第10話 青南高校3

 手芸部員たちは、みな一様に穏やかで優しい印象だった。がさつで乱暴な人間は、わざわざ手芸をしようと思わないのだろう。二年生と一年生、今日は合わせて八人の部活動生が、様々な作品を見せてくれた。

 最近流行りのマスコットを模したあみぐるみや、手作りの毛糸の手袋。動物の赤ちゃんシリーズには、あの子犬によく似たフェルトのぬいぐるみがあった。凛ははしゃいだ調子で、それを作った高校生と話をしている。

「あなたたち、カップルなの?」

 ぼんやりそれを眺めていた翔太は、唐突に話しかけられた。振り向くと、二年生の部員が興味深そうな顔をしている。

「いや、学校が同じで、一緒に来たんです」

「そっかあ。でも男女で見学って珍しいよね。どこの学校?」

「若葉中学です」

「聞いたことはあるけど。誰か出身いたっけ」

 彼女は周囲を見渡すが、手芸部員は顔を見合わせて首を横に振った。

「ここ、いろんな学校から少しずつ来るから、楽しいよ」他の部員が言う。「私たちも全員出身違うんだ」

「きみ、青南来なよ。それで手芸部入ってよ」二年生は楽しそうだ。「男手足りなくって」

 なるほど。翔太は思った。なんだか妙に居心地が悪いと思っていたのは、そのせいだ。言葉が汚い人間も乱雑な人間もいない。なのに何故と思っていたが、教室内には女子生徒しか見当たらない。自分が浮いている気がしていたのはそのためだったのだ。

「ほら、男子って言ったらきみとあの子だけ」

 だが、そうして目配せされた方には、一人だけ男子学生がいた。髪が短くて、眼鏡をかけている。もちろん翔太の知らない制服だ。社交性が高いのか、当然のように他の女子生徒との輪で高校生と談笑していて気づかなかった。

「でも、俺、付き合いで見に来ただけだから……」

「つれないなあ。そんなこと言ったら、彼女が悲しむよ」

 そんなんじゃないと言いかけた時、凛が戻ってきた。翔太と話していた二年生は、可笑しそうにその場を離れて行く。

「ねえ、すごいの見つけちゃった!」

「すごいって、どれ」

「作品ももちろんだけど、ね、こっち来て!」

 手招きしながら跳ねるように彼女は窓際へ進む。

「ほら、海が見える!」

 彼女が指さした方角には、確かに青い海が見えた。グラウンドやプールを越え、数えるほどの民家の向こうに、海の青色がある。

「ほんとだ」

「ここに通えたら、毎日海が見えるんだよね。校舎から。それってすっごく素敵だよね」

 夏の海は遠目にもきらきらと煌めいている。

 だが翔太は、それを見つめる瞳を見つめた。海に負けじというように、凛の瞳も輝いている。そんなのはなにかしらの反射だろうと、普段は冷めたことを思うに違いない。だがこの時ばかりは、そこに期待や希望や夢だのといったエネルギーが溢れているように思えた。未来を視る彼女の瞳に、輝かしい日常が映り込んでいる。

 榎本凛は、それを現実にするべきだ。この学校に通って、海を眺めて、新しい友だちと笑って毎日を過ごさなければならない。

 凛がわくわくを堪えられない表情で、その目を細めて笑う。だから翔太も一つを決める。


 行きは気づかなかったが、帰りの電車の窓からも海が見えた。だが今はそれに目もくれず、凛は驚きの声を上げる。

「ほんとに、翔太くんも行くの?」

「行けるとは思ってないよ。偏差値足りないし」

 確かに、海が近く学生もフレンドリーな青南高校には随分と魅力がある。だが通いたいと思う何よりの理由は、被服室で見た彼女の瞳の輝きを、近くで見ていたいと思ったからだった。何故だか分からないが、今同じ学校に通っているような日常を、これから先も送りたい。それが自分の望みだとはっきり思ったのだ。

 だから伯母に頼んでみると翔太は言った。やらない限り可能性はゼロではない。万が一にも可能性があるのなら、そこにかけてみようと思ったのだ。

 凛はいっそう嬉しそうな顔をする。それは翔太が驚くほどで、駄目だった時のうしろめたさを早くも感じてしまうぐらいだ。

「わからないよ。多分、駄目だって言われる。公立でもやっぱり金かかるし、今までこんな話しなかったし」

 言い訳がましく続けるが、顔をほころばせる凛は「大丈夫」と頷いてみせる。

「翔太くんは、もっと人生楽しまないと。高校行って、一緒に楽しいこといっぱいしよう」

 まるで俺がつまらないやつみたいだ。そんな皮肉は言葉として出てこなかった。彼女があんまりにも楽しそうだったからだ。

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