159.命を惜しむ愚者に見えるか

 毛布が暖かくて、あと少し寝ていたい。パパの大きな手が背中をぽんぽんと叩いて、まだいいよと知らせてくれた。天使の人が来たら起きるから。うとうとしながらパパの腕の中で……あ、ベロは?


「ベロは足元にいる。元気だぞ」


「うん……よか、た」


 返事をしながら目蓋が落ちてくる。重くて持ち上がらないの。


「まだ夜明け前だ、寝ていろ」


 パパの温かい手が僕の顔の上に乗って、目を隠した。だから暗くて、でも幸せな気持ちで頷く。あったかい。パパ、大好き。ずっと一緒にいようね。心の中でいっぱい話しかけるけど、眠くてこれ以上無理だった。


 どのくらい寝たんだろう。どんっ! と大きな音がして目が覚めた。びっくりして、体が揺れるくらい。目はぱっちり開いて、さっきの目蓋の重さが嘘みたいだった。


「パパ!?」


「大丈夫だ、心配いらん」


 お城の外だった。お庭のところじゃなくて、お空の上。パパは浮いてるし、僕も腕の中で空にいた。ベロを探すと、お城の屋根の上にいる。手を伸ばしても届かないけど、ベロは元気そう。


「心配するな、ベロは戦える」


 そうだった。大きくなれるんだよね。でも赤ちゃんなのに戦うのは可哀想だから、出来たら逃げて欲しい。僕が守るからね。手を振ると、ぶわっとベロが膨らんだ。屋根が小さくなったかと思ったよ。


 ばぅ! いつもより低い声で鳴くベロは、頭が二つある。あ、違う。三つもある! 陰になってた頭も入れて、指で数え直した。


「すごい! ベロ、凄いカッコいい」


 叫んだ僕に、ベロの頭が全部こっちを向いて、一つしかない尻尾が大きく揺れた。あれ? ベロは一頭じゃなくて三頭だけど、一尾だよね。何匹になるんだろう。


 ぴかっと空が光り、たくさんの人が降りてきた。皆、白い羽を持ってる。ミカエル達と同じ金色の髪ばかりで、肌は白いの。服も白いお揃いなのかな。


「カリス、約束だ。天使が何を言っても口を開いてはいけない」


「うん」


「必ずお守りしますから、安心してくださいね」


 ふわりとアガレスが隣に立った。背中に羽がないのに飛べるんだね。左手の爪がすごく長くて、黒髪が風に揺れる。右に剣じゃない何かを握ってた。


 丸を切ったような形のところへ、真っ直ぐな棒を付けて……たくさん引っ張って手を離す。ぴゅーと甲高い音がして棒が飛んでいった。弓矢という武器みたい。それを合図に、アモンと騎士の人が飛び出した。


 アモン達は剣より長いのを持ってる。槍? 武器がいっぱい出てきて、混じっちゃいそう。飛び出した天使と戦うアモンを応援したいけど、天使の前で話したらダメなの。心の中でいっぱい応援した。


 がんばれ、アモン。ケガしないでね。僕もついてるよ。たくさん、たくさん応援する。騎士の人もケガをしないといいな。そう願ってたのに、狐耳の人が腕を斬られた。赤い血が出て、顔を歪める。痛そう。すぐに仲間が来て、後ろに下がる。その間に別の人が戦い始めた。


 怖い。こんなに傷ついて、痛いのに戦うの? 天使も傷を負って落ちる人が出た。ミカエル達と重なって、叫びそうになる。その口を手で押さえた。


「バエル様……その子どもをお渡しいただきたい。もし拒まれるなら、力づくでも!」


「ラファエル、俺が己の命を惜しむ愚者に見えるのか。我が子を盾に生き残るほど落ちぶれていないぞ」


 パパの前に現れた天使は、羽がいっぱいあった。片手より一個多い。銀色の剣を僕に向けて、パパと話し始めた。僕を渡す? そしたら、もう誰もケガしないの?

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