第18話
ユウヒとティアがカテゴリー5超獣の背後からその足元へと向かう。
生体崩壊薬を撃ち込まなければならない場所は決まっており、それはカテゴリー5超獣の首筋。大動脈にあたる部分だ。
だが勿論そんな場所に攻撃するのはリスクが高い。
特にカテゴリー5ともなると生物の枠組みでは計り知れない攻撃手段を持っている場合がある。
そしてそれが今ユウヒとティアの目の前で起こった。
「なんですかあれは」
ユウヒが思わず声を出すほどの光景が目の前に広がる。
アルマジロが二足方向しているようなカテゴリー5超獣がユウヒとティアの方に振り返った。
どのように察知したのかは不明だが、その複眼は間違いなくユウヒとティアを見据えていた。
そしてその直後。
爆発。
遠くから見ればキノコ雲が出来上がったのが見えたことだろう。
高熱の空気が上昇気流となって爆炎と粉塵と共に上空に
被害を食らったのは周囲にいたスレイヤー達だけであった。付近にいたスレイヤーは幸運だったことだろう、痛みを感じる前に灰燼に還ったのだから。
「生きてますかティアさん」
「アハハハッ! これがカテゴリー5ですか!! 殺しがいがありますねぇ!」
「元気そうでなにより」
ユウヒは危険を察知し、ユウヒが大剣でティアを庇った為被害は軽微。
しかしユウヒとティアの周囲は瓦礫の山どころか融解しており、地面はあまりの高温からガラス状に変質している。
「スピード」と「モッド」しかない耐久性のないティアがこの爆発をもろに受けていたら危うかったかもしれない。
『すごいな。あいつは一個体で噴火と同じ現象を引き起こしたんだ。今起こしたのは水蒸気爆発。恐らく体内にある水となんらかの高温の器官が接触した結果、体表から急激かつ大量の水蒸気を放って水蒸気爆発を引き起こしたんだ。下手したら本物の火山の噴火と同規模…』
「面白そうに解説するのはいいんですけど、ニコさん平気ですよね」
『問題ない。ブラックエンジェルズ隊はそこそこやれる。この程度で壊滅してたらナンバーズを名乗れないだろうよ』
「ならいいです」
マオは興味深そうに解説をしていたがユウヒにはそんな事はどうでもいい。
周辺にいたスレイヤー達に甚大な被害が出ているようだが、それもどうでもいい。実力を弁えないでこの場にいる者など死んだところでなんの損害にもならない。
カテゴリー5は悠々と歩みを進めている。今の攻撃は早々連発できるものではないようで、もう一度行う気配はない。
「あれシティ内で起こされたらどうなります?」
『シェルターにいる人間以外は死に絶えるだろうな』
「ならばここで仕留めなくてはなりませんね」
『…待て、正規軍の爆撃機が今離陸態勢に入ったらしい。相変わらず動きの遅い連中だ。だが恐らく効果は薄いだろうな。お前達が先に仕留めて置いても問題はない』
正規軍がようやく動き出したようだとマオが告げてくる。けれど対超獣に対して正規軍が成果を上げたことはあまりない。
しかし今の攻撃は正規軍を慌てさせるには十分な威力だったということになる。ユウヒには「ちょっと熱いな」程度くらいだったが、一般人はそういかないのだろう。
「今のうちにやりますよティアさん」
「わかりました! では私はあれの足を止めます」
「私はこれを打ち込みますので頼みました」
ユウヒがティアにする命令などない。
ティアはその聡明な頭脳から自分が何をすればいいのか命令するまでもなくわかっているのだ。
ティアの姿が掻き消えソニックブームで舞い上がった塵だけが残される。ユウヒはそよ風程度にそれを感じながら、ティアの後に続くように更地になった大地を駆け抜けていく。
残念なことに東京シティにはカテゴリー4ですら倒すのがやっとな戦力しか存在せず、カテゴリー5を倒せる者は今日に渡るまで存在しなかった。
しかし今この場にはカテゴリー4を歯牙にもかけないものが二人立っている。
ティアの戦闘が始まる。
ティアの鋭い斬撃がカテゴリー5の脚部関節に叩き込まれた。叩き込まれた、という表現は生ぬるい。
それはある意味人間の膝裏がミキサーにかけられたような現象を引き起こした。
