第8話 青南高校1

「今日は食堂行くの?」

 昼休み、ノートに明日の時間割を書きつけていた翔太に凛が話しかけた。「行くよ」と彼が返すと「私も」と嬉しそうに言う。

 二人は随分とよく話すようになった。ほとんどが凛の声掛けによるものだったが、翔太もだいぶ警戒を解いていた。仲の良い「友だち」程度にはなっていた。


 その日の午後七時半。相変わらず騒がしい食堂の隅で、二人は先日の期末テストの結果について話していた。季節は初夏の七月。翌週には担任教師との進路面談が控えている。

 翔太の成績は中程度。三年生二百人中、九十番台あたりをさ迷っていた。対する凛は上の下ほどで、五十番台に位置している。

「ねえ、一緒の高校行こうよ」

 唐突にそんなことを言い出す彼女に、翔太は眉間に皺を寄せる。

「いや?」

 不安そうな凛に、親子丼の米を飲み込みながら首を横に振った。

「俺、進学しないよ」

「高校行かないの?」意外な表情で、彼女は目を瞬かせた。「どうして」

「どうしてって……」

「……もしかして、伯母さんに言われてるの?」

「いや、言われてはないけど……」

 そもそもそんな話をしたことがない。だが、いつも辛うじて三百円をもらっているのだ。美沙子が高校に行く金を出してくれるとは微塵も思わない。それなら自分がアルバイトをして授業料を賄う手もあるが、それも許されるとは想像し難かった。バイトをするぐらいならまともに働けと怒鳴られるに違いない。それぐらい予想できる。

 凛もこの頃にはいくらか察していた。雨宮翔太は金をかけてもらっていない。貰いものの制服や体操服は彼の体型より少し大きめだったし、文房具も靴も随分傷んでいた。痩せているのにやたら給食をおかわりし、それをクラスメイトはからかった。だが彼らが彼を憐れむのではなく「またかよ」と笑いながらその後ろに並ぶのに、いいクラスだと思ったのだ。

「翔太くんは、どうなの」凛は翔太に尋ねる。

「どうって」

「翔太くん自身は、高校、行きたいって思う」

「俺は……」

 そして口ごもった。元々無理だと思っていたから、そもそも自分がどうしたいかなど考えたことがなかった。勉強は好きでも嫌いでもない。理科は好きだが英語は嫌い。けれど、それが理由になるほど嫌いではない。

「じゃあ、一緒に見学行こうよ!」いいことを思いついた。そんな顔をして彼女が提案する。「夏休み。青南せいなん高校の見学会があるんだけど、一緒に行こう。その方がきっと実感湧くよ」

 彼女の言葉は随分と合理的で正しい気がした。

「でもそこ、偏差値高かった気がするけど。俺、行きたくなってもそんなに頭よくないよ」

「大丈夫。その時は一緒に勉強したらいいだけだもん。一緒に教え合ったらきっと上手くいくよ」

「一緒ばっかりだなあ」

 まるで「一緒」なら全てが上手くいくとでも言いたげだ。だが呆れながらも、それならばと翔太は思った。

「榎本さんは、他に行く誰かはいないの」

「青南高校って、ちょっと遠いでしょ? だから私の周りにはいないかな」

 頷きながら、翔太は頭の中で電車賃を計算する。貯金といえるほどの額はないが、食堂で時折まけてもらった時の金をこっそりとっていてよかった。いくら金がないといっても、女の子にそこまで頼るのは情けない。

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