COLLAPSE─崩壊領域─

ゆきごん

プロローグ

第0話 終わりゆく世界











 その日は快晴で、清々すがすがしい気温の初夏しょかだったそうだ。

 誰も彼もがあの日のことを鮮明せんめいに覚えている。

 世界がわったあの日を。




 最初はニュースにもならない些細ささいなことだった。

 変な顔の犬が走っていた。誰も襲われなかったし、スマートフォンで偶然れただけの写真だった。

 SNSで話題になったが、どうせCGとか合成とかそう言うのだろうと結論づけられて話はそこで終わった。


 その次にニュースになる事件が起きた。

 背丈せたけが5メートルにもなる巨大な熊が北関東の街に出没した。爪が巨大化し、顔には蜘蛛のように無数の目が着いた、肉がただれたような異形の…かろうじて熊とわかる熊だった。


 最終的には警察と猟友会によって討伐されたが、無数の死傷者と建築物に大きな被害が出たことから大々的に報道され、うすっぺらいコメンテーターが取りえず対応の遅かった行政を非難し、偉そうな専門家がこの個体を捕獲するべきだったと取りえず猟友会を非難した。


 エイリアン、新種、バイオハザード、様々な説が持ちがっては消えていき、この事件が記憶に新しいうちに「異変」が起こり始めた。


 世界各地に異形いぎょうの生物が出没しゅつぼつし始めたのだ。

 その異形の生物達はどこからともなく突然現れ、目につく人類を捕食、殺害して行った。

 襲われた人間もまた異形の怪物となり、人を襲う。

 普通に生活をおくっていただけの人々が無惨むざんに殺されていく。

 異常事態だった。各国の政府がそのことに気づくころにはもうだいぶ手遅れで、異形の怪物達は陸、空、海……世界中にあふれかえっていた


 その異形の怪物達を、私達は「超獣」と呼んだ。

 人類にあだなす、人智じんちえた怪物達。

 人類にはどうしようもなかった。



 世界は変わった。

 吐き気がする程に変わり果てた。



 人間のす文明はことごとついえた。

 人々は巨大な壁をきずき上げて、世界各地にこもる計画を立てた。人々は主要都市に避難を始めて、無数の防衛戦と食糧難に見舞われた難民キャンプを築いた。


 人類は必死に抵抗していた。

 けれど超獣は人類の抵抗よりもはるかに絶望的な存在だった。














 ****














「…ありがとうございます」


 くすんだブロンドの髪をしたほそった少女が、迷彩服の男から戦闘糧食を受け取ると、光のない目のままその場を立ち去る。


 少女は今にもれそうなれ木のような脚でフラフラと姉がいる自分のテントへと向かう。

 ここにいる人々はみんなそうだった。

 戦えない子供と老人が過半数をめていて、若い人々は全員前線へとり出される。ここではそれが普通で、戦えない少女のような人間達には最低限の食事しか分配されなかった。


 みんな必死だった。戦えない私達はただのお荷物にぎなかった。少女はそれをわきまえていた。


 それに少女には姉がいた。

 いついかなる時も自分のことを守ってくれる安心出来る存在がいた。

 いつも元気だった彼女だが、体は病弱だったためこの劣悪れつあくな環境では動くことすら出来ずにクッション性のけらもない硬い地面で横たわることしか出来ない。

 少女はそんな姉のために食料を確保して持ち帰っている最中であった。


 少女がフラフラとした足取りでなんとか自分のテントのすぐ近くにまで戻ると、そこでようやく異変に気づいた。

 迷彩服を着た集団が大勢の子供を拘束してトラックにんでいたのだ。

 そしてその中に自分の姉がいるのを少女は見てしまった。姉は自分と同じ青い瞳にくすんだブロンズの髪をしていたのですぐにわかった。


「お姉ちゃん…?」


 少女は立ちくすことしか出来なかった。

 恐怖と無知。その二つが彼女の行動を制限して、トラックが走り出すその瞬間までただただ棒立ちで眺めていることしか出来なかった。

 老人達がトラックを護衛しているのだろう迷彩服の男達になにか文句をつけているようだったが、迷彩服の男達はおもむろに老人達に銃を向けると躊躇ためらいなく引き金を引いた。


