お嬢様と執事
内山 すみれ
私のお嬢様
私の家は世間で言えば裕福な家庭で、使用人を何人か雇っていた。その中でも、『桜木 葵』は私の大切な執事だった。彼は私の二つ年上で歳が近いのにいつも落ち着き払っていた。そんな葵を私は尊敬し慕っていた。実の両親よりも先に悩み事を打ち明けるほどに。
「ねえねえ葵、ちょっと聞いてよ」
「はいお嬢様」
「あのね、実は……」
思い出すだけで頬が熱くなる。頬が赤いのを隠すように両手を頬に当てて、机に肘をつく。
「……好きな人ができたの」
「……好きな人、ですか」
満面の笑みの私とは対照的に、声のトーンを落とした葵。自分のことで精一杯な私は彼の様子に気付かず、話を続けた。
「ええ。私が大学のテニスサークルに入ってるのは知ってるでしょ?」
「はい。存じております」
「そこでテニスを教えてくれる先輩がいてね。優しくて恰好良くて……、最近の私、いつも彼のこと考えてるの」
「……なるほど。道理で最近は上の空だったのですね」
「あら。気付いていたのね」
「お嬢様のことでしたら何でも分かりますよ」
「まあ、恥ずかしいわ。……それでね、ああ私、望田先輩が好きなんだなって」
望田先輩のことを考えるだけでフニャフニャと顔が綻んでしまう。
「それでね、どうしようと思って」
「どうしよう、とは?」
「彼に告白しようかなって」
「告白……」
「そうよ。望田先輩も私に優しいし、きっと私が好きなのだわ。両思いなら、早く告白して付き合いたいじゃない」
「……では、告白はいつになさるのですか?」
「そうね……。サークルで今度合宿があるから、その時にしようかしら」
楽しみだわ。私は笑みを浮かべて、来る日を楽しみにしていた。
ついに合宿の日が来た。けれど私はそれどころではなくなってしまった。お父様に多額の借金があることが分かったのだ。お母様はお父様を見限って家を出て行ってしまった。お父様は残された私を抱きしめる。
「お前だけが頼りなんだ。分かってくれるな?」
「え?……え、ええ……」
よく分からないが、お父様が悲しい顔で私を見るので肯定することしかできなかった。私はお気に入りのドレスを身に纏い、豪華な椅子に座らされた。すると、待っていましたとばかりにパッとライトが灯り、私を照らした。
「お待たせ致しました。こちらは今回一番の目玉商品、あの有名財閥である西園寺家のご令嬢です!身体は勿論純潔でございます!さあ、この可憐な乙女を落とすのは一体誰でしょう!?」
私の隣でマイクを持った男性が信じられない言葉を口にした。商品?何のこと?混乱する私の前では、様々な仮面を付けた男達が金額を叫んでいる。仮面の奥には、見たことのない汚い目が爛々と輝いていた。私は顔を青くする。私は、お父様に売られた……?目の前が黒く塗りつぶされていく。私の耳には男達の下衆な声が纏わりつくように響いていた。
私は控え室で涙を流していた。私はお父様に売られた。その事実が胸を抉る。結局、私を一番の高値で買ったのは、カラスの仮面をつけた男だった。私はこれからどうなってしまうのだろう。
トントントン、とノック音が部屋に響く。私は息を飲んだ。誰かが、入って来る。ガチャリと音がしてドアが開く。そこにいたのは、カラスの仮面をつけた男だった。男は笑みをたたえて、私に近づく。身を固くした私の頬を撫でて、彼が口を開けた。
「お嬢様、助けに来ましたよ」
「え……?」
聞き慣れた声に、弾かれた様に男を見た。彼は仮面を外す。そこにいたのは、葵だった。思いがけない人物に私は目を見開く。
「葵……?」
「はい、お嬢様」
「助けに来たって、どうして……?」
葵はいつもの優しい笑みで、答えた。
「私はいつでも貴女の味方ですから」
私の視界が涙で滲んでいく。ああ、私の傍にはいつも葵がいた。葵はいつも私を助けてくれた。……そして、今日も。私は左胸をきゅっと左手で押さえる。ドクドクと忙しなく動く心臓を隠すように。
葵は私の前に跪いて、手を差し伸べる。私は涙をドレスの袖で拭って、その手を取った。私の恋はずっと傍にあったのね。葵が笑みを深める。私も笑みを浮かべて、彼の大きな手を握った。
つづく
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