ピクルスのコンビニエンス・ストア初体験

 中庭を後にしたピクルスは、ピックルを整備しているチョリソールの傍へ行き、彼の背中に声をかける。


「おはようチョリソール大尉」

「おわっ、ああっと、おはようございます、ピクルス大佐!!」


 後ろから不意に挨拶されたため、チョリソールは驚いている。


「今からジッゲンとコンビニへ行ってきます。欲しい物はありますか?」


 チョリソールは、あのジッゲンバーグが良く折れたものだ、とさらに驚く。


「えっ! あいえ、ええっと……そうですねえ、雑誌の『週刊少年プディング』、それか『月刊ヤング・ズッコン』があれば、是非お願い致します!」

「まさか、それはエッチな雑誌では、ないですわよねえ?」

「プディングは大丈夫です。ズッコンの方は、少々エッチなのですが……」

「分かりました、エッチなのはいけませんわ。ですからプディングだけを、購入してくることにしましょう♪」

「よ、よろしくお願い致します!」


 ――ブルルルゥーン!!!


 エンジン音を響かせて走ってきたバギーが二人のすぐ近くに停止した。

 運転していたジッゲンバーグが一度降りて、ピクルスにヘルメットを手渡してから、後部座席のドアを開く。


「さあお嬢様、どうぞお乗り下さい」

「シュアー♪」


 ジッゲンバーグは、運転歴が五十二年という超ベテランドライバーだ。

 軽快なハンドル捌きで走るバギーは、早朝の爽やかな風を切りながら、開店してからまだ数日のコンビニエンス・ストア「フカヒレマート」へ向かうのである。


 Ω Ω Ω


「鮭お握りは、どうしてありませんの?」

「はあ、つい先ほど、最後の一つが売り切れてしまいまして……」

「わたくしが購入しますのに、どうして先に全部売ってしまうのですか!!」

「いやあ、そういわれましても……」


 フカヒレマートの若い男性店員は、派手なゴスロリ風衣装を身に纏って初来店したピクルスに詰め寄られ困り果てた。彼は、この風変わりで高圧的な少女は新手のクレーマーに違いないと思っている。そう思わざるを得ない状況だ。

 ただ救いなのは、ジッゲンバーグの存在だった。


「ピクルスお嬢様、こういった小売店では、希望の品が必ずしも揃っている訳ではございません」

「それでは、わたくしが買い物にきている意味がありませんわ!」

「お嬢様、今こちらの青年が説明した通り、鮭お握りは既に売り切れており、ここにはもう一つもございません。お諦め下さいませ」

「この者に金貨を与えて、すぐに作らせなさい!!」


 この時、二人の口論を開口したまま眺めていた店員が、恐る恐るながら横口を入れようとする。


「あのう、ちょっと、よろしいでしょうかぁ」

「よろしくありませんわ!! あなたは早く鮭お握りを作りなさい!」

「ピクルスお嬢様!」


 店員に詰め寄って今にも掴みかかろうとしているピクルスの前に、ジッゲンバーグが割って入った。

 後ずさりをして距離を取った店員は、弱々しい小声で話を続ける。


「鮭お握りはもうありませんが、鮭マヨお握りの方でしたら、まだたくさん残っていますよ。そちらでは、駄目でしょうか……」

「えっ、ですって?!」


 一転して、ピクルスの瞳が嬉々として輝く。

 単なる鮭お握りではなく、鮭マヨお握りという初めて耳にした言葉の響きは、ピクルスの純粋な心をより一層澄ませようとするかのように染み渡ったのだ。


「はい、焼き鮭のほぐし身にマヨネーズを和えてあります」

「まあなんということ! それもきっと、鮭お握りの亜種ですわね♪♪」

「はい、まあそういうことになります」


 この言葉によって、ピクルスの瞳がさらに輝きを増した。


「決めました。今朝は、その鮭マヨお握りですわ。ジッゲン、早速金貨を与えて、残らず全てを頂くのです!」

「はい承知しました、ピクルスお嬢様」


 実はこの店の場合、鮭マヨお握りは売れ筋の人気商品なので、普通の鮭お握りよりも多く仕入れている。ところが、少数だけ入荷していた鮭お握りの方が、今日に限って先に売り切れたのだ。

 鮭マヨお握りは、百八十個仕入れたうちの二十個がまだ残っている。

 今朝はそれら残り全てが、ピクルスによって買い占められることとなった。


 鮭お握り問題が無事解決したので、ピクルスはゆっくりと店内を見て回ることにした。その途中で、頼まれていた「ワンちゃんにボーン」のカルボナーラ味と「週刊少年プディング」を手に取りながら、横について歩くジッゲンバーグに尋ねる。


「ジッゲンには、なにか欲しい物、ありませんの?」


 ジッゲンバーグは遠慮がちに雑誌コーナーを指差す。


「はあ、お言葉に甘えさせて頂いてよろしいようでしたら、あちらに並んでおります、コミック『魔鬼娘オウバジーン』の最新巻を、所望したいのですが……」

「シュアー♪♪」


 こうして、一時はどうなることかと思われたピクルスのコンビニエンス・ストア初体験は幕を閉じる。

 店頭のラックに挿し込まれている今朝の新聞各紙第一面――それには、ピクルスとジッゲンバーグは目もくれなかったのであるが、この後ピクルスを巻き込むことになる、ある大事件の記事が載っているのだった。

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