第31話 その瞳に、わたしはもう……
「
カウンター越しに、さくらが声をかけた。
「そぉかな? でもね、まずは、
「それは、そうですけど……。今度は沙羅さんも標的になりませんか?」
「ターゲットがわたしにすりかわるのなら、なおのことラッキーでしょ?」
「どうしてです?」
「その分、美亜は、虐めの手から、少しは解放されることになるし。わたしなら、自分の身は自分で、なんとか護れるって思ってたんだ」
「沙羅さんは、なにか心得でもあるんですか? それって、しのぶさんや
「うん、そう……」
「沙羅さんが、どれほどの強さか判りませんけど……。それだけでは、美亜さんまで護るのには、無理があったのと違いますか?」
「うん、わたしも自分の強さを過信していたみたい……。五人くらいなら、なんとかなるかな……って」
「先生に相談しようとか、考えられなかったですか? 沙羅さんの担任の
「うーん、そうなんだよね。その時はとにかく美亜を助けてあげないと……って、そればかり考えていたから……」
カウンターの向かいに座る、沙羅の声が、次第に小さくなっていく。
「でも、今回の場合は、美亜さんを戦力に数えられないですから、どこかで破綻する時がくると……」
「うん……、その時はそれが、分かってなくて……」
「はぁ……」
さくらの困惑したような相槌が聞こえた。
「それからの数日、美亜から聞いた五人は、わたしたちを遠巻きに見てるだけだったの……」
さくらが、無言で頷く。
「そいつら、手を出してくる様子もなかったから、わたしも美亜も、少し安心してたんだと思う……」
「はい……」
「そしたら、五月の連休前になって……。さくらちゃんは、その時の事件を知ってる? 屋上からの転落事故のことだけど……」
「はい。あの時は、学校中が騒然としてましたから……。警察やら、消防の人たちがたくさん来て……」
「そうだったの? わたし、その事件の当事者なの。その時、屋上にいたからね。下の騒動はよく知らないんだけど……」
「当事者……ですか?」
「うん。その時、屋上で大暴れしてたのがわたしで、そこから突き落とされたのが美亜だったの……」
沙羅の言葉を聞いて、さくらの表情が険しくなった。
「沙羅さん? 今、美亜さんは突き落とされた……って言いましたよね?」
「うん……」
沙羅がそれだけ返事をして、体を震わせた。
「ご、ごめんなさい。思い出させてしまって……」
あまりの沙羅の怯えように、さくらのほうが慌てている。
「うん。わたしのほうこそごめん。話、聞いてもらってるのに……」
沙羅が恐怖を打ち払うように、自分自身を強く抱きしめた。
そして。
「あの日、わたしも美亜も別々に呼び出されたの……。美亜を虐めていた五人が、それぞれの友だちを使って……。わたしには、担任のハルちゃん、えっと、赤城先生が呼んでた……って言って。その隙を狙って、美亜には、わたしが呼んでいる……って、誘い出したみたい……」
「はい」
さくらが短く相槌を入れる。
「わたしが、騙されたことに気づいて教室に戻ると、もう美亜は連れ出された後で……。必死になって探したわよ。途中で、屋上に上がっていくのを見た子がいて、わたしも急いで向かったけど……」
沙羅が言葉に詰まった。
「屋上に出たところで、あいつらに捕まって……」
そこまで、言葉を絞り出して肩が小さく震えた。今度の体の震えは恐怖を思いだしたのではなく、泣き出しそうなのを堪えたためだろう。
その様子を見て、さくらが言葉を挿む。
「数でこられましたか?」
「うん……」
「五人だけではなかった?」
「うん……」
「冷たい言い方かもしれませんけど。沙羅さんがひとりで四六時中、美亜さんを見ているわけにはいかないのが現実です……。ひとりだと、必ずどこかで破綻します。だから、あまり、自分を責めてはダメですよ」
「でも、わたし……、まったく、抵抗できなかった。五人がかりで捕まえられて、押さえつけられて……、そんなわたしの目の前では、美亜がほかの五人に寄って集って、制服切り刻まれて、髪も切られて……、頬にも切り傷があって血もでて……」
「ヒドい、話ですね……」
さくらも、言葉を絞り出した。
「わたしは、押さえつけられて、叫ぶしかできなかったのに……、美亜はそれすらしないの……。その時、美亜はわたしのほうを見たけど……、その瞳に、わたしはもう映ってはいなくて……」
とうとう、沙羅の大きな瞳から、涙がこぼれ落ちた。今まで堪えていたものが壊れていくような音が、聞こえた気がした。
「美亜の無反応が気に障ったみたいで、美亜をいたぶっていた五人を、掻き分けるようにして、もうひとりがでてきたの。そいつが、いきなり美亜の制服の襟首を掴んで持ち上げると、校舎の端まで……、そこで、手を……、放したの……」
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