ヤン車と彩花とマーサ

 その後塾の帰り道。

 僕のSクラスは愛のAクラスより時間が長い日だった。一人で駅まで向かう。


 夜になり駅周辺に賑やかな車が溢れ出す。ウーハー積んだ低音をドンドン響かせたシャコタン車やネオンライトギラギラ装飾した車。

 僕は絡まれないよう足早に歩く、といっても彼らはナンパ目的で、この辺をうろつく女性もナンパ待ちである。僕にはなんら関係ない。


「ちょっマジしつこいって なに」


 聞き覚えのある声.......がした。

 遠くからでも分かる......マーサだ。マーサと同じ星から来たであろうヤマンバ男みたいなのと、じゃれているようだ。

 その隣には......彩花孃。何やってるんだろ。


「返せってーピッチ」


「だからー俺のペパーミントグリーンの車で一周するなら返してあげる チョー楽しいよ〜」


 と、さらにもう一台の黒いフルスモークの車からホスト系ギャル男が出て来た。


「ちょっ俺めっちゃタイプだわこの子〜かわいい〜」


 と彩花の肩に手を回した。


「おやめなさいっ。離してよ」


 これはヤバい.....のだろうか。またはこういうのがナンパのやり取りであるのか。


 どうやらヤバいご様子......連れ去られたら警察呼ぶ?


 いや、自業自得だ。

 要くんと別れたからって遊びにでも出たんだろう。



「イヤーーーッ」彩花の悲鳴。



 僕は鞄から取り出した眼鏡をかけ、髪をペタリと前におろし、シャツはぴっちり締めながらそこへ向かってしまった。


「お、お姉ちゃん ここにいたの?お父さん来たよ、ほらあそこ。帰ろう。」

「............」

「ほら、塾終わったから。」

「あの、お兄さんたちすいません。姉帰ります。」


 と、たまたまクラクションが鳴った。


「ほら待ってるよお父さん」


 頼む、去ってくれ....間違ってもまたどつかれるのはごめんだ。しばし全員時が止まる......。

 僕は元来筋金入りの陰だ。大丈夫、サマになってたはずである。


「なんだよ」と僕に大量のストラップがじゃらじゃら付いたピッチを渡し、

 ドゥンドゥンと鳴らす音が去っていった。


「.....た 助かりました。」

「いやあ あれはあたしも困った。サンキュー太陽。ってかあんたやっぱりヤバすぎ」

「こんな時間まで何してた。早くハウス」



 僕はそそくさと立ち去った。



 ☆翌日


 朝からまた騒がしい......僕のフルネームを連呼するあの方だ。


「昨日のお礼がしたいの」

「いや、そんな何もしてないから」

「私の謝意を無視するおつもり?」

 はあ.....愛に目を向けたら、ぷいっとされたじゃないか。これは不味い。断らなければ。


「ほんとに、いいから」

「分かったわ。ありがとう。山本太陽 その代わり私のピッチ番号教えるわね」

 とメモを置いていった......。

 その小さな紙を捨てるわけにもいかず、机に入れるわけにもいかず、しばらくそのままにした。


「えーっ山本が彩花の番号ゲットだって〜」

「まじで?もしかしてあいつにまさか」

「いや無いだろ。山本だぜ、山本」


「ムスコ!何あったの?昨日」

「別に、駅前で絡まれてたからちょっと」

「助けたんだ。ヤバ おまえ惚れられたりして~」

「ないよ。あったとしても僕は心に決めた人いるし」


 と、愛の席の後ろで僕は言った。聞いたかな愛.....。


「またかよ。叶わぬ恋、切ないの~」



 帰り道で、凛ちゃんが紙袋を僕に渡す。


「はいっ漫画 これで勉強して〜」


 ああ 今くれちゃったのか、せめて教室で欲しかったなあコッソリと。


「ありがとう」


「なに?それ漫画って」


 と愛が反応する。ダメダメ僕が華やかな女の子表紙の漫画借りたとか恥ずかしいのである。


「凛ちゃんおすすめ漫画借りただけ。いいから帰ろ」

「気になるなあ」


 凛ちゃんと春斗が前を歩き、愛は僕の隣で小声で話す

「日曜日 どうする?」


 そうか、初めての日曜日。デート、人生初デートを致すのかこの僕が。どこに、何しに。あっボクシング朝あったんだ。


「朝 ボクシングあるけど、昼には終わるよ。デ、で どっか行く?」


「ボクシングみたい」


 いや、あの二人いるでしょ。二人っきりになれないではないか.....。


「ん、でも 木下くんと春斗もいるよ」


「みたい」


「はい。分かりました」


 ☆


 夜、バレエの後、凛ちゃんから借りた漫画を開いた。なんだ.....これは。これが乙女の頭ん中なのか。女子の希望はこういう事なのか。

 たしかに、キュンとするのであろう......僕は愛にキュンとさせられる一方だ。是非とも愛をキュンとさせなければ.......気づけば一気に10巻まで読んでしまった。気分はすっかり乙女である。

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