老執事シュバイツ‐レゾッドの作戦
ここはヴェッポン国の王宮内にある王の一番大居室。
国王が玉座にどっしりと構えている。
「それで、その馬鹿者二人は、今どこにおるのだ?」
「はい、ただ今拘束へと向かわせております」
国王に謁見している男はマルフィーユ‐フラッペ。マルフィーユ公爵家の当主であり、自衛軍総司令本部に配属されている少将でもある。
ここへくる途中、歩きながらフラッペからディラビスに、ボムキャベッツ迎撃の一件について伝えられた。それでディラビスと彼の部下数人が直ちにブルマアニュ高原へと向かわされたのである。
「して、その処分は?」
「軍法に照らし合わせますれば、捕虜扱いかと……」
「ならば、今回の婚約の話は、白紙だな」
「はい。致し方、ございません……」
額から冷や汗を流すフラッペだ。
「して、デモングラへは?」
「これから連絡をと考えております」
「ならば、しばし伏せておくが良い」
「はっ、承知致しました!」
Ω Ω Ω
ピクルスたちはラデイシュと別れた後、邸の正面出入り口へは行かずに横から中庭を通って、その奥にあるメロウリの居室へと向かう進路を選ぶ。
メロウリはサラッド公爵家の長女だ。ピクルスにとっては数少ない友人の一人であり、今年十七歳である。
中庭の途中、ピクルスが藪から棒に機関銃をぶっ放す。
――ヅヅヅッヅッーン!
これは訪問を知らせるピクルス流の合図だ。銃声によって奥の出入り口に設置されているセンサーが作動して、自動的に扉が開く仕組みである。
銃口は空へ向けられている。以前は邸の壁に向けていたのだが、最近のピクルスは、少しは常識をわきまえるようになったのだ。
銃声に反応するのは扉のセンサーだけではない。
「キュウカンバ‐ピクルス様、もう少しお静かにお入り下さい」
このように、老執事シュバイツ‐レゾッドが必ず現れる。
「おはよう、レゾッドさん」
「はい、おはようございます。チョリソール君とザラメ君も、ようこそ」
「おはようございます、シュバイツさん」
「おはようございます、シュバイツさん!」
軽くお辞儀をするチョリソール。左肩にかけているリュックサックがずり落ちそうになり、それを彼の大きな右手が押さえている。
一方、ザラメは激しく尻尾を振っている。それでピクルスは思い出した。
「レゾッドさん、ザラメになにか食糧を与えて下さるかしら?」
「はい、用意してございます。犬用ソーセージと犬用ジャーキーとでは、どちらがよろしいのでしょう」
「ザラメ軍曹、どちらを食べたいか?」
「自分は両方を食べたいです!!」
ザラメは目を輝かせて、さらに激しく尻尾を振り、舌からは涎を大量に垂らしている。
「だそうですわ」
「ははは、そうだと思いました。食堂の床に置いてありますから、早速どうぞ」
「ザラメ軍曹、目標物は食堂の床ですわよ。直ちに急行せよ」
「ラジャー!!!」
応えるが早いか、ザラメは食堂に向かって一目散に駆けて行く。
「さて、ピクルス様」
「なにか?」
「来訪時には呼び鈴をお使い下さい、と毎度毎度繰り返し申しておりますのに、どうしていつも、そのような銃をお撃ちになるのでしょうか」
「わたくしの銃は正義ですわ」
「銃とは、敵に向けるものにございます」
「敵がどこに潜んでいるか分かりませんわ。威嚇射撃も常に必要です♪」
「左様で……」
レゾッドとピクルスによる同じような会話が、今までに何度繰り返されてきたことか。
「ところで、レゾッドさん」
「はい」
「クッペ婆やから聞いて、ザラメを連れてきたのですけれど、なにか作戦でも?」
「本日、奥様がザラメ君をモデルにして、デッサンをなさるご予定なのです」
公爵婦人は絵を描くことが趣味なのだ。モデル料は今頃ザラメの胃袋の中に入りつつあるだろうから、もう断ることができないはず。
「それでクッペ婆やは、今朝ザラメの餌を出さなかったのだわ」
「はい、作戦成功にございます」
「レゾッドさんも、なかなか軍略に長けていますのね。おっほほほ♪」
「いえいえ、それほどでも……」
ザラメが食べ終える頃を見計らって、レゾッドは食堂に戻ることにした。
ピクルスはチョリソールを従えて、メロウリの居室にやってきた。
部屋の中央に豪華なソファーがあり、メロウリが優雅に座っている。今日は水色の生地に白のフリルがついた清涼感のあるドレスだ。
「メロウリ、おはよう」
「おはようございます、メロウリ様」
「おはよう、ピクルス、チョリソール」
笑顔のメロウリ。ゴールデンロッド色の髪が、ふわりと揺れて煌めく。
「メロウリ、例のものは?」
「机の上に置いていてよ」
部屋の壁に面して配置されている学習机の上にノートが一冊ある。その表紙にはとても丁寧な字で「数学B」と書かれている。
「チョリソール大尉、五分で写しなさい」
「ラジャー!!」
チョリソールが肩にかけていたリュックサックの中から、乱雑に「数学B」と書かれたノートと筆入れを取り出してメロウリの学習机へ向かった。
椅子に腰かけて、すぐに鉛筆を走らせる。小さな学習机と椅子、そしてそれらに収まり切らないチョリソールの巨体との組み合わせが、実に滑稽である。この光景を公爵婦人が目にすれば、デッサンをしたいといい出すかもしれない。
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