離婚
しかも、鍵の付いている箱の中にいれ、本棚の奥に隠してあるなんて……。
流れる涙を拭きとって、それでも溢れてくるのを止められず、気付いた時にはハンカチがぐっしょりと濡れています。
そこでようやく、頭の中がすっきりして落ち着き始めました。
考えてみれば、まだ夫のフラミーが浮気したと決まった訳ではありません。
私と夫婦の契りを迎えようと、準備をしていただけという可能性もあります。
取り敢えず、私は箱を本棚に入れて本を戻し、何も見てなかったかの様に振る舞おうと思いました。
「……マッケナ、今日はもう休むわ。夫には風邪気味だと伝えて下さる?」
「分かりました、奥様。……旦那様には本当に困らされますね」
フラミーが帰ってくるより先に寝ようとするのは初めての事で、もしかしたら夫に怒られるかもしれません。
それでも、今日は本当に何もする気がありませんでした。
今日、今日だけは休んで、明日からは良き妻として頑張ろう。
だから今は布団に入り、眠って今日の事を忘れてしまおう、そう思いながら私は自分の部屋に入りました。
けれど……薄暗い朝日が私の顔を照らし、目が覚め起きても頭の中には昨日の事が残ったままです。
それでも妻としての務めを忘れる訳にはいかず、私は朝食を作ろうと身体を奮い立たせます。
「大丈夫……フラミーは何時も教会の教えを話してたのよ。浮気なんかする訳ないじゃない」
そう呟きながら自分の部屋の扉を開け、朝食を作ろうと台所へ行くと、既にマッケナが私の代わりに朝食を作っていました。
「おはようございます、奥様。今日は私が朝食を作りますので、奥様は椅子で待っていて大丈夫ですよ」
「それは有難いけど……手伝わなくていいの? 三人分の朝食を作る事になるわよ」
「構いません。奥様は昨日の事でお疲れでしょうし……旦那様は既に教会の孤児院に出発しましたから」
「……呆れるわね。それで、フラミーは何時に帰って来るのかしら?」
「分かりません。旦那様はとても大事な用事があるから、三日は帰って来れないと言っていました」
……呆れて、夫のフラミーに対する怒りすら湧いてきませんでした。
昨日、フラミーには風邪気味だとマッケナを通して伝えたのに、私に対する心配よりも孤児院での用事の方が大事だなんて……。
「それと奥様、もう一つ大事な話があるのですが……いえ、何でもありません。まずは朝食にしましょう」
「……言って、聞くから」
侍女のマッケナは気遣って話を中断しようとしたみたいですが、私は覚悟を決めました。
それに、私にはフラミーが何をしたのか聞く義務があります。
「……実は、旦那様が部屋を出てから気になって、私はあの箱を開けて見たのです。そうしたら、中に何も入ってませんでした」
「……浮気、してたのね。馬鹿みたいだわ、あんな人の為に尽くし頑張っていたなんて」
不思議と、涙は出ませんでした。
きっと昨日の夜のうちに涙を流し終えたせいで、枯れ切ったのかもしれません。
夫のフラミーがバニンスカ家の為に政略結婚を申し出て、私は下の名前を夫の為に変えたのに、その結果が浮気ですか。
結局、これからフラミーが私に振り向く事は無いのでしょう。
「決めたわ。私、フラミーと離婚する。こんな生活はもう耐えられないわ」
「……申し訳ございません、奥様。長い間の結婚生活で支えてあげる事が出来ず、こんな結果に終わらせてしまうなんて……」
「いいのよ。それに、マッケナはよく頑張ってくれたわ」
元々、実家の侍女として働いていたマッケナは、私がフラミーと結婚する時について来てくれた大切な人です。
住み慣れた実家を離れ、新しい場所に行くから無理について来なくていいと言っても、彼女の意志は硬かったです。
「エスリン様は家が貧乏で困っていても、私を首にしたりせずに温かい部屋を下さいました。その恩返しがしたいのです」
そう言ってまで私について来てくれ、今日も私の為に朝ご飯を代わりに作ってくれている彼女です。
感謝すれども、文句なんて一つもありません。
「けど……困ったわね。この国の法律では理由もないのに離婚は出来ないし、浮気の証拠は空になった箱だけ。
これでは、浮気を理由に離婚なんて出来ないわ」
「奥様、それなら私が証言しますわ。奥様は夜遅くまで夫の帰りを待つような人なのに、旦那様は何の説明もせずに家を何日も開ける人だと」
「それは有難いわ。他には……旦那様が何処で、誰と浮気をしているのかも調べないといけないわね」
考えてみれば、夫が教会の孤児院で浮気をしているのか、嘘を吐いて別の場所で浮気をしているのか、それすらも分かりません。
浮気している現場を突き止めてやれば、離婚だってその場で認められる筈です。
「まずは教会に行って、婚姻を担当している神父さんに話をしに行かないと行けないわ」
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