73.悪魔はいい人ばかりなんだね
魚を飼う池ができたら教えてくれると約束し、マルバスとセーレが準備を始めた。パパとアガレスはお仕事があるから、僕も名前の練習をする。アガレスも書けるようになったので、今度はマルバス。簡単と思ったのに、難しかった。
バエル、カリス、アガレスの文字が書ける。だから、ル、バ、スは同じ。マだけなんだけど、アと似ていた。書くと勝手にアになっちゃう。この文字だけいっぱい練習した。次はアモンやセーレも書きたいし、数え方も教わるんだよ。
がりがりと黒い板に白い棒で何度も書く。アを上に書いて、下にマを書いた。じっと眺めて、違いを見つける。下の部分が違うんだ! 夢中になって練習したら、マルバスの名前が書けた。
前に描いたマルバスの似顔絵に、名前を書き足す。猫みたいなマルバスの耳は丸くて、その上に書くと文字も丸い形になった。真っ直ぐの方がよかったかな。
「これはこれは、力作ですね。マルバスも喜ぶでしょう」
アガレスが褒めてくれる。パパにも見せたら、やっぱり褒められた。ちゃんと書けてるみたい。
「カリスの描いた絵と文字なら、一生物の宝だな。アガレス、額縁に入れてやってくれ」
「もちろんです。マルバスが帰ってきたら、感動して泣き出しそうですね」
泣いちゃうの? 絵をさっと後ろに隠した。
「どうしました?」
「マルバスが泣くのはダメ」
「嬉しくても泣くのですよ。カリス様も経験したら分かります」
「そうなの?」
感動して泣くのは、痛いのと違うんだって。マルバスが痛かったり苦しくて泣くんじゃなければ、僕の絵を渡して欲しい。受け取ったアガレスが、額縁の中に綺麗に絵を挟んでくれた。青い縁がついたら、立派になったよ。
「陛下は明日視察でしたね。カリス様も同行されるといいですよ」
「しさつ?」
聞いたことがない言葉だった。繰り返した僕に、アガレスはきちんと説明する。僕が知らなくても変な顔しないし、怒鳴らないし、怒らない。叩いたりもしなかった。だから僕もパパやアガレスには、分からないことを聞けるんだ。前は怖かったもん。
「陛下はいつも部屋で仕事をしていますね。この書類で命令や許可を出しています。その結果を見に行くのですよ。今回は軍事視察なので、将軍のアモンがいる仕事場です」
知ってる人がいる場所なら平気。にっこり笑って頷く。ほっとした。パパのお仕事の邪魔になると困るし、知らない人ばかりの場所も怖かった。だからアモンがいれば、大丈夫だね。
「安心しろ、カリスを嫌う奴なんて悪魔にはいないさ」
「悪魔はいい人ばかりなんだね」
「「……」」
パパとアガレスが変な顔をした。でも迷った末に頷く。僕、そんなに変なこと言ったかな。考えてみるけど、どこもおかしくないと思う。
「カリスの知る悪魔は優しいかも知れん」
「カリス様のように純粋な魂はとても好ましいですから、誰かに呼ばれてもついて行ってはいけませんよ。約束してください」
「うん。パパと一緒にいる」
それなら安心ですとアガレスが笑う。パパも笑って頷いてくれたから、僕もにこにこになった。僕の大好きなパパとアガレスが笑ってくれてるのが嬉しい。明日のぐんじしさつ――楽しみだな。どんな人が仕事してる場所なんだろう。
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