我がソシュアルの地へ、ようこそ!

 ソシュアル国の空軍本部を訪問しているスッパイーゼ‐ウメイメシは今年三十八歳で、これからが働き盛り・軍人盛りの男なのである。

 そんなスッパイーゼが次のフランセ国軍総大将に選ばれたなら、フランセ国軍史上最年少の総大将が誕生することとなる。それに加えて、現在のウムラジアン大陸で生きる元帥格の軍人としても、彼が最年少者になるのだ。

 だが、その若さで果たして一国の軍隊を仕切って纏め上げることが本当に可能なのだろうか、というような疑問や不安を抱く者もいない訳ではない。

 実際のところ、反ランチャトス派の代表者であるナマライス‐ティポットの起こしたクーデターが、そういった懸念の声の追い風になっており、フランセ国内だけでなくウムラジアン大陸を揺るがせつつある。

 だが、スッパイーゼは、そのことをまだ知らない。


「お、おはようございます!」


 たった今起床したばかりの上官に向かって震え声で挨拶したのは、世話係の役目を担ってついてきた空軍中尉タンドリ‐チキオダワという若者だ。


「ああおはよう。おっどうした、寒いのか?」

「いいえ……あの、大変驚かれることとは思いますが、今朝の新聞です」


 スッパイーゼに「日刊フランセ」を差し出す手も、声同様に震えている。


「んむむ……ほほう」


 タンドリの予想に反して、スッパイーゼは驚くのではなく、感心するような言葉を発した。


「あ、あのうスッパイーゼ大将、四コマ漫画のページではなく、第一面の方をご覧になって下さいませ」


 新聞を開く時、最初に四コマ漫画「カラアゲちゃん」を見ることが、スッパイーゼの楽しみなのである。

 今朝の話はオチにスパイスが利いていて、「ギャク系四コマ漫画オタク」という少し恥ずかしい異名を持つスッパイーゼをも唸らせるほどの、なかなかの傑作だったのだ。


「ああ済まない。いやあ、今日のカラアゲちゃんは実に面白い。あははは」

「…………」


 おもむろに新聞紙面を裏返して、第一面を見たスッパイーゼの顔が、まさに一瞬にして蒼褪めてしまった。もちろん、その蒼い顔のままで残りの人生を歩むことには、決してなりはしないが、それでも、この時のスッパイーゼの顔は、まさに顔面蒼白という表現がぴったりだった。


 Ω Ω Ω


 ソシュアル国空軍本部第三飛行場の滑走路に、一筋の青い輝きが伝う。

 ヴェッポン国から飛んできたブルーカルパッチョだ。なんと飛行時間の八割以上もの間マッハスリーを超過しながらも、ここへ無事に到着したのである。

 他の戦闘機乗りなら、間違いなく途中で故障させて墜落していたはず。

 操縦桿を握るピクルスの白く美しい手は、知る者全てが口を揃えて「神の手」だという。

 だが、実際にピクルスが飛ばす戦闘機に乗った者は、「悪魔の手」と感じるほどの恐怖体験を強いられるのだ。


「ザっラメぇぇ~、生きてるかぁ~ぃ?」

「バぁ☆ウゥ~~、ヴュウゥぅξζξ*~ッ!」


 最新式犬言語通訳装置を通しているものの、今のザラメの声は恐らく犬相手でも意味が通じない、とても情けない悲痛の呻きになっているのだ。

 そんな中、ブルーカルパッチョが定位置でピタリと完全停止した。


「さあ到着ですわ! これより高速の機体が開発されるまでの間、わたくしの今日の記録は破れませんことよ♪ おっほほほほぉー」


 約二千六百キロメートルの距離を、わずか四十分で飛んできたのだ。平均秒速に換算すると約千八十メートル毎秒。標準大気中における音速の三倍を超える驚異的な速さだ。

 最高速度がマッハスリーだと喧伝しているフランセ国の最新戦闘機コンコードで飛んでも、今日のピクルスの記録を破る保証はない。

 速さへの追求もまたピクルスにとっては「力への意志」であり、ブルーカルパッチョでなら、世界一速く飛んでみせるという自負でもある。


 ここへ、出迎えのために待っていた若い男が近づいてきて、大陸の公用語であるウムラジアン共通語でピクルスに話しかける。


「我がソシュアルの地へ、ようこそ!」

「ご機嫌よう♪ わたくし、ヴェッポン国自衛軍に所属しています、キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ!」


 ピクルスも、ヴェッポン・デモングラ・フランセの三国で通常使われているフランセ語ではなく、ウムラジアン共通語で応えた。

 実は、ウムラジアン大陸の各国では数十年前からアカデミー下級課程の第二国語としてウムラジアン共通語を教えている。そのため、どの国の人同士でも日常会話なら普通に可能なのだ。


「自分は、空軍大尉ポークビルスキー‐ブタノピロシキであります。是非お見知り置きのほど、よろしくお願い申し上げます」

「シュアー!」


 ピクルスは、この笑顔が爽やかな好青年と握手した。


「いやあ、それにしても、実にお早いお着きです。マルフィーユ‐フラッペ少将からご連絡があって、まだ一時間も経っていませんのに……」

「おほほほ、シュアー・ソー・マッチ♪♪」

「あははは、素晴らしい!!」


 この快活な青年はポークビルスキー公爵家の長男なのだが、ショコレットの次のお見合い相手だということ、および後日ショコレットとの間の溝を深めてしまう厄介事が発生することなど、今のピクルスには知るよしもない。

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