第12話 不思議な関係
「短期間でよく覚えましたね。休み明けからは店に出るのでそのつもりでいてください」
「はい、わかりました」
あれから勉強漬けの一週間が過ぎ、なんとか最終試験に合格することが出来た。
「そんなに焦らなくても。もういいから早く帰りなさい」
「すみません、お先に失礼します」
水野さんの言葉を聞きながらも帰り支度をする私は、呆れられる。
それでも帰らなきゃ、今日は約束があって海斗と待ち合わせをしているから。急いで着替えを済ませて外に出ると、木陰で待っている海斗が見えた。
「ごめんね、遅くなって」
「お疲れさま、まだ充分間に合うからゆっくり行こう」
そう言うと海斗は、すぐ側に停まっている白い物体に乗り込む。
「何これ? 乗っていいの? 」
「うん、この間快適だったでしょ? だから今日も借りてきた」
「この間……? 」
「覚えてないの? 樹梨ちゃんと夢瑠ちゃんに会いに行った日に乗ったよ? 」
乗り込むと身体がふわっと浮く……その感覚で思い出した。
「そういえば乗ったかも」
「でしょ? 卵みたいだからエッグって言うんだって」
「エッグ……そういえば、最近たくさん走ってるあれ? 」
「そうそう。レンタルなら乗り物を所有してる事にはならないし、店までちょっと距離があるからね」
そのエッグは不思議な速さで既に大通りを走っている、これなら約束の時間にも十分間に合いそう。
「色々考えてくれてありがと。ごめんね、せっかくのお休みなのに」
今日は久々の休みだったのに、兄貴からの呼び出しに付き合わされる海斗に、申し訳なく思う。
「ん? いいんだよ、ゆっくり出来たし。来週も休みあるから」
「来週は点検でしょ? 」
「大丈夫大丈夫。ほら、もう着くよ」
エッグが隅に寄ってゆっくりと停まる。降りてじっくり見てみると、本当におっきな卵みたい。
「本当に卵みたいだね、かわいい」
「ね、結構好きかも。もうお兄さん達来てるのかな? 」
辺りを見回す海斗の隣で深呼吸。お兄さん達……そう、今日は兄貴だけじゃなく夢瑠がいる。あの後、何があったのかはわからないけど、四人で食事しようと兄貴に誘われてこの店で待ち合わせることになった。
どうなっても友達……そうは言ったけれど、やっぱりまだ緊張する。
「店に入ってようか」
さり気なく手を絡める海斗。海斗がこれをするのは、どっちかが不安な時……私の緊張を和らげてくれてる。
私もぎゅっと握り返す。
「ハルちゃん! 」
後ろから声がして振り向くと、夢瑠が駆け寄ってくる。
「急にごめんね。仕事忙しかったよね? 」
「大丈夫だよ。俺は休みだったし、ねぇ? 」
「うん、兄貴は? 」
「もう来るんじゃない? 先に入ってよっか」
意外とあっさりした様子で夢瑠はさっさとお店に入っていく。予約してあったのかスムーズに席まで案内され、三人で兄貴を待つことになった。
「あのね……えっと、ハルちゃんの前でお兄さんの事なんて呼んだらいいのか分かんないんだけど……」
「普段どおりで大丈夫だよ? 夢瑠はなんて呼んでるの? 」
「えっと……なんだろう、ねぇねぇとか、ちょっと……とか? 」
「え? そうなの? 」
「ハルちゃんは? 」
「ん? 」
「おんなじお家にいても名前で呼んでるの? 」
「うん、隣にいても海斗って言っちゃう。兄貴だって夢瑠って呼んでるんじゃない? 」
「うーん……あんまり聞いたことない」
その時、ちょうど扉が開いて焦った様子の兄貴が入って来た。
「悪い、仕事長引いて」
「もう! 自分から言ったんだから遅れちゃだめでしょ! 」
「ごめんごめん」
兄貴を、夢瑠がたしなめている……私があんなこと言ったら喧嘩になりそうなのに。
「仕事だったか? 」
「いえ、休みでした、遥は仕事でしたけど」
「そうか、悪かったな」
「いいけど……珍しいね、今まで私にそんな事言った事ないのに」
「んな事ないだろ……食事は? もう頼んだ? 」
気まずそうに私から視線を反らす兄貴。そんな思いをしてまで集めてする話って何だろう。
「ちゃんと待ってたんだからね? お腹空いたぁ」
「何食べる? この店、最近知ったんだけどうまいんだよ」
「オススメとかあります? 」
「オススメか……そうだなぁ」
兄貴と夢瑠と海斗がメニューを見ながら話している。兄妹とか友達とか恋人とか……少し前までバラバラにあった関係が繋がって、こんな風に食卓を囲んでるなんて……なんだかすごく不思議。
「ハルちゃん、どうしたの? 」
「ううん、何でもない」
「食べないなら勝手に頼むぞ」
「食べるってば。兄貴って相変わらずサイッテー!! 」
「は!? お前に言われたくねぇよ」
「はいはい、喧嘩は止めて。ハルちゃんにもっと優しくしないと怒るよ」
「はぁ……わかったよ、調子狂うなぁ」
「こっちこそ。いなくなった私も悪いけど、兄貴だって何も言ってくれなかったじゃない、夢瑠は私の友達なんだから。なんで一緒にいるのかぐらい教えてほしかったよ」
言えた。
夢瑠とだけじゃなく、兄貴とだって今まで通り気を遣わずに言い合いたい。どれだけ大人になったって私達は兄妹なんだから。