的確に甲殻の隙間、比較的柔らかい部分に連続かつ精密な斬撃が命中し、超獣の肉片が宙を舞った。
それはカテゴリー5は態勢を崩すには確かな要因となった。
カテゴリー5はその巨大な図体で膝をつき記憶に残るような悍ましい咆哮を上げる。
ユウヒはティアが作ったその隙にまだ辛うじて形を保っていた廃墟の上を駆け抜けて、カテゴリー5の背中に飛び乗った。
横目で地上を見やれば恐らく数百メートルある外縁壁よりも高い。これだけの質量があれば外縁壁を破壊することなど容易いことだ。
ユウヒはそのままカテゴリー5の背中を駆け上がっていく。だがそう簡単にはいかない。
カテゴリー5の甲殻の隙間に甲虫型の超獣が複数潜んでいたようで、ユウヒの存在を察知したのかそれがゾロゾロと甲殻の隙間から這い出てきたのである。
ヤドカリの身体に蚊の顔面を取り付けたような見た目の超獣のカテゴリーはおよそ2。恐らくは共存か寄生の関係にある超獣なのだとユウヒには理解出来た。
それが視界を、カテゴリー5の背を覆うほど大量に存在していて甲殻の隙間には卵らしきものが無数に植え付けられているのも確認できた。
「気持ち悪ッ」
ユウヒは背中にゾワゾワしたものを感じながらも襲いかかってくるカテゴリー2を粉砕していく。
あの爆発を耐え凌ぐだけありその外殻は堅い。だがユウヒには関係のない話で、一太刀の元にカテゴリー2を切断して行った。
雑魚に構ってる暇はないとユウヒは超獣の一体を掴み、正面に向かって渾身の力を込めて投擲すれば射線上にいたカテゴリー2は全て吹き飛び、一筋の道が出来上がる。
ユウヒはその隙間を駆け抜けて遂に頂上へと辿り着いた。
『右の首筋だ。どこでもいい、打ち込め』
マオの指示の元、ユウヒは大剣を振り被りカテゴリー5の体表にそれを突き刺した。その上でユウヒは大剣に取り付けられている引き金を引き、生体崩壊薬をカテゴリー5の体内に流し込む。
異変に気づいたカテゴリー5は今までの緩慢な動きから一転し、咆哮を上げながら暴れ回る。
ユウヒは大剣を突き刺したまま手放し、近場のビルの屋上に着地してその様子を注意深く観察した。
マオが再調合した生体崩壊薬の効果は覿面。
生体崩壊薬は超獣の体内に存在する様々な細胞を乱れさせ、細胞同士が殺し合うように仕向けるもの。
外的要因でカテゴリー5超獣を殺せないのならカテゴリー5そのものを利用して殺せるようにすればいい。
その結果が外殻や体表の融解に繋がっているのだ。
カテゴリー5の体表の外殻が緩やかに溶け始め、刃が通らなかった場所も切断できるようになった。
しかしカテゴリー5はその場で動きを停止させる。何をするのかと様子を伺っていれば、溶けていた外殻が緩やかに修復され始めたのだ。
それに驚きの声を上げたのはマオであった。
『不味い、予想以上に”抗体”を作るのが早い。さっさと仕留めないと倒し切れないぞ』
「ぶった切れば殺せるんですよね」
『頭を落としても意味はない。カテゴリー5はその圧倒的な再生能力から核を確実に破壊する必要がある。この生体崩壊薬を打ち込んだことで……見えた。あれだ』
マオに言われて視線をあげれば、カテゴリー5の胸部が融解し、血管が張り付き脈動する鉱石らしき存在が確認できた。
『あれを破壊しろ。あれを粉砕さえすればこのカテゴリー5は動きを止める』
「わかりました。ティアさん、核を破壊します」
『あいあいさー!』
ユウヒが駆け出すと同時に、カテゴリー5の足元にいたティアも走り出す。
核の位置はかなり高所。
周辺に足場もなく、一度の地面からの跳躍で出来ることは限られていた。
ティアが地面が砕けるほどの脚力で跳躍し核に攻撃を加えようとするが、核の周囲から伸びてきた無数の触腕がティアに向かって振り下ろされる。
ティアは触腕のひとつを踏み付け、大鎌で触腕を受け流し、回避行動を取りながら地表に戻ってくる。
「ふむ、闇雲に突っ込んでも空を飛べない我々には中々厳しいですね〜」
「では連携と行きましょうか」
「フフフ! いい提案ですねぇ!」
