第3章 試練

第20話 謎


 夢瑠の結婚式が終わってすぐ、猛勉強を始めた。一週間かけてやっと全部の学習が終わり、最後のテストに挑んでいる。


「オーダーを承る際の禁止事項は? 」

「はい。生存または過去に実在した人物と同じロイドを作る事、1年以内に居住地域が変わる可能性のある方から注文を受ける事、重要事項を説明せずに受注する事の3点です」


「禁止事項を破るとどうなりますか? 」


「担当者、企業、お客様自身が国法によって処罰され、財産没収や懲役刑など重い罪を負うことになります」


「そうですね。防止策として、データベースでの確認は必須だけでなく、お客様との信頼関係を築く事も大切です。適切にカウンセリングを行い、それでもお客様自身が違法な事をするようであれば、担当者やショップの責任は問われません」

「はい、分かりました」

「概ね理解できているようです。先日のテストも優秀な成績でした」

「ありがとうございます」


 水野さんの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。これで式の為の休みを堂々と申請できる。


「合格です。明後日、ちょうど新規予約のお客様がいらっしゃるので担当してください」

「え!? 私がですか? 」


 担当を持つなんてもっと先の話だと思っていた私は、驚いて変な声を出してしまう。


「当たり前です。いつまで見習いでいるつもりですか」

「分かりました……」

「カウンセリングは明後日10時からです」

「はい」


 カウンセリングの前に復習しないと……端末に予約入力をしながら思っていると、なぜか強烈な視線を感じた。


「あの……何か? 」

「何があったのです? 」

「はい? 」

「この所、やけに熱心ですね。急に飲み込みも速くなっています」


 心を探るような視線。


「いえ、何でもありません」

「内藤も……同じ反応でした」


 その名前にギクッと心が反応してしまう。悪い事をしたわけじゃないのに、なんで隠さなきゃいけないんだろう。


「何を言われたのです」


 口調と、眼差しが少し強くなる。私も負けずに水野さんを見つめる。


「水野さんこそ、なぜ全て話してくれないんですか? 」


 沈黙が部屋を流れる。



「何を聞いたか知りませんが……あなたには関係ない事です」

「関係あります。私は全部覚えてるんです。あなたが怪しい組織の一員だって事も、私と海斗の事を捜査して罰した事も。あんな思いをして苦しめられたのに、忘れる事なんてできません! 」


 水野さんの手が向かってくる。


 殴られる……目をつぶった瞬間、手が耳元で止まる。


「誰にも聞かれてはなりません」


 水野さんは私の通信機器と自分の分も外してテーブルに置いた。


「終業時刻です」

「水野さん! 」

「あなたが知りたい事はここでは話せません。安全な場所で話しましょう」

「また、いつもの小」

「不用意な発言は控えてください。ここでの会話は誰に漏れているか分かりません」

「すみません……」

「そんなに知りたいのですか」

「はい」


 水野さんは大きく溜息をつく。


「その代わり、私の質問にも正直に答えてもらいます。着替えて表にいてください」

「分かりました」


 ここで働き始めて一ヶ月……ずっと不思議だった。何で帰ってこれたのか、この先どうなるのか……組織に何か思惑があるのか、私達はいつまで処罰を恐れながら暮らさないといけないのか……いつまでも知らないふりは出来ない。



 海斗も……そう思うよね。



 仕事中はネックレスにしていた指輪を薬指にはめながら問いかける。


 明日、海斗と式場の下見に行く約束をしている。不安な事は今日、全て終わらせて安心して前に進みたい。


 着替えを済ませた私が表に出るとまだ水野さんはいない。


 どんな話が……聞けるんだろう。


私の前に、一台の車のような乗り物が停まった。


「乗ってください」


 水野さんの声が聞こえてドアが開いた。言われるがまま乗り込むと、水野さんは慣れた様子で車を走らせる。


「安全な場所というと、ここしかありません。話し終えたら家まで送ります」

「お願いします」

「それで何を言われたのです? 内藤に」

「まだどうなるか分からないと言われました。海斗は元々、廃棄処分になる予定だったと……本当ですか? 」

「嘘……とは言えません。処罰を決める際にそういう話があった事は事実です。ですが、それも昔の話です。今、世界は深刻なロイド不足に陥っています。ロイドを作るには地中にある特殊な鉱物が必要なのですが……それが足りなくなっている事が原因です。あなた方があの島で暮らせなくなったのも……その鉱物を掘削する為です」


 ロイド不足……特殊な……鉱物……?


