4-6. 神々の箱庭
「へ? 星……ですか?」
「自分たちの昔の星をコンピューター上に再現したんじゃな。そして、そこに木を生やし、鳥や魚や動物や虫を解き放ち、最後に自分を作った創造者である人間たちを置いたんじゃ」
「一体……何のために?」
「置いた人間は原始人。ほんのちょっとだけ猿に近い野蛮な野生の人間じゃった。そこから一体どんな文明・文化が育つかをじっと観察したんじゃ」
「えっ? それは何だか興味深いですね……」
「そうじゃろ? 興味深いじゃろ? ワシらの気持ちが分かるか?」
レヴィアはニヤッと笑った。
この瞬間、ヴィクトルの中に稲妻のような衝撃が走った。全てが一本の線に繋がったのだ。ヴィーナの感謝、ヒルドの焦り、不自然な魔物や魔法、全てがたった一つの目的の前に整然と並んでいることをヴィクトルは理解した。五十六億七千万年前から続くすさまじく甚大な計算の歴史……、そう、世界は紡ぎだされる文明・文化を愛でる神々の箱庭だったのだ。人間は光の中で神に生み出され、神に愛され、そして時には怒りや失望により滅ぼされる……、まさに神話の通りだったのだ。
ヴィクトルは言葉を失い、椅子の背もたれに力なくもたれかかり、ただ虚空をぼんやりと見つめた。
そんな馬鹿なと一瞬思ったが、話のどこにも矛盾がない。宇宙が誕生してから138億年経っているのだ。手のひらサイズのiPhoneであれほどグリグリと魅力的な世界が創れるのなら、開発に十万年かけた本格的なコンピューターだったら自分たちの世界を作ることも造作もない事だろう。
「主さま大丈夫? エール飲みます?」
ルコアが心配をして樽を差し出してくる。
ヴィクトルはじっと樽の中で揺れる泡を見て……、
「大丈夫、ありがとう……」
と、言って、大きく息をついた。
「僕らはペットですか?」
ヴィクトルはレヴィアをやや非難をこめた目で見た。
「とんでもない。この星の主役は君たち人間じゃからな。君らが学校の学生だとしたらワシらは用務員さんじゃよ」
「でも、出来が悪い星は消すんですよね?」
レヴィアは大きく息をつくと、
「……。上の判断で廃校になることはある。用務員にはどうしようもできん」
そう言って静かに首を振ると樽を傾け、グッとエールを飲んだ。
「ヒルドが『この星が消されないために宗教をやる』って言ってました」
「確かに活性度が上がり、いい刺激にはなるじゃろうな。じゃが、管理者が主導したとバレた時点でアウトじゃ。用務員が学園祭のステージで活躍するのは重罪じゃ」
「ダメなんですか?」
「オリジナルな文明・文化を作ってもらうのが我らの仕事じゃ。関与してしまったらそれはわしらの知ってる世界の劣化コピーにしかならん。やる意味自体がなくなってしまうんじゃ」
レヴィアは肩をすくめる。
ヴィクトルは腕を組み考える。この世界の不思議なルールに納得しつつも釈然としない思いがモヤモヤと頭を支配し、しかしそれはなかなか言語化できなかった。
ルコアがふらりと立ち上がり向こうへ行く。
ヴィクトルは気にも留めていなかったが、その後信じられないことが起こった。
ルコアが手を青く光らせニヤッと笑ったのだった。
「ん?」
ヴィクトルはルコアの意図をつかみかねる。
直後、なんと、ルコアはいきなり手刀でレヴィアの心臓を背後から打ち抜いた。ザスっという重い音が部屋に響く。
グハァ!
大量の血を吐くレヴィア。
返り血を浴び、血だらけとなったルコアの目は真紅に光り輝き、恐ろしげな笑みを浮かべ、さらに腕に力を込めると、鬼のような形相で叫んだ。
ウォォォ!
レヴィアは激しいブロックノイズに包まれ、
「ヒルドか! ぬかった! ぐぁぁぁ!」
と、叫び、必死の形相でルコアを振り払おうとするが、上手くいかない。
ヴィクトルはルコアを制止すべく魔法を発動しようとしたが……魔力が全然出てこない。
「くそっ!」
飛び上がってテーブルを飛び越え、ルコアに飛びかかったヴィクトルだったが、あっさりと殴り飛ばされ、壁に叩きつけられ、転がる。
ギャァァァ!
レヴィアは断末魔の叫びを上げながら薄れていく……。
「あぁ! レヴィア様!」
目の前で展開される惨劇にヴィクトルは真っ青になって必死に体を起こすが、ただの六歳児にされてしまったヴィクトルにはなすすべがない。
そして、レヴィアはブロックノイズの中、すぅっと消えて行ってしまった……。
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