最後の嘘、走馬灯、いったいなにが悪かったのか

遠野 小路

一話 2-1

 なにが悪いって、お前みたいなのが生まれてきたことが最初の間違いだ。

 全ての生命は生まれてきたことを祝福されるべきで、たとえお前だとしてもその例に漏れることはないが、俺はお前という生命ではなくお前という人格の話をしている。

 だからお前が生まれてきたその時とは、お前が物心ついた時、お前の記憶の一番古い時のことで、それはお前が嘘泣きの有用性に気づいた時のことだ。


 赤ん坊は泣くのが仕事みたいなもんだが、お前は3歳になっても全身全霊をかけて泣き叫んだ。

 それはリアクションを得るために最も効率のよい表現だった。お前は泣き止むのが上手かった。「可愛い一人娘のかわいいワガママ」を越えないラインをお前は肌の感覚で感じ取り、執拗に突き続けていた。


 お前に与えられた天賦の才。

 お前には目の前の人間が求めているものがわかる。言葉よりも先に、お前はその感覚について熟達した。


 いや、お前だって初めっから、口を開いた瞬間嘘が飛び出てくるような化け物だったわけじゃない。

 お前は嘘泣きを最初に、徐々に段階を踏んで人間のコミュニケーションってやつを学び、人間の振る舞いを学び、そしてそれらの裏をかく術を学んだ。

 全ては望ましい反応を得るために。


 どの段階においてもお前に挫折はなかった。

 お前が嘘について熟達する前に、まだ精度の低いそれを誰かが厳しく叱って叩き潰し、その芽を摘んでおくべきだったのに。

 お前のそれは、お前の沈黙という物陰で静かに深く根を張って、大きく育ってしまった。


 はじめは、歳に見合った可愛げのあるものだった。


「わたし、おとうさんのことがいちばんすき!」

「もう、この子ったら調子いいんだから」

「わたし、おかあさんのことがいちばんすき!」

「将来は男を狂わす悪女かもな!」

「もう!ほんとうよ?」

「わはははは」

「うふふふふ」

「えへへ……」


 お前は照れくさそうに身をよじりながら頭を掻いてみせる。

 お前は知っていた。

 好意に似せた言葉を差し出すことで、本物の愛が与えられることを。

 今となっては拙い技術だが、お前はその拙さこそが有用であると理解していた。


 お前と違って善良でのんきで無害な人間だったお前の両親がヘラヘラ笑ってる横で、お前もにこにこと黙って両親の会話を聞いて笑顔を浮かべていたが、俺はお前が自分に備わった機能を、嘘をつくための才能を十全に発揮して、その余韻に浸りきって満足していたことをはっきりと知っている。


 全力を振るうことには、心地よい達成感が伴うものだ。

 でも、興味の100%が嘘をつくことだけに向けられていて、それを余す所なく味わい続けてる三歳児なんていていいんだろうか?


 いいはずがない。

 ここでお前は叩き潰されておくべきだった。

 天罰だとか事故だとかなんでもいい、とにかくお前には、嘘をつくと良くないことが起こる、ということを学ぶような失敗の経験が必要だったのだ。


 でもそうはならなかったので、お前はどんどん嘘の精度を高めていって、お前ののんきな両親共は、にこにこ笑ってるお前の笑顔の下で、そんなヤバいことが進行してるなんて考えもしない。

 というか、誰だって普段の生活の中で、お前みたいな嘘から生まれた大嘘太郎みたいな奴のことを想定したりはしないのだ。


 だから誰もお前を止めようとしないし、お前はどんどん牙を研ぎ澄ましていく。

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