外伝4−1.悪い虫の「やだ」ばっかり

 僕はこの頃おかしい。時々、パパやアガレスの言葉に「やだ」って言っちゃうの。嫌いじゃないし大切だし、頷きたいけど。なぜか嫌だった。


 今日も小さなことで「やだ」と叫んでしまう。その後で「ごめんね」するんだけど、パパは不思議と怒ってなかった。僕の頭を撫でて、嫌なら仕方ないって言うの。どうしてだろう。僕はそんなふうに言われたら、嬉しくないのに。笑って許してくれる。


「カリス、夕飯はどうする? 肉でいいか」


「やだ」


「じゃあ、魚にしようか」


「やだ」


 どちらもセーレが作るから美味しいし、お腹が空いてないんじゃないの。でも「やだ」って考える前に出てきちゃう。うーんと考えたパパは、僕の顔を見ながら「今日は両方少しずつ食べよう」と決めた。それをセーレに伝える。


「陛下が感情を読んでくださり、とても助かっています」


 アガレスがパパにお礼を言った。それもなんだかムカムカして嫌だった。でも言うのは我慢する。お膝に乗りたいのに、やだと答えて床に座った。お絵描きの道具を広げて、パパとアガレスを描く。僕も描いて、少し考えてからアモンを足した。


 アモンはアガレスのお嫁さんだから。いないと寂しいと思う。最近のパパは僕が絵を描いている時に、話しかけることが減った。僕が「やだ」って描くのをやめちゃうからだよね。本当はパパに褒めてもらうの大好きだけど、実際に声を聞くと「やだ」になっちゃう。


 僕はこのままじゃ、パパに嫌われちゃうよ。でも「やだ」はいつも僕の口から飛び出して、パパやアガレス達の耳に届いてしまう。僕のお口を閉めて、お話ししなければいいのかな。


 パパに嫌われたら、僕は誰も好きじゃなくなる。ずっと一緒の約束をくれる人は、他にいないし。いたとしても、パパがいいんだ。


「カリス、これは返事をせずに聞いてくれ。俺はカリスの描く絵が好きだし、もちろんカリスも好きだ。嫌いになったりしないから、安心していいぞ。これは大人になるための試練だ。辛くても「やだ」を何回繰り返してもいい。皆、そうして大人になるんだ」


「……っ」


 やだって言いそうになって、唇を噛んだ。大人になるのに、こんな嫌な思いをするなら、子どものままがいいな。無言でパパを見上げる。あのお膝も好きで、抱っこも好き。我慢して何も言わなければ、抱っこしてもらえるかも。


 期待を込めて見上げる僕に、パパは変なことを言った。


「これは俺の独り言で、俺が勝手にした行動だ。どんなに嫌でも離してやらない。俺が決めたことだからな。カリスの中で「やだ」ばかり言う悪い虫を退治してやろう」


 僕の両脇に手を入れて、ぐいっと抱き上げる。お膝に座らせて、頭を撫で始めた。ぐっと我慢して何も言わずにいたら、パパがぽんぽんと背中を叩いてくる。そうしたら、気持ちが静かになった。


 僕の中で暴れてた悪い虫が「やだ」と言わなくなったの。そのまま眠くなって、ごしごしと目を擦ったら、さらに抱き寄せられた。パパの胸に顔を埋めて、大好きなパパの匂いをいっぱい嗅いで目を閉じる。触れてるところが温かくて、もう悪い虫の「やだ」は出てこなくて――。


 僕ね、すごくパパが大好きだよ。これはやだにならないの。

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