「だから……今日話すつもりで呼んだんだよ。こっちだっていきなり帰ってきたお前に、何から言ったらいいかなんてわかんねぇよ」
ぶっきらぼうな話し方は相変わらず嫌いだけど、兄貴もほっとした様子なのが分かる。もう普通に……話せそう。
「夢瑠、何食べたい? 」
「えっとねぇ……あ、これ美味しそう」
「ほんとだ。じゃあ、大きいのいくつか頼んでみんなで分け合おっか」
「うん、注文するね」
「おい、勝手に決めるなって。えっと……そっちは文句ないのか? 」
「はい、海斗って呼んでください」
「わかった、そうするよ」
私と夢瑠が料理を頼んでいる間、兄貴と海斗がぎこちない言葉を交わす。
「なんか……面白いですね」
「何が? 」
「いや……お兄さんと遥も言い合ってるようで仲良いなと思って」
『仲良くなんかない!! 』
「あ、兄妹でハモってる~」
「もう……! 」
海斗と夢瑠の視線がとっても恥ずかしい。
「やっぱり、兄妹いるっていいなぁ~、私もカイ君もひとりっ子だもんね」
「そうだね……家族がいるっていいよね」
海斗の何気ない一言に少し胸が痛い。海斗にとって家族は憎い存在だから。
「何言ってんだ。遥のパートナーなら俺達も家族だろ……海斗が良ければだけど」
兄貴の口からまさかそんな言葉が出てくるなんて。海斗、嬉しそうにしてるし。
「あ、お料理来たよ、食べよう」
夢瑠が小窓を開けて料理を受け取ってくれる。それを兄貴がまた受け取ってテーブルにのせ、不思議な夕食が始まった。
「美味しい! 」
「だろ? 初めて来た時、驚いたんだ」
「ハルちゃん、このハンバーグ、私が作ろうとしたのより美味しい! 」
「そうなの? 」
「え? ハンバーグ作った? 大丈夫だったの? 」
「美味しかったよねぇー」
「まさか……グリル使った? 」
「え!? ど、どうだったかなぁ~、フライパンだったかもしれないなぁ~、ね、ハルちゃん」
「うん、フライパンで焼いた」
「
「分かってるって」
夢瑠、きっと兄貴の前でも何かやったんだろうな…あの場にいるのが兄貴だったら、やっぱり私と同じように掃除したり夢瑠のケアをしたりするのかもしれない。
「ねぇ……兄貴ってさ」
「何だよ」
「夢瑠の事なんて呼んでるの? 」
「それは……その、特に決めてない」
「嘘だ、今呼ぼうとしてやめたでしょ。良いのにいつも通りで。彼女なんでしょ? 」
「いや……恥ずかしいからいい」
よっぽど恥ずかしい名前で呼んでいるのか、小さくなる兄貴。
「なんだろうね、真っ直ぐ見ると照れちゃってちゃんと呼んでくれないんだよ? 」
「いや……だから……」
そう言って夢瑠が見つめると、赤い顔。頭を抱えて目を反らす……こんな兄貴見たことない。夢瑠のこと…本当に好きなんだ。夢瑠もこの間はあんなこと言っていたのに、仲直りできたからか幸せそう。
よかったな……。
不思議な4人の食事会は思ったより楽しく進んでいく。一段落してお腹も落ち着いて来た頃……気になっていた事を聞いてみる事にした。
「それで、私達に話って何だったの? 付き合ってるっていう報告? 」
私の言葉に、顔を見合わせる夢瑠と兄貴。
「実はさ……まだ親父達には言ってないんだけど……結婚することにしたから」
「へー……結婚かぁ……え!? 結婚するって……えっと、兄貴と夢瑠が? 」
「うん」
恥ずかしそうに頷く夢瑠……この間、そんな事。
「式とかもちゃんとするつもりだから、遥だけじゃなく……海斗にも出てほしいと思ってる。家族として」
「ありがとうございます。そんな風に言って頂いて……でもいいんですか? 」
「ハルちゃんとカイ君を見ててね、前向きな気持ちになれたの。二人でいるって幸せなことなんだなって。だから……側にいて、私を必要としてくれた人を受け入れる事が出来たんだと思うの。二人に祝福してもらえたら嬉しいな……ハルちゃん、いいよね? 」
夢瑠……夢瑠が結婚する日が来るなんて……涙が、今までの夢瑠が溢れてくる。
「遥? 」
言葉の出ない私を、海斗が心配そうに見る。
「おめでとう。夢瑠、ほんとによかったね」
妹……という立場なら兄貴でいいのかとか色々言いたい事はある。口が悪くて無愛想な所が夢瑠を傷つけないかとか、考えたりもした。でも今、目の前にいる夢瑠と兄貴は幸せそうで……そんな言葉はこの場に似合わない気がする。
やっぱり……おめでとうが一番いい。
「ハルちゃんありがとう。やっぱり大好き」
「それは兄貴に言ってあげて? 」
「それは……ハルちゃんの次にね」
「えっ!? 」
夢瑠の照れ隠しに素直に傷つく兄貴……なんか懐かしいと思ったら、この関係性が両親に似ているかもしれない。
不思議な4人の関係が始まる夜。夢瑠だけじゃなくて私も、海斗も幸せそうに笑っている。
「来週、親に挨拶するからまたその時に」
別れ際、兄貴にそう言われた。
今度は6人で集まるのか……家族……その響きが何だか暖かく感じた。
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