78.教育係に選ばれたことが誇らしい
これほど賢く優しいお子がいただろうか。
悪魔の中でも蹄を持つ者は位が低いことが多い。騎士には向かず、文官に多いのも特徴だろう。序列20位を授かっているが、それは文官としての働きで得た地位だった。
まだ幼い子どもの教育係を打診され、バエル様も親バカかと苦笑いした。優しく気遣いの出来る純粋な子どもとの噂は届いている。だが4歳前後の幼子が、噂ほど立派なはずがない。お世辞の類だと思った。しかし目の前にいるお子は、噂以上に純粋だった。興味を持ったら目を輝かせ、尋ねていいかどうか気遣う余裕まである。
蹄を気遣ったのか、ゆっくり歩くカリス様は嬉しそうに私と手を繋ぐ。本来蹄である動物の前足へ、気にせず触れた。人の手の形を真似る術は持っている。だが実際に蹄を見た後に手を繋ぐ行為は、嫌がる者も多かった。
美しかった姿を歪め、悪魔となった時に覚悟したより辛い状況が続いた。その暗黒の時代を払拭したのが、バエル様だ。差別を知らなかったと己の無知を詫び、動物の姿を持つ我らのために魔術を極められた。並大抵ではない努力の末に開発した術を、惜しみなく悪魔達に公開する。
どこまでも真っすぐな主君に仕え、今は文官として末席に名を連ねることが誇りだった。どうしても下位の悪魔にはやっかまれ、余計な仕事を押し付けられることもある。そんな世界で、バエル様の息子となったカリス様に対し、偏見を持っていたのは私だと気づかされた。
幼子だから、元人間だから。理由を付けて、蔑まれても傷つかないよう予防線を張った。大人の醜さだ。この方はそんな私の作った防壁を、あっさりと飛び越えた。ただ純粋に、相手を傷つけたくない優しさだけで。
「純粋な方ですね」
心の底からそう感じた。真っ白な新雪が積もった野原のようだ。誰も足跡を付けていない、純白の雪に教育の足跡を付ける役目を仰せつかった。誰が見ても見苦しくない、美しいと称える足跡を残したい。誰の為でもなく、カリス様とバエル様のために。
「歪まないよう育てたい、教育関係は任せるぞ」
信じている――暗にそう滲ませた主君の言葉に、目頭が熱くなった。仕事用の片眼鏡を取り付けるフリで、浮かんだ涙を拭う。鹿に似たツノに興味があるらしい。きらきらと好奇心で輝く青い瞳に微笑み返し、後で存分に触れてもらおうと思った。
この子であれば、私を傷つける言葉は吐かない。どんな内容であれ、カリス様に人を傷つける気はないのだから。醜いこの身が興味の対象となるなら、それだけで誇らしく感じた。
美しく気高いまま、純粋で白いまま、この方を育てたい――主君の命令以上に、心の底からそう願う。お傍に侍る権利を得た自分が誇らしく、愛らしいお子を全力で慈しみ守ろうと誓った。
「プルソンは絵も描ける?」
「多少ですが嗜んでおりますよ」
「嗜むと描けるの?」
バエル様には思うだけで伝わるため、言葉がとても幼いようですね。これらも直していきましょう。ええ、カリス様らしさを失わぬように致しますとも。不安そうな眼差しのバエル様に頷き、大丈夫だと伝えた。さあ、忙しくなりそうです。
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