「話がそれました。だからこそ今いるロイドを少しでも有効活用しなければなりません。それが例え、怪しい人間が作ったロイドだとしても頼らざるを得ないのです」


 怪しい人間──海斗を消そうとした、あの父親の顔が浮かぶ。


「そして、労働人口が減っている現在では、人命がなおさら貴重と考えられるようになっています。ですから、あなたや海斗の身に危険が降りかかる事はもうありません……疑われるような事さえしなければ」

「信じて……いいんですか? 」

「それはあなたに任せます」


 でもこの人は……私達を窮地に陥れた人だったはず。攻撃したり庇ったりするのはどうして……。


 車が、誰もいない空き地で停まる。


「それにしても、何をそんなに怒らせたのです? 内藤にそんな事を言わせるなんて」

「私はただ……海斗の負担を減らしたくて…お願いしただけです。それは少し、言い過ぎたかもしれませんけど……」


「無理をしたみたいですね」

「え? 」

「本来、出来ない無理を通した事で、上がざわついています」

「出来ない無理……海斗の持ち場を変えた事ですか? 」

「はい……内藤らしくない事ですが、あれで情に脆い所がありますから……目の前で苦しむ海斗を放っておけなかったのでしょう」

「どういう方かも知らず、失礼だったと思います。でもあの人は水野さんが私達を庇う理由がわからないと言っていました。海斗の事を得体のしれない物と言ったり……私達の事をよく思っていないようです。そんな人がどうして? 」

「内藤の考えまでは分かりません……特に最近の。意図はどうあれ、結果あなた達は救われたのですから次に会う機会があったらお礼ぐらい言っておきなさい。その後の事は内藤自身の問題です」

「水野さんは……? 」

「はい? 」

「水野さんは、何を考えているんですか? 私達を罰したり庇ったり」

「庇った覚えはありません」

「でも……自分は仕事も命もいらないって……私達を会社に貢献させる約束をして連れ帰ったのは水野さんだって」

「余計な事を……」


「本当なんですね」

「素直な気持ちを言ったまでです。今更、命など惜しくありません。私は上層部にとって知らなくても良い事まで知っている……厄介な人間です。今ほど人命が尊重されていなければ、とっくに消されています」

「消されるって……」


 水野さんは窓を開けて外を眺める。


「それにしても組織とは……随分懐かしい響きですね」

「懐かしい……? 」

「あなた達を捜査していたあの組織はもうありません」

「無いって……」

「一年前に解散し、殆どの者が立場を追われ辞めていき……行方も分からぬままです。その存在を今でも知っているのは私と内藤と、上層部の数名だけです」


「え……? 」


「あの時の私が、あなたに組織の存在を伝えなければ良かったのですが……あなたの記憶を消す事に失敗し、あなたまで組織の存在を知っているとなれば、今度は海斗でなくあなたが狙われます」

「狙われるというのは……消される、という意味ですか? 」

「はい。あなた達を庇う気はありませんが、後戻り出来ない所に巻き込むつもりもありません。深入りせず、組織の事は忘れてもらえれば普通に暮らしていけます……ロイドショップ自体は、ごく一般的な企業ですから」


 後戻り出来ない所……背筋が寒くなる。


「結婚するのでしょう? 」

「どうしてそれを? 」

「海斗から聞きました」

「え? 」

「式を挙げる許可がほしいと」

「そう……なんですか」

「はい。側にいるあなたは何も言ってきませんでしたが……」

「すみません。最終テストに合格してからと思って」

「構いません。転居や旅行などの派手な動きは許されませんが、最初に渡した条件さえ守ってくれれば」

「じゃあ……」

「私に許可を得る必要などありません」

「ありがとうございます」


「この街で、海斗と生きていくと決めたのなら、上層部に睨まれるような事だけは避けなさい。あなたが担当を持てば私といる時間もなくなり、全てがあなたの責任になるのです。組織や処罰の事はもちろん……仕事でも目を付けられるようなミスは許されません」

「はい……」

「組織は解散しましたが、国は当時、組織に関与していた事を隠蔽したいようです。残党である私達を消す口実を探しています。私や内藤もいつ何があるか分かりません。


だからこそあなた達を巻き込まない様に忘れろと言いました。2.3年……大人しく従順に働いていれば、自由になれるはずです。過去の事は……もう二度と口にしてはなりません。あなたが口外すれば、話した相手も消されるのです」

「……はい」

「遅くなりましたね……もう送ります」


 停まっていた車が再び動きだす。水野さんは黙ったまま、前だけを見つめていて車窓からはたくさんの車のライトが見える。


 あの時の私は……確かにとんでもない事に巻き込まれていた。今、久しぶりにそれを実感して、これ以上、何を言っていいのかわからない。


「この街は変わったでしょう」


 窓の外を眺めながら、水野さんがぽつりと呟く。


「はい。たった2年でこんなに変わるんですね」

「これからもっと変わります」

「え……? 」

「そして、その度に私達を取り巻く環境も変わっていくのです」


 気のせいかもしれない。でも一瞬、水野さんが寂しそうな表情を……浮かべた気がした。


 車がマンションの前で停まる。


「遅くなりました、早く入りなさい」

「はい、お疲れさまでした」


 ドアが妙に重く感じる。


「笹山さん」

「はい……」

「そんな顔をしていたら海斗が心配しますよ」

「はい……ありがとうございます」


 家で……海斗が待ってる。


 車を降りて水野さんが走り去ったのを見送ると、海斗に会いたくて急いだ。







「ただいまー」


 玄関に入ると、いい匂いが迎えてくれる。


「海斗、ご飯作ってくれたの? 」


 嬉しくて明るく声を掛けながらリビングに入る。


「海斗……? 」



 飛び込んできたその光景……何が起きたのか、分からなかった。

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