第57話

生まれたばかりの6名の子を両手で抱えた女の顔からは完全に血の気が引いていた。


親の元を離れ、自由を手に入れた彼等が泣いているのか、眠っているのか、激怒しているのかはもはや理解が及ばない。

すっかり腹が小さくなった女は崩落しかけている建物の壁に寄りかかって、自由奔放に振舞う子供たちのしなやかな頭髪に静かに吐息をかけている。


あの者はじきに死んでしまうだろう。


ヨナにはそんな確信があった。

レトから預かった幼子はいつの間にか眠りについていて、小さな体が放つ熱が荒布越しからヨナの両腕に伝わっていた。この状態ならば、どこの、誰に引き渡したとしても面倒ごとにはならないだろう。と、牧歌的な平和が彼の心に訪れた矢先の出来事であった。


ヨナは思わず、別の場所を頼るべきだと感じた。


幸い、世話係の者の姿は見えないし、焦点の定まらない瞳は子供たちの頭頂部にだけ向けられていた。この場を去るのなら今を置いて他にないのだ。


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!』


どきりとする。


絶叫は荒布の中から聞こえた。

ヨナは何か魂を突き刺すような運命的なものを感じざるを得なくなり、この場からいち早く立ち去るよりも彼ときちんと対話する必要があるような気がした。


君はどうしたいというのだ?


「あら」


そうこうしている内に絶叫を聞きつけた世話係の者がどこからか現れて二人を見つけた。仲間の声を聞きつけた荒布の子供は一度膨らみさらなる絶叫をあげる。抱き方が下手な訳では決してないのだ。


「その、彼をレトの元から連れ戻したのだが」


ヨナはこの世話係が少しでも否定的な態度を示せばすぐに別の者を頼るつもりで、歯切れ悪くそう言った。しかしながら、そのような彼の不安をよそに掛けられた言葉はとても親切なものであった。

世話係の者は、ヨナから荒布を受け取り、口の中で何やら唱えてあっという間に幼子を大人しくさせてしまう。まるで特別な技能を駆使しているかのように。


「・・・その子」


6名を抱えた女が、どこか穏やかに声をあげた。

世話係の者が気が付いて、返却されたばかりの子を彼女に受け渡した。

子は、すぐに他の者を押しのけて白い肌に張り付いて、他の子供たちに抗議され、やがてそれらはすぐに和解を迎えた。


7名を抱えた女はさらに影を薄くして上の空ぎみに「に増えたって変わらないもの」と呟いた。


ヨナは、世話係の者にまた同じ質問をした。

世話係の者はヨナの様子にいよいよ観念して、空の水差しを差し出した。




共有の水汲み場にたどり着いたヨナの足取りはどういうわけか重かった。

彼はさっそく、排水部に空の水差しを押し当ててバルブを捻ったが、水は出なかった。複雑な状況が折り重なって発生する調子の下振れなどではなく、もっと単純で大きなトラブルが起きているといった印象である。


ここから曲がりながら伸びている水路の先には水を貯めておくための貯水槽もあり、そこにも水はあることにはあった。しかし、足元よりも低い位置に溜められている水は、地上の吐き捨てられた吐しゃ物が溶けだした水たまりを連想させ。どうしても、不潔な印象を彼へ与えたのだった。


出来る事ならば、水道から汲み上げた水が好ましい。


外気に当てられ、生暖かい水道管を辿り、操作が及びそうな部分を探しては排水部へと戻る。

バルブを操作し、水路を下り、足元より低い位置に溜められた水を凝視してから手ですくい取って飲んで、異常が無い事を確認して、再び排水部へと戻る。


すると、なんの前触れも無く、凄まじい勢いで排水部から水が噴出した。


ヨナは急いでバルブを操作して、容器はすぐに水で満たされた。

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