ユウヒとティアは同時に跳躍し、ダイヤモンドよりも硬質そうな触腕を切断し、受け流し、回避しながら核へと肉薄する。
しかし無限に増殖する触腕はユウヒとティアが核へ近づくことを拒み続けた。
攻撃力と増殖力だけを求められたこの触腕はあまりにも迎撃に最適化されており、それがカテゴリー5超獣の意地を見せつけていた。
『しまった。こいつは頭がいい方だぞ。核周辺の再生を早めてる』
見れば核を覆うように外殻が再生され始めていた。
どうやら他の部位の再生をやめて核周辺の外殻の再生を優先させているようだ。
そこまで超獣の頭脳が回ることにユウヒは驚かされることになる。このままではこのカテゴリー5を倒す最後の機会を逃すことになり、東京シティは崩壊することになるだろう。
だが無限に増殖し続ける触腕がユウヒとティアを迎撃し、如何にイカれた強さをしている二人と言えど苦戦を強いられた。
「このままじゃ不味い…!」
ユウヒが流石に焦り始めたその時であった。
ユウヒとティアを拒んでいた無数の触腕が高速で飛来してきた何かに貫かれ、その全てが霜が降りたように凍結し砕け散ったのである。
何かが飛来してきた方向に視線を向ければ数キロ離れた地点で、スレイヤー達に身体を支えられたニコがライフルを構えている姿が見えた。
「どうか、どうか…そいつを倒してください!」
そんなニコの声が聞こえた気がした。
ニコが作り出した活路に、ユウヒは手に持っていた直刀を核に向かって全力で投擲した。
直刀は真っ直ぐに核に向かって飛んでいき、突き刺さる。しかし破壊するまでには至らない。
「先輩!!」
ティアが叫ぶ。
ユウヒが落下していく先にティアがいた。
ユウヒはティアの意図をすぐに汲み取ると、ティアが構える大鎌の上に着地する。
「ふんッ!」
ティアが気合いの入った声と共に大鎌を全力で振るい、同時にユウヒが跳躍したことによって砲弾が撃ち出されたような勢いでユウヒが核に向かって飛翔する。
その先には核に突き刺さったユウヒの直刀。
「いい加減に……壊れろッ!」
ユウヒの蹴りが直刀の柄に命中し、直刀が核に向かって更に深く突き刺さった。
核に亀裂が走る。
核は内側から破裂するように壊れた。
カテゴリー5の咆哮が快晴の空に響き渡り、木霊していたそれはやがて止まった。
ピタリと、まるで岩にでもなったかのようにその動きを止めていた。
カテゴリー5超獣のその巨体はまるで砂の城が崩れていくように、緩やかに崩壊を始めたのだ。
核を破壊された超獣は死に絶える。
心臓が潰れた人間が生きていけないのと同じように、超獣も死に絶えるのだ。
少し違うのは核を破壊された超獣は崩壊することだろうか。どういう理屈でその体を崩壊させるのかはわかってはいないが、死ぬという事実には変わりない。
「ざまあみろ」
崩れていく超獣に向かってユウヒは落下しながらそう吐き捨てた。
人類が超獣に勝利した回数など片手で数える程度しかない。特にカテゴリー5という圧倒的な絶望の前に勝利したことなど、それこそ歴史に残る偉業であった。
人類はカテゴリー4以上に打ち勝つことは不可能だと言われている。
そんなものが地球上にはうじゃうじゃいて、人類は壁の内側に引こもることを余儀なくされたのだ。
たった一体のカテゴリー5を倒したとしても、それは地球上に存在する無数の超獣の一匹を苦労して倒したに過ぎない。
それでも確かに人類は超獣に打ち勝つことが出来た。
それは人類にとって大いなる一歩であった。
人類にはそんな、人々に希望をもたらす英雄が望まれ続けていた。
絶望の縁に立つ人類には希望をもたらす英雄が必要だった。
望まれた英雄。
そんな存在がこの東京シティに姿を現した。
黒いマフラーとくすんだブロンズの髪を風に揺らし、彼女はただ目の前の邪魔な存在を力技で破壊して前に進んでいく。
これはただの姉想いの少女の望まれた英雄譚。
少し長くなるけど、どうか私のヒーローのお話に付き合ってね。
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