 乾いた花火みたいな音が数回、真っ赤な空に響いた。


 気がつけば老人達は横たわっていた。

 少女は頭が真っ白になった。何が起きたのか理解できなかった。

 だが迷彩服の男が少女の方に顔を向けて指をさしたその瞬間、少女は配給でもらった戦闘糧食をほうてて逃げ出した。


 枯れ木のような脚で、必死に逃げた。

 どれだけ走ったのか、恐怖で我を忘れていたが少女はいつの間にか「立ち入り禁止」と書かれた看板を通り過ぎていた。

 少女は木のみきにもたれ掛かり、少女は荒い呼吸をととえようと必死に呼吸するが、おさまる気配はなかった。


 頭上を飛行機が飛んでいく音がする。

 見上げれば戦闘機が翼下に装着されたミサイルを全弾はなっている光景が目に見えた。

 それが「なにか」に命中すると同時に、震え上がるほどにおぞましい叫び声が聞こえてきた。

 少女はその声に心当たりがあった。だから恐怖のあまりかたまった。


 見上げれば巨大な翼を広げた鳥…なのか爬虫類なのか、昆虫なのかよくわからない生き物が空を飛んでいた。その鳥のような顔面は四方にけていて、無数の牙が螺旋をえがくようにならんでいる。目に当たる部分はトンボのような複眼をたずさえていた。


 その生き物はミサイルを撃ってきた戦闘機をその口で噛みくだく。だが今度は地上の対空砲がその生き物に向かって火を吹き、生き物は翼の皮膜ひまくつらぬかれて地面に落下した。


 その落下先に少女がいた。

 少女の目の前に降ってきた生き物はそれなりの高さから降ってきて、運悪くそこが森の中だったというのも相まって無数の木に貫かれていた。

 しかしそれでもその生き物は生きていた。少女はそんな怪物の目の前で尻もちをついていた。


 金属と金属がこすれるような不快な鳴き声を上げながら生き物は少女のことを複眼で捉えると、弱っていた態度を一転させて少女にその四方に裂けた口で噛み付こうとしてきた。

 だが少しばかり距離が離れていたために届かない。少女はそんなことを知らずに恐怖から呼吸をみだしながら地面をって後ずさろうとする。



 あまりにも理不尽だ。

 なんで自分がこんな目にわなくちゃいけない?

 なんで姉がどこかへ連れていかれなくてはならない?



 少女は必死に後ずさり、その生き物から距離を置こうとした。しかしその動きを止めると、少女は憎悪と怒りに満ちた顔を上げ、青い瞳でその生き物を、「超獣」をにらみ付けた。


「おまえらの…お前らのせいで、お前らが出てこなかったら、みんなしあわせだったのに!」


 少女はヨロヨロと立ち上がると超獣に向かって歩き出した。それは自殺行為で、貧弱な少女如きでは超獣に食われるかつぶされるかのどちらかの末路を辿ることになる。


 しかしそれでも少女は歩みを止めない。

 幼いからゆえの無知なのか、蛮勇か、少女は拳を握りしめるとその超獣に向かって殴り掛かった。


 貧弱な少女の拳など、超獣には大したことはない。衝撃もない。れられたことすら分からないだろう。

 だがその超獣は僅かに反動を受けた。本当に僅かに、その威力を実感したのだ。


 が、そんなことは超獣にはどうでもいいことで、超獣はただ目の前の貧弱な生き物を殺すためにその四方に裂けた口で少女に食らいつこうとした。


「いい勇気だったよ。お嬢さん」


 そんな言葉と、何かが勢いよく上空から降ってきた光景を最後に疲れ切っていた少女の意識はそこで途切とぎれた。

 薄れゆく意識の中で、少女は紫の長い髪を揺らした女性が、超獣の頭を粉砕していた光景を確かに覚えていた。













 ◇◇◇◇














 それでも人類は諦めなかった。


 超獣が発生すると同時に人類にもまた希望が現れたのだ。

 異常な筋力、御伽噺のような魔法のような力、超常的な人知では理解できない力をあやつかれ彼女かのじょらを人は「ニュー」と呼んだ。


 そしてその「ニュー」達を最も早く対超獣に生かしたのがとある民間軍事会社であった。

「ニュー」とその民間軍事会社の登場により、防衛戦は安定し、防壁は速やかに完成され、人々はようやく安寧の地を手に入れることが出来た。


 人は彼らを英雄と称えた。

 それこそが「スレイヤーズ」であった。


 壁が築かれ、直径三十キロの箱庭に残された僅かな人類が生活するようになってから10年後。


 とある少女が一人、スレイヤーズを育成するアカデミーから卒業した所から物語は始まる────。








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