第84話
ヨナはエリスに導かれて、崩壊しかけた建物へとたどり着いていた。3つの棟からなる利便性を排した建物は、偶然か、必然か、ヨナが先ほどレトと訪れたものだった。
「ヨナ。こっち」
「ああ」
広場を通り抜け、両翼へ緩やかに伸びる階段を上り、レトの書斎を横切った。ヨナの淡い期待に反して、そこにレトの姿は無かった。
「本当にこっちなのか?」
「うん。一度あってるから」
「そうか」
階段が合流するちょうど真ん中あたりに移動すると、壁が二つに割れて四角い空間が現れる。エリスは迷わずそこへ乗り込み、ヨナも続く。
レトが使用しているものよりもずっと広く、絢爛豪華に装飾された空間だった。しばらくして扉が閉じると、空間はゆっくりと上昇を開始した。
完成途中の建物のように斜めになっている天井を抜け出して、空間はゆっくりとゆっくりと上昇を続けた。そこからはクルードのすべてが見えた。
エリスがさめざめと泣いて、目をこする。
恐らくは、彼女がこうするのは二度目なのだ。かつて彼女はたった一人でこうしてクルードを離れ、あの街で生き抜こうともがき、挫折し、あの日、偶然二つの星は出会ったのだ。
「エリス」
「ヨナ。私、悲しいわ。これから、どうすればいいのかしら」
「わからない」
「私、みんなに、もう会えないって覚悟したのに。戻れた時とっても嬉しかった。なのに、ロジカ・・・ほかのみんなだって。こんなのあんまりだわ」
「生き抜こうとする君はとても素敵だ。どんな物語よりもずっと」
エリスは引き続きさめざめと泣いた。
はじめから創造局などというものは、無いのかもしれない。そして、自分たちは既に終着地点にいるのかもしれない。毎晩のようにヨナを絶望させていた不安をするりと通り抜けて、彼からエリスへと何かが贈られた。
「ヨナ。これ」
「・・・」
エリスは、ふいに指にはめられた輪に光をかざして眺めて、何か霊的な者がそうさせるのか勇敢になった。レトの言っていた呪いとやらの影響かもしれない。
「私。ばかみたい・・・ね」
「俺もそう思う」
ヨナがそう言うと、エリスはまぁと言って見た事があるような、一度も見た事の無い顔をした。
「逃げましょうヨナ。逃げて逃げて、生き延びるの。そうすればきっとまた・・・」
「ああ」
エレベーターが昇り切り、扉が開いた。
押し寄せてきたのは確かにレトが使っていたインクと紙の香りだった。信じがたいことに、部屋の隅に置かれたテーブルの上には大量の紙が山のように積まれていた。あの、インクを利用した。『印刷機』のようなものまでそこに存在していた。もちろん、どちらも局員には所持する事すら許されない代物だ。争った形跡か、それらのいくつかが崩れて床を埋め尽くしていた。
紙の一つには、煽り立てるような激しい書体でこう書かれていた。
『すべての奴隷たちよ立ち上がれ!!
異常な光景に、エリスはカタカタと体を震わせた。
壁に沿ってずらりと並んでいたのは平和贈呈局員たちだったのだ。奇妙なことに、一人だけが痛めつけられて、床の上に転がっていた。ギラギラと装飾され、伸びた爪はそのいくつかが剝げ落ちてピクリとも動かなかった。
彼等は一斉に声を上げた。
『失礼。この妄想犯罪者について君たちにいくつか聞いてもよろしいかな?』
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