165.いつもと違う大人の味

 天使の人はもう戦わなくていいし、人間はここに来られない。僕達に酷いことする人はいないの? そう聞いたら、プルソンは笑顔で頷いた。


「そうですね、悪魔は魔皇帝バエル様に統率されています。この世界は安定していますよ。平和です」


 安定はよく分からないけど、平和は知ってる。幸せな日と同じなの。パパがいると悪魔は平和で、僕も幸せ。じゃあパパの幸せは? 首を傾げた僕を、後ろから抱っこしたのはパパだった。


「カリスがいれば、いつも幸せだ」


 黒髪に銀のツノがあって、目はツノと同じ銀色。お肌は艶々して、僕はパパのことが大好き。いつも優しい笑顔で、一緒の約束も守ってくれる。ご飯も寝るのもお風呂も一緒だった。それにパパは僕の心を分かってるの。声が聞こえるんだって。僕もベロのことが少し分かるから、同じ感じかな。


 わんっ! 足下で鳴いたベロが、くるりと回る。最近覚えたんだよ。わんと鳴くと僕やパパが見るでしょ。そうしたら回って、褒めて! と笑うの。へらっと舌が見えて可愛かった。


「可愛い、か?」


「見ようによって、ですが」


 パパの疑問にプルソンが眉を寄せて同意する。僕はよく分からないや。ベロの話じゃないと思う。だってベロは可愛いんだもん。牙が鋭くて、赤い舌の横から見えてても可愛いよ。僕のこと噛んだりしないいい子だった。


 今日はセーレがいないの。お休みで街に行ったんだよ。交代で明日は僕とパパが行くの。そうしたら今日のご飯は誰が作るのかな?


「アモンが作る。安心しろ、アガレスが味見するそうだ」


「アモンはお料理出来るの?」


「ああ、切ったり焼いたりはうまいぞ」


 味の美味いじゃなくて、切るのが上手だと言われた。いつも長い剣を振り回してるからだね。僕も振り回したら上手になるかも!


「手をケガするからやめてくれ」


 もっと大きくなるまで、料理を覚えるのはダメだと聞いて頷く。僕はまだ料理の机に届かないから、お料理は無理なの。大きく成長したら、アモンみたいに剣を振り回して、セーレと同じご飯を作るんだ。にこにこと語る僕に、パパは笑顔で聞いている。


「楽しみにするとしよう」


 仕事のお部屋にアガレスがいないのは、アモンと一緒にご飯を作ってるから。覗きに行きたいと言ったら、マルバスが青い顔で止めた。刃物が空を飛ぶから危ないんだって。


「パパ、刃物って空を飛べるの?」


「普通は飛ばないが、アモンがいると飛ぶ」


 アモンに今度聞いてみよう。どうやって羽もないのに飛ばしてるのか。きっと凄い秘密があるんだよ。わくわくする。


 僕の銀髪を撫でながら、パパが「聞くなら俺がいる時にしろ」って言った。安心して、いつも僕の隣にはパパがいるからね。


 お勉強とパパのお仕事が終わって、いっぱい時間が経った。ベロはお腹が空いたと鳴くし、僕も同じ。でも僕はママだから我慢できるよ。


「ベロ、もうちょっとだけ我慢ね」


 アモンが頑張ってくれてるんだもん。我慢して、うんとお腹が空いたところで食べたら、いっぱい美味しいと思う。そう説明したら、パパが困ったような顔をした。そこへ料理が運ばれてくる。


 全部のお料理が同じ色なんだよ。びっくりした。アモンは赤が好きだと思ってたのに、黒も好きなんだね。お礼を言って受け取ったご飯を食べると、ガリガリと音がする。いつもより苦くて大人の味だった。

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