょっと、あたしたちはこの人に――」

「……嫌な匂い」


 レナが文句を言おうとしたが、それを猫耳が止めた。


「わたくしも嫌な感じがしますわ」

「そう? あたしは何も感じないけど」


 三人はこそこそと話をしていた。俺にはばっちり聞こえたが、アレンには聞こえていないようだ。


他人ひとの依頼をかっさらうのは、さすがに意地汚ぇんじゃねぇか?」

「俺の客だ」

「ちょっとギルド長に顔がくからって、中級者シルバーごときが粋がってんじゃねぇよ。今日という今日はタダじゃおかねぇ。表に出ろ」

「断る」

「逃げるのか?」

「安い挑発に乗るほど馬鹿じゃない」

「負けを認めるってことか?」

「どうとでも」

「ふっ、はははっ! やっと認めたか! 今回は見逃してやる。感謝しろ」


 アレンは俺の右肩をごつごつとした手でつかみ、骨がきしむほどの力を入れた。俺は痛みに顔をしかめる。


「……情けない」


 猫耳がぼそっと言ったのが聞こえた。


「はい! 契約書、ご用意できました! クロトさん、どうぞ!」


 固唾かたずを飲んで俺たちを見守っていたギルド内に、アメリアの能天気な声が響いた。笑顔がまぶしい。


 面倒だが、仕方ない。


「契約だ。来い」


 契約書を受け取って、俺は二階へと階段を上って行った。


「ちょっと、あんた勝手に決めないでよ!」

「レナさん、行きましょう。正規の案内人なのでしたら問題ありませんわ」

「あんな軟弱そうな奴に本当に案内人がつとまるのかしら」

「……行こう」


 おい、全部聞こえてるぞ。


 だが、ぶつぶつと文句を言いながらも、結局レナ達は階段を上がってきた。


 二階には、部屋がいくつか用意されていて、商人同士の相談や、案内人と冒険者の話し合いに使えるようになっている。


 俺はき室のプレートをひっくり返して使用中に変え、中に入ってテーブルについた。向かいの中央にレナ、その両脇に白い魔法使いと猫耳が座る。


「これが俺の条件だ」


 すっと契約書を差し出す。


 レナがそれを取り、横から二人がのぞき込んだ。


「第五階層まで金貨三枚……荷物持ちは二〇パーセント割り増し……各種アイテムは市場価格の一.二倍……保証金金貨三〇枚!? 何これ!?」


 読んでいる途中でレナはわなわなと震え出し、立ち上がってばんっと机に書類を叩きつけた。


「書いてある通りだ。各階層に着いたら地図を渡すから、あとは好きに進んでくれ」

「案内人のくせに、案内もしないってこと!? こんなのぼったくりじゃない! 初心者だからってバカにしてるの!? 相場くらい調べてきてるわよ!」

「これが俺の正規の依頼料だ。お前たちに命を預けるんだから、当然の対価だと思うが? それとも、モンスターは案内人が全部倒してくれて、自分たちはついて行くだけだとでも思っていたのか?」

「そ、そんなこと思ってないわよ! それにしたって、こんなの容認できないわ!」


 レナがバンバンと机を叩く。


「そうか。嫌なら他を当たればいい」

「そうするわ! 行くわよ、二人とも」


 レナがくるりと後ろを振り返る。


 それに続いて他の二人も立ち上がろうとした。


「ああ、言っておくが、アランは女子供がゴブリンに犯されるのを見てよろこぶような男だぞ。これまでにいくつものパーティが犠牲になっている。女だけのパーティは格好の獲物えものだろうな」


 歩みを止めたレナが、ゆっくりと振り向いた。


「それ、本当なの……?」

「ダンジョンの中でのできごとは自己責任だからな。受付も渋ってたろ」


 依頼人を死なせきゃなんでもありだ。


 多少悪い噂が立っても、上級者ゴールドの案内人は多くない。仕方なく依頼をする冒険者は多かった。


 立ち上がりかけた両脇の二人がすとんと椅子に座った。それを合図にレナがこちらに戻ってきて、大人しく椅子に座る。


「他に案内人がいないのなら仕方がないわ。あんたと契約してあげる」


 渋々といった感じで、レナが言う。


「そうか。ところで俺はクロト。そっちは?」

「あたしはレナ」

「わたくしはシェスと申します」

「……ティア」


 白い魔法使いがシェス、猫耳がティアだな。


 四人の血を混ぜたインクでそれぞれサインをする。


 最後に記名したシェスのところだけ妙に名前が長かったが、見せたくないようだったので深くは詮索しないことにした。サイン済み契約書はレナが持った。


 一階の受付に戻り、契約書を出して三人が保証金を払う。持ち金ギリギリだったようだ。


 これで、保証金の範囲内に限るが、俺が料金を取りっぱぐれることはなくなった。

 

「じゃあ、さっそく出発よ! 準備ができたらダンジョンの入口で合流ね!」

「ああ、言い忘れたが、今日は様子見だ。夜までに戻る。だから宿泊の装備は不要だ」

「様子見ってどういうことよ! 二日後までに第五階層踏破者ブロンズにならなきゃいけないって言ってるでしょ!」


 文句を言うレナに、肩をすくめた。


「初めての客だからな、こっちとしても実力を見ないと荷物の準備ができない。お前らが弱っちかったら、ポーションを通常よりもたくさん持ってかないとなんないだろ」

「あたしたちは弱くなんてないわ! これでも冒険者学校をトップで卒業したんだから!」


 ばんっとよろいの胸を叩き、ふんっと自慢げにレナが言う。


 へぇ、冒険者学校を首席で、ねぇ。


 力に劣る女だけのパーティでそれは快挙かもしれない。


「それがどこまで通用するかな」


 宿に荷物を取りに行くという三人の背中を見ながら、俺は呟いた。

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